Q&A(2)ー『観無量寿経』の「流通分」より

会員の人から実際に受けた疑問点や、会員の人が疑問に思うであろうことを、Q&A形式で少しずつ取り上げたいと思います。もっといい回答や意見があれば教えて頂きたいと思います。

今回はQ&A(1)の続きです。



Q、
18願が弥陀の御本意であり、お釈迦様・諸仏の出世本懐であることは認めます。しかし、阿弥陀仏が19願を建てられ、お釈迦様が『観無量寿経』に定散二善を説かれたのは実行させるためではありませんか?



A、
お釈迦様は『観無量寿経』で定散二善を説かれていますが、最後の「流通分」で、阿難に定散二善ではなく念仏を付属されています。

○仏、阿難に告げたまはく、「なんぢ、よくこの語を持て。この語を持てといふは、すなはちこれ無量寿仏の名を持てとなり」と。


そのことについて、善導大師・法然上人は次のように教えられています。

○「仏告阿難汝好持是語」より以下は、まさしく弥陀の名号を付属して、遐代に流通せしめたまふことを明かす。上来定散両門の益を説くといへども、仏の本願に望むるに、意、衆生をして一向にもつぱら弥陀仏の名を称せしむるにあり。(観無量寿経疏 散善義)

○釈尊の諸行を付属したまはざる所以は、すなはちこれ弥陀の本願にあらざるゆゑなり。また念仏を付属する所以は、すなはちこれ弥陀の本願のゆゑなり。いままた善導和尚、諸行を廃して念仏に帰する所以は、すなはち弥陀の本願たる上、またこれ釈尊の付属の行なり。
ゆゑに知りぬ、諸行は機にあらず時を失す。念仏往生は機に当り、時を得たり。感応あに唐捐せんや。まさに知るべし、随他の前にはしばらく定散の門を開くといへども、随自の後には還りて定散の門を閉づ。一たび開きて以後永く閉ぢざるは、ただこれ念仏の一門なり。弥陀の本願、釈尊の付属、意これにあり。行者知るべし。(選択本願念仏集)



このように、諸行往生は廃され、念仏往生が立てられています。

そのような善知識方のお導きにより、親鸞聖人は19願を離れたと『三願転入の御文』で仰っています。

○ここをもつて愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化によりて、久しく万行諸善の仮門を出でて、永く双樹林下の往生を離る。(教行信証化土巻)

親鸞会でいわれるように、善知識方のお導きにより19願から出発したとは、仰っていません。

(つづく)
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プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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