ただ、私が、「たすけるぞ」を、すなおに、頂くか、頂かないかで、お浄土へ参れるか、参られないかが、きまるのです。

『浄土真宗 信心』(加茂仰順師)より引用

  一三 信心を獲る


  

 真宗は、阿弥陀さまの「たすけてやるぞ」の仰せを、すなおに、頂いたのです。これだけです。そうすると、私は、たすけられまして、お浄土へ参ることになるのであります。これだけであります。このことは、少しやわらげて、申してみます。

  ニ

 地獄必定の私を、この弥陀がたすけてやろうとの願をおたてなされて、その願が無量永劫の御苦心の結果、十劫の以前に立派に成就したのであります。私は、このように聞かせていただいて、ただ、阿弥陀さまが、「そのまま来いよ、かならず助ける」とのおよび声を、すなおに、頂いたのです。それが、阿弥陀さまに、後生のことをおまかせしたことになりますから、阿弥陀さまは、その時、その場から、私を、光明の中におさめとって下されて、私を、お浄土に参らせて下さることになったのです。なんと、うれしいことであります。
 ただ、私が、「たすけるぞ」を、すなおに、頂くか、頂かないかで、お浄土へ参れるか、参られないかが、きまるのです。これが、とても、大切なことであります。真宗は、この一つが、かなめであります。

  三

 御開山様が、お出まし下さいまして、法然上人の御真意を、お受けあそばされて、第十八願こそ、私のお浄土参りのものがらである。それは、ただ、「聞く一念」で、お浄土参りができる。願もいらぬ。行もいらぬ。そのまんまでよいぞ、と、お教え下されたのであります。ありがたいというても、これほど、ありがたいことは、外にありません。

  四

 そのまま来いよ。きっとたすける。それが、阿弥陀さまの本願であります。
 「たすけるぞ」の仰せを、まうけにして、すべて、なげすてて、弥陀の「たすけるぞ」を、頂きますことが、阿弥陀さまに、おまかせしたことになるのです。それで、私は、たすけられまして、お浄土へ参ることにきまったのです。その後は、「参らせていただきます」と思うて、称名相続させていただくのです。今生の息が切れるときも、「参らせて頂きます」と思いながら、息を切るのです。息の切れたときが、お浄土であります。


(p.151~p.153)
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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