真宗のご法義を、すべてまとめて申せば、「たすけるぞ」の、仰せを、すなおに、「はい」と、頂いたのです。それが、信心であります。

『浄土真宗 信心』(加茂仰順師)より引用

  一0 「たすけるぞ」の仰せを、「はい」と、頂いたのです

  一四

 「たすけるぞ」の、阿弥陀仏。「たすかる」の、南無が、機法一体の南無阿弥陀仏ですから、南無阿弥陀仏を頂くばかりです。つまり、「たすけるぞ」の仰せを、頂くばかりであります。それが信心を頂いたのです。

  一五

 堕つるより外のない、私の後生の一大事を、「ひきうけてやる」と、呼んで下さる御声が、「たすけるぞ」の仰せ、であります。それで、この「たすけるぞ」を、「はい」と、頂いたとき、つまり、「聞信の一念」であります。そのとき、高大な、お慈悲を頂いたのであります。南無阿弥陀仏の「お心」を頂いたのであります。
 それゆえ、それが、「たすけるぞ」を「はい」と、頂いたのです。

  一六

 「たすけるぞ」を、「はい」、「おありがとうございます」です。「ようこそ、ようこそ、おありがとうございます」です。そのとき、お浄土へ参らして頂くことが、きまったのです。そのあとは、「参らせて頂く」と、思うて、称名です。

  一七

 真宗のご法義を、すべてまとめて申せば、「たすけるぞ」の、仰せを、すなおに、「はい」と、頂いたのです。それが、信心であります。


(p.126~p.128)


加茂和上はこれでもかという位、「『たすけるぞ』の仰せを、すなおに『はい』と頂くばかり」と仰っています。中には「何度も同じことを言われなくても分かる」と思う方があるかも知れません。しかし、本当に信心とはこれだけです。
自力執心の方はこの仰せを素直に受けとることができず、「どうしたら信心頂けるか」と方法論の模索に走りがちです。いずれの行も及び難いこの身の上、私のどこを探したって往生に役立つものは何もありません。ですから、「どうしたら助かるか」という、図で表せば

私 → 阿弥陀仏

という考えを翻して、「必ず助けるぞ」という、

阿弥陀仏 → 私

の一方的なおはたらきを受けて、お浄土参りを決定させて頂くのです。この自力執心を翻すというのも、自分でどうにかして翻すのではなく、阿弥陀仏の仰せを頂くところに翻されるわけですから、私としては「助けるぞ」の仰せを聞く以外にないのです。「どうしたら助かるか」と考えるのではなく、「どうしても助けるぞ」を聞くのです。今はまだ私の言うことがいまいち分からない方もあるかも知れません。しかし、きっと分かって頂けると思います。阿弥陀仏は今現在あなた一人を助けんがためにお喚びづくめですから。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
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淳心房&しゃあ

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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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