『教行信証』は「完全」に蚊帳の外の、アニメ映画『なぜ生きる』完全版

親鸞会発行『顕正新聞』(平成29年8月15日号)には、9月竣工というだけあってシネマ学院一色と言っていいくらいシネマ学院についての言及がなされています。表紙にはデカデカとシネマ学院の文字、そして数名の学徒が称讃している文章が掲載され、3面の論説でも最後はシネマ学院で締めくくり、4面では「シネマ学院 建設責任者に聞く」と題して施設について詳細に書かれています。

会内では、初期の頃からセリフ等を修正した現在のアニメ映画『なぜ生きる』を完全版と呼んでいるようです。会員の一人はこの『なぜ生きる』完全版を

完全版という意味は、親鸞聖人の御心が注ぎ込まれ、これで『教行信証』が「完全」に収められた、という意味ではないかと思わずにおれません。

と讃えています。いやいやいや、『教行信証』に使われているお言葉は多少出てきても、その意味するところがかけ離れていて、『教行信証』は「完全」に蚊帳の外といった感じです。阿弥陀仏の本願は、「念仏を称える者を浄土往生させる」という本願であって、「親鸞会の活動をする者を絶対の幸福にする」という本願ではありません。十方衆生を浄土に往生させ仏にするという崇高な本願を、親鸞会の活動をする者を絶対の幸福とやらにするという現世利益的本願に貶めています。そして絶対の幸福になりたかったら、後生助かりたかったらあれせいこれせい、全ては阿弥陀仏の善巧方便なんだからといって献金や勧誘、無条件服従へと駆り立てるような教えは、『教行信証』のどこにもありません。こんな浄土真宗の真似をした新興宗教の映画の完全版など、会員の言葉を使って言い換えれば、

完全版という意味は、高森会長のミココロが注ぎ込まれ、これで『高森教』が「完全」に収められた、という意味ではないかと思わずにおれません。

といったところでしょうか。

さて、3面の論説では、相対の幸福と絶対の幸福についての話の終わりに、

 高森先生脚本の映画『なぜ生きる―蓮如上人と吉崎炎上』は、公開以来、多くの人々に感動を与え続けている。まさに全人類を絶対の幸福に導く映画である。その『なぜ生きる』を、最新の映像と音響で拝見できるのが、今、建立中のシネマ学院である。

と締めくくっています。会員が総動員し、あるいは横の道を進めると思い、あるいは祝賀会へ参加できると思って映画館に足を運び続けたからロングランとなっただけの映画を、よくもここまで誇張できるなと感心してしまいます。しかし、脚本を書いた高森会長から長く聞き続けている人でも絶対の幸福とやらになっていない現実を見れば、とてもではないが全人類を導けるわけがありませんな。

なぜ会員がいくら聞き続けても助からないかと言えば、目的が根本的に違っているから、そして目的を果たそうとやっている行も根本的に違っているから、また見当違いの方向へ努力しているからでしょう。来世浄土に往生し、さとりを開くのが目的であるのに、この世での変わらない安心、満足、喜びの境地を目的としているのでは、そら浄土真宗が分かりませんわ。我らのような凡夫が仏に成るには、阿弥陀仏の名号願力のいわれを聞き受け念仏する以外ないというのに、やれ破邪顕正だ、やれ財施だ、定散二善だ、六度万行だ、会長先生のご指示に無条件服従だ、上司の命は会長先生の命だと無関係な活動にこき使われ、逆らうのは謗法罪だ必堕無間だと脅されていては、親鸞聖人と同じ信心になどなれるわけがありません。本願力回向の法を知らず、こちらから救われるところまで進もう、救いに近づこう、このままで助かるわけがないなんかと回向を撥ね付け、見当違いの方向へ努力している、こんなのを自力と言われるのですが、会員はこれがいいと思ってやっているんですから手に負えないです。

そんな会員の姿がよく表れているのが、4面下の会員の声です。

 仏とも法とも知らない方が、映画によって仏法の出発点に立ち、絶対の幸福に向かって進んでいます。
 全ては阿弥陀仏の善巧方便、すべての人と見せていただけるよう、私もシネマ学院建立に尽力したいと思います。


哀れなるかな、悲しむべきかな。善巧方便の意味も分からず、ハコモノ財施に参加することで絶対の幸福に近づくと思って尽力している姿は、自力そのものです。正確には浄土真宗の救いではなく新興宗教の現世利益目的ですから、そんなものへの尽力を自力とは言わないのですが、アカンことに変わりはありません。


未だに会員としてやっていたら自分もこんなだったのかと思うと恥ずかしい限りです。8年前のあの時、教義の誤りに気付くことができて本当に良かったです。席数175という、全国の会員が押し寄せたら到底足りないミニ映画館を造り、そこで『なぜ生きる』を上映するだけということに何の意味があるのか、そんなものに何億円とかけているのかと疑問に思った方は、ぜひ親鸞会の教義や組織について調べて頂きたいと思います。別に批判サイトを見ることは謗法罪ではないのでご心配には及びません。上からの情報を鵜呑みにするのではなく、自分の頭で情報を入れてよく考えることが大事です。こうしている間にも、今年ももう8月が終わろうとしています。無常を見つめるほど、親鸞会教義では助からないことが見えてくるはずです。どうか偽の真宗で満足せずに、浄土真宗に遇って念仏して頂きたいと思います。
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No title

会員時代、自力の行をとことんやれば、自力無功が分かるのだ、即ち獲信だ~!!、と思っていました。今、富山に行っている会員さんのほぼ100%が、こう思って行っているでしょうね。浄土真宗にはないカリキュラムを与えられ、後生の弱みにつけ込まれて搾取されていた構図が今はよく分かります。教義批判に答えないのが何よりの証拠です。

Re: 名無し様

>自力の行をとことんやれば、自力無功が分かるのだ、即ち獲信だ~!!

と思って求めていた人の多くは既に去っていると思われます。現在残っている人の多くは、

・頑張って求めていたらその内きっといいことあるよ(観音菩薩の臨終説法とか)
・臨終までに聞き抜けたら万々歳
・遠生の結縁にでもなればいい
・とにかく地に足のついた求道をしていかねば・・・

というような考えの方とかが毎回参詣して、後はあるいは親鸞会以外に居場所や友人がないとか、あるいは他にどこで真実を聞けるかわからないとか、他の目的で残っている方などが考えられます。今の救いとは言っていても言葉だけで、今の救いに遇うには長い長い聞法求道が必要だと今の救いをアキラメ、遥か遠く未来の救いを目指しているといったところでしょう。


>浄土真宗にはないカリキュラムを与えられ、後生の弱みにつけ込まれて搾取されていた

仰る通りで、親鸞会流「光に向かう教え」「三願転入の教え」「宿善を厚くする教え」「善の勧め」は浄土真宗にはなく、必堕無間の恐怖に縛られて搾取されていましたね。このような実態は決して見過ごすことはできません。大した影響力は無いかも知れませんが、これからも親鸞会教義の誤りと、真宗の信心、念仏について書いていきたいです。

名無しさま へ

>自力の行をとことんやれば、自力無功が分かるのだ、即ち獲信だ~!!

えぇ、そのように思われている方は、確かに親鸞会に在られましたが、
それももう、遠い昔のことです。

私が「仮に」居た平成27年から平成28年の1年間で周りをみると、
ただ「言葉遊び」をされ、ただ「ハコモノを建ててる」だけでした。
(この時期は、映画「なぜ生きる」の製作と その映画の100枚つづりに
対する財施が主として行われていました。)

>浄土真宗にはないカリキュラムを与えられ、後生の弱みにつけ込まれて搾取されていた

誠にその通りでございます。
「善のすすめ」は、聖道門での教えでございますので
 浄土門にはありません。
 前にも記しましたでしょうが、
 「自力の修善はたくはへがたく、他力の仏智は護念の益をもつてたくはへらるる事。」(本願寺三世 覚如)と
 「自力修善(自力での善のすすめ)」を貶されている文言はございます。
 (「万善自力貶勧修」とも「正信念仏偈」にて申されています。)

搾取はカルトの常套手段です。いや、「主目的」なのでしょうね。
ともかく、一介の門徒、布教使と致しましては
「常にお聖教に基づいて」ご説明していただきたいものです。

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プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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