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お勤めの意義も当然知らない現役カルト信者

勝敗は決しているにも関わらず、相変わらず恥の上塗りコメントが続いています。

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そもそも一向専念無量寿仏なっとんが?おたくら!

善いことせんが?

お勤めせんが?




シカトかよww

一向専念無量寿仏なってようがなってまあが
善いことするよね?

お勤めするよね?

君らせんが?
悪人製造の教えけ?
2019-01-16(10:12) : 元会員

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どうもこの現役カルト信者は

「お勤めを勧められている」=「五正行を勧められている」

と主張し、何とか善の勧めに持っていきたいらしいです。これも既に破られていることを知らないのでしょう。

諸善万行は雑行と高森会長も教えていますが、正行の勧めがなぜ雑行の勧めになるのですか?

現役カルト信者は、まずこの質問に答えなさい。


次にお勤めの意義についてですが、蓮如上人は次のように教えられています。

一 のたまはく、朝夕、「正信偈和讃」にて念仏申すは、往生のたねになるべきかなるまじきかと、おのおの坊主に御たづねあり。皆申されけるは、往生のたねになるべしと申したる人もあり、往生のたねにはなるまじきといふ人もありけるとき、仰せに、いづれもわろし、「正信偈和讃」は、衆生の弥陀如来を一念にたのみまゐらせて、後生たすかりまうせとのことわりをあそばされたり。よくききわけて信をとりて、ありがたやありがたやと聖人(親鸞)の御前にてよろこぶことなりと、くれぐれ仰せ候ふなり。御一代記聞書(32)

【現代語訳】
「朝夕に<正信偈和讃>をおつとめして念仏するのは、往生の因となると思うか、それともならないと思うか」と、蓮如上人が僧たち一人一人にお尋ねになりました。
これに対して、「往生の因となると思う」というものもあり、また、「往生の因とはならないと思う」というものもありましたが、上人は「どちらの答えもよくない。
<正信偈和讃>は、衆生が弥陀如来を信じておまかせし、この信心を因として、このたび浄土に往生させていただくという道理をお示しくださったのである。
だから、そのお示しをしっかりと聞いて信心を得て、ありがたいことだ、ありがたいことだと親鸞聖人の御影像の前で喜ぶのである」と、繰り返し繰り返し仰せになりました。


お勤めは聴聞であり、御恩報謝であって、信仰が進む手段、宿善が厚くなる手段、白道を進む手段、横の道を進む手段、光に向かって進む手段等のいわゆる「獲信するための手段」ではないことが判ります。お勤めを、獲信するための手段と考えている親鸞会の邪義を正しておられます。五正行という善行を修めて阿弥陀仏に救われよう、救いに近づこうなどという自力的な意味は全くないのです。ましてや、

「お勤めの実践」=「五正行の実践」で、宿善が二番目に厚くなる方法

だとかいう珍しい教えは蓮如上人の上にはありません。当然親鸞聖人の上にもありません。


それにしても、この現役カルト信者は過去の法論を全く学んでいないことが判ります。以下、この記事の内容を一部変えて再度アップします。

↓↓↓

よく親鸞会側は、浄土真宗の祖師方のお言葉通りに教える親鸞会批判者に向かって、

そんなに善をしたくないなら・・・
そんなに善をするのが嫌なら・・・


などと負け犬の遠吠えがましいことを言いますが、

そんなに善をするのが嫌なら、親鸞会にとどまって推進される活動をしたらよいでしょう

とでも返しておきましょうか。幹部や講師部員、会員の皆さんが親鸞会の活動に割かれている時間を自由に使える我々は、その時間で彼らよりずっと倫理道徳上の良いことを実践できます。しかも往生・獲信とは無関係とわきまえて。それに『さよなら親鸞会』などを見る限り、高森顕徹会長を始め一部の幹部や講師部員は、とても廃悪修善を実践しているとは言い難いものがあります。事実、教義面に絞っても、

・「親鸞会教義の誤り」への反論を依頼した特専部員を除名する。
・反論もしないのに、「これが親鸞聖人の正しい教えだ」と主張し、間違った教えを弘め続ける。「誤りを犯さないことを誇りとするよりも 誤りを直ちに改めることを誇りとしよう」ではなかったのか。
・大沼氏や伊藤氏から盗作しておきながら、あたかも自分が書いたものであるかのように振る舞う。
・意図的な断章をした御文を教学聖典に用い、会員に親鸞会ドグマを浸透させる。
・根拠が存在しなかったり、根拠が間違った御文を教学聖典に掲載し続ける。
・法論すれば相手の主張を歪曲し、相手があきれて論戦放棄すると、勝手に勝利宣言。
・過去の法論では頑なに自説を曲げなかったのに、後になってしれっとそれまでの主張を修正してくる。若不生者の「生」の解釈が典型例。㈱チューリップ企画と田中一憲の法論はまさに勝他のための議論。
『飛雲』との公開法論に応じないまま6年以上経過。


等々、教えを説く者としての誠実さはカケラもありません。とにかく善がしたくない、善をするのが嫌なようです。教義面でこの有様であり、そんな教えを説いているのが高森顕徹会長ですからその下は推して知るべしです。不倫疑惑、セクハラ、万引き、偽装勧誘、偽装ベストセラー・・・挙げればキリがありません。とにかくやり放題。親鸞聖人の教えを悪人製造の教えにしているのは他ならぬ親鸞会です。

善もどきの善をいくら励んだところで往生は定まりませんし、少しも獲信に近づくことはできません。往生の因も果も、全て阿弥陀仏の方から恵み与えて下さるものだからです。この本願力回向の教えを真っ向から否定することが善なのか、悪なのか、そんな親鸞聖人の教えを否定する邪義を自分自身も深く信じ、それを宣伝する行為が良いことなのか悪いことなのか、会員の皆さんには一度立ち止まってよく考えてみて頂きたいと思います。



【参照】
『飛雲』昔も今も雑行・正行の分別もなく
『飛雲』「善知識方は五正行を勧められている」は本当?
『飛雲』「どうすれば救われるのか」真宗と高森教との決定的な違い9
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プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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