高森の教行信証(信編) - たまたま「信心決定した」という人がいても、「疑似体験」「造られた〝獲信体験〟」「安楽椅子の人」と言われてしまう獲得超難関な信心

教えが「真実の教行信証」ではなく「高森の教行信証」ですので、そんな高森会長の話をまともに信じて実践していても「真実の行信」が獲られるわけがありません。

それでもたまに、「高森先生から聞いて信心決定した」という奇特な方が現れます。昨年では、

「晴れて大悲の願船に」

という見出しで学徒となって2年目、30代のデザイナーというブラジルの会員さんの獲信体験が『顕正新聞』1面で公表されました。あれからそのブラジルの会員さんはどうしているのか定かではありませんが、もうひらがなやカタカナはマスターしたんでしょうかね。その方の信心の程は分かりませんけれども、それに対して日本の、それこそ会員歴何十年といった講師部員や会員が未だに救われていないのはどういったわけでしょうか。


親鸞会では、機関誌などで「獲信体験」を公表した会員には信心に”お墨付き”を与える一方で、会員以外の者(退会者や華光会員、その他の真宗信者など)が「獲信した」と言おうものならこぞって「群賊悪獣」「体験至上主義」「自称獲信者」と呼び、「彼らの信心は所詮体験しかないのだ」とか、「そんな簡単に獲られる信心ではない」などと一刀両断しています。

 獲信したと思っている者は、
「私が信心決定した時は、ああだった、こうだった」
「オレが信心獲得した時は、こうなった、ああなった」
と体験話をしたがる。
 いわゆる珍しい話である。
『親鸞会公式ホームページ』擬似体験のコツ

  今晩とも知れぬ命、罪悪深重の己が、今死ねばどうなる。後生が気になり、つらい、つらい、私も早く救われたい、ああなりたいと自分を急き立てる。大声で念仏称えたり、なんでオレは救われないのだ、と叫んだりもする。韋提希のように、はいずり回る者も現れる。
  弥陀の呼び声、一声聞きたい。聞いて、早く楽になりたい一心である。
  すると人間の心は、まことに複雑怪奇。自分で自分に説法する。心の中から呼び声を発するのだ。恐るべき自己暗示は、聞こえない声も、聞こえたと深く思い込ませてしまうのである。
  つかんだら、もう放さない。それで、信心いただいた、ああ、オレはもう助かった、となる。
『親鸞会公式ホームページ』造られた〝獲信体験〟

親鸞会では会員以外の獲信者(ホームページでは「浄土真宗華光会」のことを指していると思われます)のことをこのように言い、「安楽椅子の人」だとか呼んでその信心を否定します。どうも親鸞会では、真実信心か否かの分かれ目は「親鸞会会員であるか否か」にあるようで、似たような体験談でも会員なら「獲信者」だと称讃し、非会員なら「自称獲信者」だと貶めています。また、「高森顕徹会長や出版物を褒め讃えているかどうか」にもあるようで、先ほどのブラジルの会員さんも、当時独学でひらがなを勉強中とは到底考えられない文章で高森会長や映画『なぜ生きる』を絶賛していました。


体験談と言えば、最近よく「高森先生から聞いて信心決定した」という「金星人」さんの体験談を多く頂きます。(どうやら「金星人」=「火星人」=「ヘナチョコ」=「火の人」のようです。飛雲さよなら親鸞会に頻繁にコメントしており、その信心や人格がよく知られます。真宗でも高森教でもない、独自の「金星教」ワールドが展開されています。もしかしたら他にもハンドルネームがあるかも知れません)

聴聞していればいつか助かる、と信じていた我が身に大変な大事件が起こりました。心は真っ暗にカキ乱れ、光に向かっているのに何故に最低最悪の酷い目にあい、この世の地獄を見なければならぬのか。この世の自業苦を解決しなければと真剣に聴聞しました。
真剣に聴聞する心が信罪福心からであり、後生の一大事が何一つも心にかかってない自分が知らされて、お門違いだと見放されました。一生懸命に求道してきたつもりが、何一つも役に立たず、結局空回りで一歩も進んでいない。これから先にいくら求道しても絶対に助からない奴だ。どうしたらいいのだ。分からない分からない。と、もがき苦しんでいた時に「そのままだぞ」と直の呼び声が脳裏にハッキリと聞こえました。「そのまま助ける本願」は本当だった本当だったと疑いが無くなり、湧き出る歓喜の心から念仏を何度も称えさせられました。
「体験談」のコメント(本人)より抜粋)

私はS会以外から話を聞いた事がありません。
光に向かっている筈なのが、悪果が次々に現れて韋提希の様に愚痴の心で苦悩し、全てを捨ててご法話会場に行き、泣き泣きお勤めをして真剣に聴聞しました。聴聞する目的がお門違いの人は創価学会に行ってくれとT先生からも見捨てられました。今まで真剣に求道してきたのに何も聞かないテレーキョトンボーの闡提の心に泣かされて、分からない分からないと三定死で苦しみぬいて、もうダメだと諦めた時に、幼児の様な声で「そのままだぞ」とハッキリと声が聞こえました。本願に間違いがなかった。T先生の言っていた事は本当だったと大驚喜心が起こり疑情がなくなりました。それ以来後生の一大事の解決の為に聴聞するという気持ちはなくなりました。
「金星人(火星人)さんへ」のTENさんのコメントより抜粋)

(※TENさんのブログはこちら⇒大悲にふれて

このような書き込みが相当なされています。当ブログでも相当書いており、その前にもTENさんの証言によると「100回位聞きました」とのことですから、まさに「体験談のオンパレード」です。

今までに、金星人さんのそういった体験談が親鸞会の機関誌で取り上げられ、「獲信体験」として公表されたかどうかは定かではありません。しかし、これは対象こそ違うものの、上に紹介した親鸞会公式ホームページにて指摘していることそのものです。金星人さん、貴方は当時「正しい阿弥陀仏の本願を説く先生」だと信じていた高森会長の話を聞いて「聞即信の一念の体験」をしたと言っていますが、高森会長からは、直接的にせよ、間接的にせよ貴方の体験は「疑似体験」「造られた〝獲信体験〟」であり、「安楽椅子の人」だと言われているようですね。金星教では「錯乱状態でシナプスが繋がり何か閃く事」が「聞即信の一念の体験」のようですから、それは高森教からしても間違いでしょう。

親鸞会内では「誹謗サイト(親鸞会批判サイトのこと)を見ることは謗法罪だ」とうるさいので、当ブログを閲覧して書き込んでくる点からして、金星人さんは忠実な「高森教徒」でないことだけは間違いなさそうです。また、少なからず現在の教義に疑問を持っているようで、親鸞会及び高森顕徹会長に全幅の信頼を置いているようでもなさそうです。現在は高森会長のことを「正しい阿弥陀仏の本願を説く先生」と信じていないともお答え頂いています。ということは、親鸞会からすれば金星人さんは「群賊悪獣」「体験至上主義」「自称獲信者」であり、「彼らの信心は所詮体験しかないのだ」とか、「そんな簡単に獲られる信心ではない」などと一刀両断されてしまう側の人間ということになりますね。


親鸞会の機関誌などで「獲信者」だと紹介されたからその人は真実信心の人だとは言えませんが、それにしても親鸞会では「獲信者」の数が極めて少ないです。親鸞会以外では皆無であり、たまたま「信心決定した」という人がいても、「疑似体験」「造られた〝獲信体験〟」「安楽椅子の人」と言われてしまう獲得超難関な信心のようで、これで果たして「全人類が救われるたった一本の道」なのかと疑問に思わざるを得ません。

勿論、獲信者が親鸞会以外では皆無などということはなく、決して多いとは言えませんが現在も信心獲得した念仏の行者は相当数おられることでしょう。逆に、念仏一行どころか悪業悪行、助正間雑、雑行を勧める教えをまともに聞いて信心獲得するということの方がおかしいのです。教義の誤りは、体験談を否定しつつも会員のモチベーションを保つために体験談を事あるごとに載せ続ける矛盾を通してもよくわかると思います。善知識方の書かれたものに体験談というのはほとんどありません。特に生々しい体験談は皆無です。書かれたものは体験談ではなく、教えです。

確かに信心獲得することは難しいと教えられてはいますが、会員の皆さんの場合は、皆さんが信心獲得できない最大の原因は「間違った教えを聞いて実践している」というところにあります。それはまた次回に譲ることにしますが、兎にも角にも「高森の教行信証」から離れて「真実の教行信証」を知らないことには浄土真宗の信心は分かりませんから、会員の皆さんは邪義を邪義と正見して一刻も早く見切りをつけ、「南無阿弥陀仏のいわれ」を聞いて「信心歓喜」して頂きたいものです。


それにしても、体験談をたのみにして一度掴んだらもう離さないというのは恐ろしいことです。私には、そんな不思議体験が無くて本当に良かったです。もし私に不思議体験があったら、「これでもう大丈夫」「あの時あんな体験をしたのだから」とどんずわって、それ以上法を聞くことも、真宗を学ぶことも無く、また少しでも御恩報謝をしようとも思わなかったかも知れません。「自分の意識、記憶の中の出来事」という無常のものをたよりとしているというのは自力の計らい以外の何物でもないですし、そんなものが役に立つと言っているのは「真実信心がどんなものか知らない」と表明しているようなものです。

体験談は万人に当てはまるものではないし、実際に信心を獲た人がいるということは分かってもそれ以上実りはありません。そんな個人的な体験談を何度も書き連ねるというのは自慢以外の何物でもないでしょう。まして体験談を元に「本願まこと」とか言われてもね。皆さんにも信心獲得してもらいたいと思うのであれば、自身がまず教えをよく学んで、そして教えを書くべきだと考えますが、はてさて・・・。
スポンサーサイト
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード