今助からない教えは、永遠に助からない教え

高森会長の行動は単純明快です(コメントより引用)

にて予想した通り、報恩講では浄土真宗っぽい話をしても、相変わらずテレビ座談会の話は因果の道理のようです。会員の獲信・往生はまるで眼中になく、私利私欲を満たすことが目的であることがよく分かります。

私達が聞かなければならないことは、第十八願、仏願の生起・本末、南無阿弥陀仏のこころであって、因果の道理や第十九願、廃悪修善といったことではありません。もし私達がさとりを求めて、あるいは諸行往生のためにということならば、廃悪修善の行を修めていかねばならないのですから、まだ親鸞会のような話を聞く価値はあるのかも知れません。ところが、自分はとてもではないがさとりを開けるような聖者や善人とは程遠い存在であるという自覚があるならば、そして自分の命は今にも消えるかもしれないという我が身の無常を少しでも感じているならば、いつまでも信心決定を向こうに眺めて、そこまで向かっていこうなどという教えを聞いている場合ではないのです。

大体、親鸞会の教えはこうです。

1、仏教の根幹は因果の道理。因果の道理の結論は廃悪修善。
2、真剣に悪を慎み善に努めてゆくと見えてくるのは悪しかできない己の姿。
3、悪しかできないならば、因果の道理に順じて後生は一大事。
4、そうして後生の一大事に驚き立った者に、阿弥陀仏は十九願にて善を勧められている。
5、十九願に誓われているように真剣に善に努めてゆくと、善では助からない己が知らされ念仏に目が行く。
6、そのような人に阿弥陀仏は二十願にて万善万行の総体である念仏を勧められている。
7、二十願に誓われているように念仏に努めるが、念仏も称えられない、一つの善のできない極悪人と切り捨てられる。
8、そこで、極悪人をそのまま救い摂ると誓われた十八願の世界に転入する。


いわゆる『親鸞会流三願転入の教え』というやつですが、では会員の皆さんの中で、会長の教え通りに8まで進んで十八願の世界に転入した人はいるでしょうか? またそういう人を近くで見聞きしている人はいるでしょうか? ちなみに私が会員であった時は、そういう人に一人も会えませんでした。
一応話の都合上、高森会長は8まで話をしますが、おそらく会員の皆さんは1~5の間を頭の中でウロウロしているというのが実感だと思います。そして、以下のようなことに一つでも思い当たる節があるのではないでしょうか?

・一時的に後生に恐怖を感じてもそれは一過性で、時間が経てば元通り忙しい日常に振り回される毎日。
・活動はしているしそれなりに因果の道理を信じて努めてみているが、特に信仰が進んでいる気配も信心決定の前兆のようなこともない。
・この一座でとは思うが、何しろ後生の一大事という大問題だから一朝一夕にはいかないだろう。
・今すぐには無理でも、教えに従って真剣に光に向かって進んでいけば・・・。


教えに何となく矛盾を感じながらも、「高森先生に間違いない、間違っているのは私」と思い込まされているため、会から離れられない人が多いと思います。

親鸞会会員が「横の線」を進んでいるのになぜ「縦の線」にたどり着けないのかを、エッシャー上りと下り(無限階段)から考える

に書かれていますが、実は親鸞会の教えは無限ループです。「ゴールがある、卒業がある、完成がある、今助かったということがある」などとやかましく言いますが、そう言わないと人が寄り付かない、留まらないから言っているだけです。
確かに親鸞聖人の教えは、今この場で本願の仰せを聞き受け、往生間違いない身に救われるという教えです。しかし高森会長の教えは、それには因果の道理に従って善をせよ、三願転入の道なのだから十九願の善をせよ、と余計な「善の勧め」なるものがくっついています。これがある限り、救われるのはどうしたって善をしていった先、善ができないと知らされた先のことなのですから、今この場で救われるわけがありません。人生の目的が現在に完成するとか言っていますが、実はその「現在」というのは只今この場でということではなく、ずーっと先の未来のことなのです。

ここで思い出してほしいのが、高森会長の「今日死なないと思う心は、永遠に死なないと思う心」という話です。これでいけば、「今助からない教えは、永遠に助からない教え」ということになります。そう、高森会長の教えは、「永遠に助からない教え」ということです。

会員の皆さんは、今助かりたい、現在この世で助かりたいと思って親鸞会に入会したことと思います。この世の無常と我が身の罪悪を多少なりとも感じ取り、後生の不安を何とかしたい、壊れない本当の幸せになりたいと思っていたはずです。間違いなく宿善の機であったからこそ、親鸞聖人の教えに惹かれたのでしょう。
ところがどうでしょう。今はたとえそう思っていても、中々そうならない現実を知り、何しろ後生の一大事なのだから一歩一歩着実に求めていくしかないと今の救いを諦め、救いを向こうに眺めて、死ぬまでに何とか間に合えばいいなどと思ってはいませんか? 疑問があっても自己解決したり、講師や先輩の話で何となく納得したつもりになってはいませんか? いつの間にか只今この場でお救いにあずかるということを忘れ、逆にそう言っている者を異安心呼ばわりする無宿善の機に成り果てていると見受けられます。高森会長の教えは、せっかくの宿善の機を無宿善の機にしてしまう恐ろしい教えであることが分かります。

またいつものように一年が過ぎ、新しい一年が始まりました。ただ、会員の皆さんにはいつものような無限ループを経巡る年で終わることなく、助からないことにもっと疑問を抱いて事の真偽を検証する年に、また只今この場で本願の仰せを聞き受け、念仏する年にして頂きたいと思います。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
スポンサーサイト
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード