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今年もありがとうございました

2018年も最後の日になりました。時間の早さは私が思う遥か上を行っています。1日1日を大切にしなければと言いつつ、もっと大切に使うんだったと反省することしきりですが、私の上には特に大きな事件や事故も無く、無事に過ごせそうですのでそこは良かったです。まぁ23日辺りから恒例の胃腸炎にかかり、その中でも仕事をしなければならなくてつらかった、そんな予定ではなかったということもありましたが、「食べられるということも有難いことだよ」という如来の尊い御説法だと受け取ることにします(笑)。

しかし、2018年「今年の漢字」第一位は「災」だったように、西日本豪雨を始めとする全国各地の災害被害で多くの方が亡くなられました。また、今年の夏は暑くて暑くて、ポカリを飲みっぱなしでも途中で頭痛がするほどでしたのできっと多くの方が熱中症で救急搬送され、お亡くなりになった方も相当いたと思います。

ただ、何も災害関連死だけでなく、そういうものに遭わなくても人は死んでゆくことを私達は毎日のニュースで知っているはずです。あるいは、年賀状を書く方は年に何枚かは喪中の葉書を頂くことでしょう。私の元には、今年は2枚も来ました。20枚も書かないのにですよ。それほど周囲には無常の風が吹き荒れているのに、何で自分はなおものほほんとしていられるのか、鈍感すぎる神経に我ながら呆れてしまいます。

無常に関する鈍感さで言えば、親鸞会の方々もそうです。創作『二河白道の譬え』とか宿善を厚くする教え親鸞会流『三願転入の教え』などに騙されて、いつまでのらりくらり求道ごっこをしてんだと言いたくなってしまいます。「光に向かって進ませて頂きます」で毎年終わっていく。光に辿り着くことがない。平生業成どころか、死ぬまで求道じゃないですか。そんな人生で満足ですか? 俺は絶対にそんなの嫌ですよ。

また横出あり、すなはち三輩・九品、定散の教、化土・懈慢、迂回の善なり。

【現代語訳】
また、浄土門の中に横出がある。それは三輩・九品の機が定善・散善を修め、方便化土である懈慢界に往生する遠まわりの善の教えである。

とあるように、親鸞会の善の勧めはひいき目に見ても横出に分類される教えであって、横超ではありません。本願成就文は至極の教えだとか言いながら、教義的に見ても横出の教えに誘導され、横超の教えを受けられないでいる会員は実に哀れです。現実を言えば、横出はおろか、真宗に非ざる一宗教団体の組織拡大活動をやっているだけですから、「化身土文類」末に示されている邪偽の教えそのものです。頼りない教えだという会員さんの思いは、至極当然です。早く邪偽の教えから真宗に来て頂きたいと願わずにはいられません。

来年も、親鸞会教義の誤りと正しい浄土真宗の教義についてボチボチと書いていくつもりですので、縁のある方はどうか教義の誤りに気付いて脱会し、真宗の教義に基づいて本願を信じ念仏して報土の往生を遂げる身となって頂きたいと思います。


ところで、今年はコメント欄で随分と論争が起こってしまい不本意でしたが、個人の間でも教義に関する解釈において意見の食い違いから論争のような感じになってしまいました。誰とどういうやり取りを交わしているかは公表しませんが、問題にしていることは

阿弥陀仏は念仏を称えよと仰っているかいないか

です。私は「仰っている」と主張し、相手の方は「仰っていない」と主張しています。相手の方は

阿弥陀仏は「我にまかせよ」と仰っているのであって、「念仏称えよ」ではない

と言われ、私は

「我にまかせよ」はその通りだが、『「念仏称えよ」ではない』のではない。本願を信じさせ、念仏を称えさせ、往生成仏させるという本願が成就してはたらいているから、私達は本願を信じお念仏申しているのだ

と言って平行線を辿っています。まぁ相手の方の主張、お気持ちも分からなくはないのですが、阿弥陀仏が仰っているかどうかですから、ここは本願文や、本願文を解釈された善知識方のお言葉を基に伺ってゆくべきであろうと私は考えます。

それで、時間がある時にこの問題にも触れ、私なりの解釈を述べていきたいと思います。おそらく、相手の方は南無阿弥陀仏は本願招喚の勅命であって、「我にまかせよ」ということを強調したい。そして

自力修善の一つとして、救いの取引条件として、阿弥陀仏は念仏称えよとは仰っていない

ということを言いたいのだと思います。気持ちはとてもよく分かるし、納得している部分はあるのですが、じゃあ私が今称えているなんまんだぶの出処はどこだとなると、やはり本願文に「乃至十念」、お念仏称えよと仰っているからではないのか。その本願が成就してはたらいているから、私の口に称名念仏となって現れているのではないかと思う、いや、そうとしか思えないのです。

それで、今後この問題についても考察していく予定でいます。読者の皆様にもご意見を頂ければと思います。ただし、淳心房への批判非難はいいとして、相手の方を誹謗中傷するようなコメントはしないで頂きたいです。おそらく、念仏に対する認識の違いに意見の食い違いの原因があるのでしょう。根本の所はどっちも間違いではない、甲乙つけがたい問題だと思われるからです。


そんなこんなで、あまりまとまっていませんが、それでは皆様一人一人にとって来年が良い年となることを願い申し上げて、この記事を終わりたいと思います。読んで下さった方々、本当にありがとうございました!(^^)!

なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・
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プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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