二種深信の意義ー二種深信、捨機託法、二種深信と信罪福心

『真宗の教義と安心』(本願寺出版社)より引用

第三章 真宗の信心
 第三節 二種深信の意義

 第十八願の信心のすがたを明らかにしたものに二種深信がある。これは善導大師の「散善義」に、

 一者、決定深信、自身現是罪悪生死凡夫、曠劫已来、常没常流転、無有出離之縁。
 二者、決定深信、彼阿弥陀仏四十八願摂受衆生、無疑無慮乗彼願力、定得往生。
 一つには、決定して深く、自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかたつねに没し、つねに流転して、出離の縁あることなしと信ず。
 二つには、決定して深く、かの阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂受して、疑なく慮りなくかの願力に乗じて、さだめて往生を得と信ず。(「信文類」引用、二一八)

 (一つには、自身は現在罪深い迷いの凡夫であり、はかり知られぬ昔からいつも迷いにさまよって、これからあとも生死を出る手がかりがない、と決定して深く信ずる。
 二つには、かの阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂めとってお救いくださる。疑いなくためらうことなく、かの願力に乗託して、まちがいなく往生する、と決定して深く信ずる)


と述べられているものである。第二節に述べたように、名号のいわれ(仏願の生起本末)を聞いて疑心あることなしという本願の信心を機と法との二種に開いて示されるのが二種深信である。
 機の深信とは、自らが地獄一定の存在であると、機の真実を信知することであり、法の深信とは、本願はそのような機をまちがいなく救う法であると、法の真実を信知することである。
 この二種深信は互いに矛盾した事実(地獄一定、往生決定)の信知と理解されやすい。しかし、機の深信の意味するところは自らの力が浄土往生についてなんの役にも立たぬと信知することであり、法の深信の意味するところは、出離ひとえに阿弥陀仏の救済の力にあると信知することである。すなわち、機の深信は自らのはからいを捨てさる(捨機)ということであり、また法の深信は阿弥陀仏の救済にすべてをまかせる(託法)ということである。このように二種深信は矛盾した信ではない。自らの力がなんの役にも立たないと知って、はからいを捨てさるということは阿弥陀仏の救済の力にまかせきるということであり、阿弥陀仏の救済の力にまかせきるということは自らの力がなんの役にも立たないと自力のすたるところであって、これは別なことではなく、『高僧和讃』にも、

 煩悩具足と信知して 本願力に乗ずれば
 すなはち穢身すてはてて 法性常楽証せしむ(五九一)


とうたわれている。
 二種深信の内容はまた、阿弥陀仏の光明とそれによって照らし出された自らのすがたであるといってよい。煩悩具足の身、地獄一定の身とは阿弥陀仏の光明によって照らし出された自らのすがたである。この光明に遇うということは、本願力に乗ずるということと同じ意味である。すなわち、阿弥陀仏の光明を信知するということは、それによって照らし出された自らのすがたを信知することと別なことではない。以上述べたことによって明らかなように二種深信は本願に対して一点の疑いもない信楽一心のことであって別々の二心が並び立つことではない。機の深信と法の深信とを前後関係でとらえたり、一方を自力、他方を他力と考えたりすることは、二種深信を別々の二心とみることであり、これは誤った理解である。
 親鸞聖人は自力疑心をしばしば信罪福心といわれる。信罪福心とは己の罪をおそれ、己の功徳をあてにする心である。もし、この信罪福心が、単に悪によって罪を得、善によって福を得ると信ずる心であるとするならば、これは仏教でいう因果の法則に従った考えであって、決して間違った考えではない。親鸞聖人は「化身土文類」において因果の法則を無視した宗教を外教邪偽の異執として厳しく批判されている。浄土真宗の教えは智慧慈悲の結晶である名号が衆生に至り届いた信心の因によって往生成仏の果を得るというものであって、決して因果の法則を無視するものではない。この阿弥陀仏の救済の力の前には自らのなすどのような悪も障害とならず、また自らのなす善はなんの役にも立たない。二種深信はこれを信知することである。しかし、信罪福心はこれと相違し、このような悪を犯したものは浄土に往生できないと考えたり、またこのような善を積んだからには浄土に往生できるであろうと考える心である。これは本願の救済にすべてまかせきる心ではなく、本願を疑う自力心である。それゆえ親鸞聖人は信罪福心にとらわれる心を仏智疑惑の罪として厳しく誡められるのである。

(三九~四三頁)
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淳心房&しゃあ

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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


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平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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