今回も、またいつもの話でした

7月2日(日)も高森顕徹会長の話があったようで、内容は前回と同じく

映画『なぜ生きる』の中の蓮如上人のお言葉
「『聞く一つで、大船に乗せる』ということは、阿弥陀仏の命を懸けたお約束だからです。」
とはどういうことでしょうか?


という質問に答えるものだったそうです。またいつもの話かとうんざりしている会員さんも少なくないでしょう。

いや、別に毎回毎回同じ話でもいいんですよ。内容が伴っていればね。本願成就文の教えを親鸞聖人が教えられた通りに教え、本願が成就して私にはたらいているぞ、それを今ここで聞き受け念仏する以外に我々が往生成仏する教えはないぞと。横の線を求道の過程になぞられるのも間違い、宿善を求めよという教えも間違い、まず19願から始めよと定散二善等の余善を勧めるのも間違い、ド真剣に聞いて信心を頂いて参ろうというのも自力と。こうハッキリ教えて、返す返す如来の御誓いにおまかせするばかりであると毎回毎回話してくれる分にはいいんですけど、高森会長の話って、決まって親鸞会への入口のような話で終始してますよね。それでいて、肝心の救いの法については話さない、あるいはぼかすといった感じで、いつまでもゴールが無いんですよ。こんなゴールの無い円形トラックをぐるぐる回り続けるランナーの未来は・・・もうお分かりですね。


――――――――――――――――――――
さて、今回高森会長が唯一まともなことを言っていたのが、

親鸞聖人は本願成就文の解説書として教行信証全六巻を残された

ということです。まぁ正確には親鸞聖人は本願成就文の解説書として教行信証前五巻を残されたでしょうか。最後の化土巻は、誓願一仏乗の教えを受け容れない衆生のために暫く仮に設けられた権仮方便の教説として十九願、二十願、また聖道門が説かれたということを示した文類であって、本願成就文の教えを説かれたものではありません。それは標挙の文に、

無量寿仏観経の意なり
  至心発願の願  邪定聚の機  双樹林下往生

阿弥陀経の意なり
  至心回向の願  不定聚の機  難思往生


とあることでも分かるでしょう。方便の教説では、方便の浄土にしか往けないからこれを廃し、真実の教説に帰依して真実の報土に往生せよというのが宗祖のお示しであります。その真実の教説である本願成就文の教えを十七願、十八願、十一願、十二願、十三願の五願に開き示されているというのです。

よく五願開示というと、十八願を十七願、十八願、十一願、十二願、十三願の五願に開いたと言われ、私もそのように理解していました。なぜなら『教行証文類』は『選択本願念仏集』に示された念仏往生の法義の内容をより精密に書かれたものであるからです。善導大師、法然聖人は阿弥陀仏の四十八願の中、第十八願にもとづいて念仏往生の法義を打ち立てられたので、これを一願建立と言われます。それに対し、親鸞聖人はこの念仏往生義を第十七・十八・十一・十二・十三の真実五願に開き示したことから、これを五願開示と呼ばれます。

ただ、十八願を五願に開いたとなると矛盾が出てきます。法然聖人は善導大師の『観経疏』散善義

一心にもつぱら弥陀の名号を念じて、行住坐臥時節の久近を問はず念々に捨てざるもの、これを正定の業と名づく。かの仏の願に順ずるがゆゑに。

の文をご覧になられて夜が明けたと言われておりますが、『観経疏』とは言うまでもなく『観無量寿経』を解釈されたものです。ところが親鸞聖人は『観無量寿経』を方便の経と見られ、真実の経(教)は『大無量寿経』であると仰っています。

また、願だけで我々は救われるのかということです。大事なのは、それが成就しているのかどうかです。願が成就していなければ我々は救われません。法蔵菩薩が世自在王仏の前で願いを発されたが、それは今成就しているのか。それとも願い倒れに終わったのか。それを示されたのが、『大無量寿経』下巻にある本願成就文であるというのです。この本願成就文によって、法蔵菩薩は既に本願成就して阿弥陀と名乗られている、阿弥陀と名乗られているということは、我々衆生に救いを及ぼしつつあるということが分かるのです。

善導大師は『観無量寿経』を重視し、『観無量寿経』に立って『大無量寿経』を見られました。法然聖人もそうした見られ方です。それに対し、親鸞聖人は

それ真実の教を顕さば、すなはち『大無量寿経』これなり。(教文類)

と真実教は『大無量寿経』であると示し、その『大無量寿経』の中でも本願成就文こそが真実の教えであるということを

横超とはすなはち願成就一実円満の真教、真宗これなり。(信文類)

と仰っているのです。ですから、十八願を五願に開かれたのではなく、本願成就文の教えを五願に開かれたのが親鸞聖人であるというのです。同日7月2日、阿部信機先生よりこのようなことを聞かせて頂きました。
――――――――――――――――――――


大分脱線しましたが、高森顕徹会長は話の中で

聞く耳を持たない者が聞く耳を頂いて阿弥陀仏の法を頂く

とか何とか言って、

「聞」といふは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし、これを聞といふなり。(信文類)

のお言葉を解説したそうですが、「無眼人」「無耳人」の意味をまるで履き違えています。

『飛雲』「凡夫の浅智」以前に無智なんですよ

にあるように、九十五種の邪道に事ふ」ような人念仏誹謗の人を「無眼人」「無耳人」というのです。例えば、阿弥陀仏の絵像、木像を「」だとか言い、やがて滅びるなどと誹謗する高森顕徹会長のような人物、及びその信奉者です。

そうやって信心を頂こう、真実を聞く耳を頂こうなどと、貰うことばっかり、自分のことばっかり考えて、こんな浅はかな自己中心的な私に寄り添って助けようとはたらいている本願力ましますことを聞かないからいつまでも分からないのです。真実信心は自分で起こすものではない。では何によって起こされるのかというと、如来より賜る。頂く。こう聞くと、どうしても私達は如来から何かを貰うんだ、何が貰えるのだろう、早く貰いたいと貰うことばっかり考えがちですが、そうではないんです。

お前は決して迷いを出られん者だよ。そのお前を助けようと阿弥陀仏が本願を発されたよ。その本願は既に成就してあんたにはたらいているよ。南無阿弥陀仏となって届いているよ。南無阿弥陀仏となってお前に届いて、必ずお前を迷いから出して仏にするよ。こうした仏願の生起本末を聞いたなら、それにおまかせするよりないでしょう。これが聞であり、聞がすなわち信なのです。別に何かが貰えるのではなく、このように疑いなくなったこと、自力が廃ったことを「信心を頂く」と言い習わしているのです。


どうせ、「聞く耳を頂くには・・・」なんて始まって、より真剣に聴聞しますとか、光に向かって進ませて頂きますとか言って、推進される活動に従事していくのが落ちな会員の皆さんでしょう。これこそ会長はじめ確信犯の一部幹部の思う壺ですよ。このような自力を助長させるような教えを聞き続けるか、他力を聞いて他力におまかせする以外にないという浄土真宗を聞くか、判断は皆さんに委ねられています。どうか聞思して遅慮することのないようにして頂きたいものです。
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非公開コメント

No title

Abcです。

また、いつもの話でしたか...

>映画『なぜ生きる』の中の蓮如上人のお言葉
>「『聞く一つで、大船に乗せる』ということは、阿弥陀仏の命を懸けたお約束だからです。」
>とはどういうことでしょうか?

私が所属していたときにも聞いた問いですね。

私が...というと「自余のはからい」とはなってしまいますが、私は「自余のはからいが廃れ、弥陀を頼む(任せる)一念で弥陀にすくわれる」ので、「『聞く一つで、大船に乗せる』だと考えています。

こちらもすこし話がそれますが、元来、六字名号は「ナマス・アミターユス(ブッタ)」と「ナマス・アミターバー(ブッダ)」というチベット仏教での仏様から来ています。
ひとつは、「量りなきいのち(無量寿光)」ひとつは、「量りなき智慧(智慧光)」です。

>如来より賜る。頂く。こう聞くと、どうしても私達は如来から何かを貰うんだ、何が貰えるのだろう、早く貰いたいと貰うことばっかり考えがちですが、そうではないんです。

自分は、「早く貰いたいならもらってください!!」派です。「如来より名号を頂きたい」と思うのは問題ないと考えますが、「横の線が・・・」とか「六度万行が・・・」といって右往左往しているのを見ると「老少不定と聞いていながら何をしているんだ・・・」とついつい考えてしまいます。

「六度万行」が必要だと思うなら「六波羅蜜は往生に必要である。何もせず仏(阿弥陀)まかせなど横暴だ!」とおっしゃっている「南都北嶺の由々しき学匠」のところに行かれてください。 と私の本寺から京に来た人たちに善信上人がおっしゃられてたような気がします。(彼らのビデオでいう第5巻のところ)

>どうせ、「聞く耳を頂くには・・・」なんて始まって・・・
そうなんですよ、いつも最後は「光に向かって進ませていただきます。」で彼らは終わるんですよ。

追記: 私のところは「善光寺式一光三尊阿弥陀如来像(木像)(秘蔵)」らしいのですだ、彼らは「木像も絵像も「人」だからいつかは滅びる!」ともうされております。そうやって善信上人をないがしろにしていることは、誠にいたたまれない気持ちになります。また、彼らは「善光寺和讃」が彼らの聖典にあったとしても情報統制によって見ないふりをしています。

このことから私は、彼らと共にいることが難しくなりました。

Abc

ありがとうございます

お忙しい中、頻繁に記事を書いてくださり
素晴らしいなって、感謝しています。

阿部先生のお話しも、分かり易く、まとめてくださって、ありがとうございます。

素晴らしいお話しをお聞きして 、皆さんにご紹介したいと 思っても、ついつい時間が、過ぎてしまう私を反省しつつ、記事を読ませて頂きました。

元親鸞会会員の友人が、時々「今日の真偽検証さんの記事スゴイよ!」などと、ラインで知らせてくれます。
全国の淳心房ファンの方々とともに、
ご活躍 を、拝しております。

また、いっしょに聴聞できると、うれしいです。

これから、暑くなりますので、体調 お気をつけください。

南無阿弥陀仏

Re: Abc様

> 私が...というと「自余のはからい」とはなってしまいますが、私は「自余のはからいが廃れ、弥陀を頼む(任せる)一念で弥陀にすくわれる」ので、「『聞く一つで、大船に乗せる』だと考えています。

『聞く一つで、大船に乗せる』はまぁよろしいのですが、実際には『聞く一つ』ではなく『「聞く」と「聞いたことを実行する二つ」』ですし、実行することは主に親鸞会の組織拡大を促す活動です。一部の正しいことに多分の邪義を混ぜて親鸞会教義としているので騙されてしまうのだと思います。全て嘘っぱちなら騙される人はもっと少ないでしょう。


> 自分は、「早く貰いたいならもらってください!!」派です。

私もそうです。ただやはり貰うと聞くと、何か信心という名の確固とした信念を頂くとか、安心・満足・喜びの境地に出るとか、我々の心が尋常でない状態に変化するんだと思いがちです。信心を頂くといっても、計らいが取れる、無くなる以外になく、本願の名号、南無阿弥陀仏の六字のいわれを聞くことの他に信心はありません。なので信心を獲て頂くには、こうした仏願の生起本末を説いていく以外に無いのかなと思います。

No title

「五願開示」という名目は、御開山が『無量寿経』の願意を、行・信・証・真仏土と展開された意を、第十八願の文に求めるという先達の試みであろう。いわゆる願によってご法義を顕彰しようという試みであって、これを釈尊の説かれた本願成就文によって解釈しようと阿部信機さんが言われたなら無謀であろう。そもそも語義矛盾である。
覚如上人以降の真宗学では、信を強調するあまりに、御開山が、

 この心すなはちこれ念仏往生の願(第十八願)より出でたり。
http://wikidharma.org/595caabebc9c0

という、なんまんだぶを軽視するのだが、高森顕徹氏もまた、その隘路に嵌ったのであろう。
本願成就文に、

 あらゆる衆生、その名号を聞きて、信心歓喜せんこと乃至一念せん。

の一念の固執するのだが、御開山は行についても

 行の一念といふは、いはく、称名の遍数について選択易行の至極を顕開す。
http://wikidharma.org/4c890f28ab06f

と行の一念を考察されておられるのであり、愚鈍な林遊のような者にとっては「行中摂信」の、なんまんだぶの法はありがたいことである。
ともあれ、なんまんだぶという救済の法を抜きにして、ありもしない信を論じて来たのが高森親鸞会の歴史であり、脱会しながらも今なお、「行に迷ひ信に惑ひ」しているのかな?

浄土真宗は、本願に選択された、なんまんだぶを称えるご法義でしたです。
法然聖人は、

 聖道門の修行は、智慧をきわめて生死をはなれ、浄土門の修行は、愚痴にかへりて極楽にむまる。『西方指南鈔』所収「浄土宗大意」

とされ、御開山は末灯鈔(16)で、

 故法然聖人は、「浄土宗の人は愚者になりて往生す」と候ひしことを、たしかにうけたまはり候ひしうへに、ものもおぼえぬあさましきひとびとのまゐりたるを御覧じては、「往生必定すべし」とて、笑ませたまひしをみまゐらせ候ひき。

と、されておられますが、知った判ったの信心は、御開山の仰る往生浄土の信とは少しく違うのかもですね、知らんけど。

なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ

No title

私も五願開示には疑問を持っていますが、そのように解釈したい学者の理屈は理解できないでもないです。
しかしですね、それはあくまで十八願に対してのことであり、十八願成就文に対しては明らかにおかしな理屈です。
阿部氏には、大沼氏に共通するものを感じます。よって高森氏とも似通った部分があるのも致し方の無いことでしょうか。

論理の飛躍があり、これまで聞いたことの無い理屈に感動するのが、高森会出身者の特徴です。

コメント返信

林遊@なんまんだぶ様
反高森会様

阿部信機先生の理論は、この間聞いたことを記憶をたよりに書き記したものです。この是非については、今後またお話を聞く機会があれば更に突っ込んで聞いてみたいと思います。今は、「そのように説く布教使もある」という程度に思っていて下されれば結構です。

ありもしない信を論じているのが高森顕徹会長ですが、浄土真宗の信心は南無阿弥陀仏以外にないことはよく心得させて頂いております。

「大沼氏に共通するもの」とありますが、具体的にどのような点か教えて頂きたいと思います。私はたまたま縁があって数時間お聞きしただけなので、どういった話をする方なのかその全容は分かりかねます。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

>RC様

その節はお世話になりありがとうございました。まだ聞いたことの半分も書いていませんが、忘れない内にとこの内容だけは書いておきました。私が書いた内容で、先生の仰ることと違うことがあれば訂正しますのでお知らせください。

ただこの五願開示については、他の方のコメントをご覧頂けば分かるように、現在は阿部先生を否定的に捉える方が多くあります。先生自身「聞思して」と仰っているように、我々もよく思い考える必要があると思います。

今度機会があれば、先生へ当ブログに寄せられたコメント文を紹介してみて下さい。私も更に突っ込んで聞いてみたい内容の一つです。

No title

> 反高森会さん

いくら何でも阿部信機さんと大沼法龍さんを同視するのは如何かと。
阿部さんは、いわゆる社会派的発信が多いのですが、これは坊主以前の熱情から来るもので、ご法義をアクティブ化するために三願転入という論理を利用した大沼さんとはあまり関係がないと思います。
阿部さんは、よく判るいい話をされますし、為になる話をする坊さんです。もっとも、いい話や為になる話は、浄土真宗のご法義とはあまり関係が無いのですが(笑
ともあれ人間の行為や考えることは、覚如上人に依れば、

 つくるもつくらざるものみな罪体なり、おもふもおもはざるもことごとく妄念なり。『拾遺古徳伝』

だそうですから、虚心に本願に選択された、なんまんだぶを称えて往生浄土を期すべきかもです。

なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ





No title

高森氏に利用された大沼氏は、悪いイメージが付いているようですが、私は大沼氏に悪いイメージを持っていません。
阿部氏と共通するものは、お聖教に書かれたご文をそのまま解釈しないところが多々あることです。五願開示は、大沼氏も言われてましたし、分かりやすい話で多くの聴衆を集めた点も共通するところです。
こう書くと高森氏との共通点でもあるのですが、高森氏と共通するところがあると書けば、強烈な反発があるでしょうから、本来の良いイメージの大沼氏と共通するところがあり、悪いイメージの高森氏とも似通ってくるとの表現にしたのです。

他の人と違う話、学問的に深いと思われるようなご文に沿わない話に感動するのは、考えものです。

Re: 反高森会様

> 阿部氏と共通するものは、お聖教に書かれたご文をそのまま解釈しないところが多々あることです。五願開示は、大沼氏も言われてましたし、分かりやすい話で多くの聴衆を集めた点も共通するところです。

そうでしたか。五願開示以外にも、本来の宗学から逸脱したことを説くということですね? 私はまだほんの1~2回分の話しか伺っていないので「多々ある」という「お聖教に書かれたご文をそのまま解釈しないところ」を全く知りません。
少ない聴聞の中では、「本願が成就して私にはたらいている」「聴聞して信心を頂いて参ろうというのは自力」など、その通りということも説かれていました。


> 他の人と違う話、学問的に深いと思われるようなご文に沿わない話に感動するのは、考えものです。

念仏往生の法義の内容とは、本願成就文の内容を指すと思うので、そういう点でこの度紹介した五願開示のお話は「なるほど」と思いました。阿部先生自身「聞いたことをよく考えなさい」と言われたので、私もよく思い考え、他の方の解釈なども学びたいと思います。また今後聞く機会があれば、質問をしてどのようなお話をするのか聞いてみたいと思います。
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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