【お知らせ】平成29年、親鸞会の降誕会について

今年、平成29年の親鸞会の降誕会は

5月13日(土)、14日(日)

に行われるそうです。演題が、

蓮如上人
白骨の章


だそうです。これは私の予想ですが、演題から行事の中で偽装大ヒットのアニメ映画『なぜ生きる』が一部あるいは全て上映され、説法では無常と罪悪を強調した話がなされるでしょう。


親鸞会でなされる話は、全てと言っていいほどが仏願の生起・本末で言うところの生起の部分です。本末の話は無いと言って過言ではありません。正しく説かれていないからです。生起についても正しいかと言われればそうではありませんが、特に本末については邪義だらけです。会員の皆さんが何十年聞いても

仏願の生起・本末を聞きて疑心あることなし

とならないわけは、仏願の生起・本末について正しく聞いていないからです。

仏願の生起・本末というのは、仏願の生起仏願の本仏願の末というように分けて見ることができます。仏願の生起とは阿弥陀仏が本願を発されたわけということで、これはひとえに生死の苦海に沈み、迷界を果てしなく彷徨い、そこから抜け出すことができずに苦しみ続ける私たち衆生のことです。この世もわずか50年乃至100年で生を終え、それまで造ってきた悪業によって未来またしても苦界に沈みゆく私たちがいたから本願が起こされ、阿弥陀仏は仏と成られたのでした。ちょうど母は母一人では存在せず、子によって母が、母によって子が存在するが如く、苦しみ悩む私がいたから阿弥陀さまがおられるのです。そして阿弥陀さまによって私が救われてゆく。互いに影響し合っているわけですね。こういうことを知った上で

乃木坂46 『インフルエンサー』

を聞くと、単なる恋愛とは違う見方、聞き方ができるかも知れません。

さて、次に仏願の本ですが、これは阿弥陀仏(法蔵菩薩)が発願し修行されたことです。五劫もの間思惟し、更に兆載永劫に亘って御修行されたのも、迷界を出離できない私たちを救うためでした。五年や十年ではありません。五劫です。それだけ私たちの迷いが深いということです。私のような者を助けるためには願を発すだけで阿弥陀さまほどの方が五劫もの間思惟されねばならなかったのです。そして御修行の間はほんの少しの間も清らかでまことでなかったことは無かった。私たちとは真逆ですね。しかもそれを兆載永劫に亘って継続なされた。これすなわち私一人を助けるためだった。ですから親鸞聖人つねの仰せが

「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり。されば、それほどの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」(歎異抄)

だったというのもよく思い知らされてきます。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

そして仏願の末が、五劫思惟、永劫の修行を経て十劫のいにしえに本願が成就し、私にはたらいているということです。決して迷いの世界を出離できない私のために、南無阿弥陀仏と成ってこの私に届いているのです。時間も空間も関係なく、いつでもどこでも私にはたらきかけています。私の口から声となって現れて下さる仏様が、南無阿弥陀仏という仏様です。この南無阿弥陀仏によって、五種八難の道を超え、五道・六道という悪趣に赴くべき身である私がもう二度と迷界には戻らず、浄土往生し仏に成らせて頂くのです。これが分かったら「なんまんだぶ、なんまんだぶ」と称えたくなるでしょう。単なる呪いでも呪文でもない、私を本当に救う法。それが南無阿弥陀仏、なんまんだぶです。

こうした仏願の生起仏願の本仏願の末を聞いて疑いないのが真宗の「」です。要は南無阿弥陀仏の法、「助けるぞ」を聞くのです。そして「助けるぞ」を聞くのが即ち信です。信心といっても南無阿弥陀仏、「助けるぞ」の仰せをそのまま聞き受けることの他にはありません。無常や罪悪についてずーっと聞いていてもダメ、因果の道理や19願・20願の話を聞いていてもダメ、18願すなわち南無阿弥陀仏の六字のこころをよく聞かないことには信心決定も信心獲得もないのです。このような道理が分からず、無常と罪悪にせめたてられて、深い苦悶に堕ちていったところを救われるみたいに想像し、それが信心決定だなどと思い込んでいる内は、信心も安心も分かるわけがありません。


会員の皆さんの多くはもう十分すぎるほど仏願の生起の部分の話は聞いていますから、あとは仏願の本末をしっかりと正しく聞くべきです。これは親鸞会では正しく説かれず、邪義に誘導されてしまいますから、早く正しく聞いて信心獲得しようというなら親鸞会以外で聞くべきです。最初は親鸞会節が頭を席巻していて中々よその話が入って来ないというような方もあるかと思いますが、それも徐々に慣れて来るでしょう。降誕会で高いお布施を払い、眠気をこらえて聴聞するくらいなら、そのお金と時間を別のことに使うべきです。関東であれば築地本願寺の説法を聞きに行くとか、書物を購入して読むとか、YouTubeで法話を探して聞くとか・・・。決して親鸞会以外に真実は説かれていないなどと真に受けないことです。

もう阪神大震災からは22年、東日本大震災からは6年、熊本の震災からも明日で1年です。どんどん時間は過ぎていきます。親鸞会に一生費やして後悔無いか、会員の皆さんはよく考えて頂きたいと思います。
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No title

質問をお願い致します。

「仏願の本」が「阿弥陀仏(法蔵菩薩)が発願し修行されたこと」であるという事を仰っている聖教上の根拠と
「仏願の末」が「五劫思惟、永劫の修行を経て十劫のいにしえに本願が成就し、私にはたらいているということ」であるという事を仰っている聖教上の根拠を教えて頂けないでしょうか?

会員や講師を相手にしていると、最低限、直接的な根拠でもないと、「高森先生がこのように説明されているから正しい」となってしまって、話がまったく進みません。
(直接的な根拠があっても得てに解釈してしまってるから難しいんですけど…。)

こちらがエントリーの様に説明しても、「仏願の末が19願20願なんて説明している人はいない」と言っても、やれ「どこの誰がそんなことを言っているのか?」とか、「一切経全てを読んだこともないのになぜ断言できるのか?」とか言って来て全く話が進まなくて困っています。

絶対正しいのが「高森会長が説明する内容」となっていて、議論する土俵が聖教ではないので、なんとかこちらの土俵に乗らせたいと思っています。
どの内容で土俵に乗ってくるか分からないので「かず打ちゃ当たる」的に色々投げかけているのですが、今回のエントリーで扱っておられる仏願の生起本末でも投げかけてみようと思っています。

上記の根拠を教えて頂ければ、少しでも喰いついてくれるのではないかと思うので、お手数をお掛けして申し訳ないのですが、教えて頂けるとありがたいです。

親鸞会に丸めこまれないで

『正像末和讃』に、

如来の作願をたづぬれば
苦悩の有情をすてずして
回向を首としたまひて
大悲心をば成就せり

とあり、これが仏願の生起・本末であると味わっています。

「大悲心をば成就せり」で足すものも引くものもありません。

仏願の末が19願20願という説明をされるとたちまち分からなくなり、
出口のない迷宮にはまってしまいます。

親鸞会の講師からもっともらしい説明をされ、しかも、かつては、
正しく仏教を伝える知識は高森会長しかいないと妄信していたので
どこかおかしいと感じても
その根拠が明らかにできず、
結局無理矢理捻じ曲げて理解しようと努めていました。


誰から親鸞聖人の教えを聞かせて頂くかは大切です。


>関東であれば築地本願寺の説法を聞きに行くとか、
>書物を購入して読むとか、
>YouTubeで法話を探して聞くとか・・・。
>決して親鸞会以外に真実は説かれていないなどと真に受けないことです。

全く同感です。

本願寺の布教師の音声法話を購入して聞いて
親鸞会の話と違うと驚いて、
勧学の動画を購入して視聴して驚き、
本を読んで、
直接築地本願寺に説法を聞きに行き、
布教師に質問して、
親鸞会以外に真実は説かれていないと信じていたが、
親鸞会、高森会長の教えが誤りだと知りました。


宿善も平生業成も二河白道も
往生の証拠も全く違う話を親鸞会で聞いていました。

>どんどん時間は過ぎていきます。

臨終に間に合わずに、
「高森先生もっと真剣に聞けばよかった、ごめんなさい。」
と泣くのですか?

今が臨終ですよ。
いま救われる法を聞けば、いま救われます。




No title

難しく考える必要はないです。

「聞其名号」の「聞」ですから、
「仏願の生起・本末」=「其名号」=17願の名号

諸仏が褒め称える名号のことです。19願でも20願でもない。

「生起・本末」は至心釈、信楽釈、欲生我国釈にある機無・円成・回施
「生起」=機無
「本」=円成
「末」=回施

No title

正しい仏願の末を聞きたいです。
関西であればどこで聞くのがよろしいでしょうか?

Re: 名無し様

浄土真宗本願寺派 お西さん法話<常例布教>
http://www.hongwanji.or.jp/project/news/n001847.html#JoureiFukyou_2017_4_6

などに法話案内がありますので参照して下さい。5月7日~10日に予定されている阿部信機先生の話は聞いたことがあります。たまに当ブログでもこの方から聞いた内容を書いています。他の先生方はどんなお話をされるのか存じませんが、聞いてみないことには分かりません。場合によっては直接質問もできますので、足を運んで聞きに行かれたらと思います。

No title

末だけを聞きたいのですか?
本願寺に行けば、末の話はいくらでも聞けますよ。
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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