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たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ

この前、ようやく本物の人気アニメ映画『君の名は。』をブルーレイで見ました。私が言うのも何ですが、確かに完成度の高いアニメ映画でした。まず作画がとても美しい。現実では有り得ない独特の世界、面白いところ、シリアスなところ、萌え~なところ、考えさせられるところ、様々なものが込められていて、とても楽しく見ることができました。1、2回見た程度ではちょっと理解できない、作者の思いを汲み取れない部分もあると感じています。機会があればもう1回借りて見たいところです。それにしても大きくなった四葉たんカワユス・・・(*´ω`*)

・・・さて、話の中で、ヒロイン宮水三葉のおばあちゃん、宮水一葉の言葉が心に残りました。本当は耳で聞いた言葉を抜き出すつもりでしたが、返却まで時間が無かったのと忙しかったのとでできませんでした。幸い現在は様々な情報がweb上に上がっていますので、そこからお借りしたいと思います。

一葉「三葉、四葉、むすびって知っとるか?」

・・・

「この言葉には深ーい意味がある」

「糸を繋げることもむすび」

「人を繋げることもむすび」

「時間が流れることもむすび。全部神様の力や」

・・・

「わしらのつくる組紐もせやから、神様の技。時間の流れそのものを表しとる」

「縒り集まってかたちを作り、捻れて、絡まって、時には戻って、途切れて、また繋がり...」

「それがむすび。それが時間」


念のため申しておきます。宮水家は代々神社の家系なので「神様」というワードが度々出てきますが、親鸞会の方は一々反応しないで下さいね。阿弥陀仏以外の諸神に仕えるのは「雑行」と徹底されているので、会員の皆さんはいわゆる「五種の雑行」はしていないと思います。しかし、「五種の雑行」さえしなければ良いだろうという考えは大間違いです。皆さんが信心獲得に良かれと思ってやっている聴聞、献金、勧誘、会長や上司への無条件服従等の活動だってみな漏れず「雑行」の範疇ですから。まぁ正確には親鸞会の主な活動など「雑行」とは程遠い「悪行」です。しかも往生・成仏ではなく、「絶対の幸福」だとかいう幻想的な楽、現世利益が目的では「雑行」とも呼べない、善もどきの善、新興宗教の活動なのですが、細かいところは目をつぶりましょう。

話を戻します。おばあちゃんは「むすび」という言葉を使って、人を繋げること、時間が流れることを「むずび」と言っています。この「むすび」とは異なりましょうが、私達も様々な「縁」によってむすばれています。この世に生まれたのも、現在を生きているのも、誰かと出会ったのも、様々な因縁が絡んで起きたことに他なりません。

そして、私達が現在阿弥陀仏の本願を知り、本願を信じ念仏するようになったのも全て「弘誓の強縁」によってです。親鸞聖人はそのことを、

ああ、弘誓の強縁、多生にも値ひがたく、真実の浄信、億劫にも獲がたし。 たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ。(総序)

【現代語訳】
ああ、このような力強い本願力には、いくたび生を重ねても値(あ)いたてまつることは難く、清らかな真実の信心は、無量劫を経ても、獲る機会はなかった。思いがけなくも、いま行信を獲、本願を信じ、念仏をもうす身になったものは、遠い過去世からの阿弥陀仏のお育てのご縁に思いを致して慶べ。

と仰っています。遥か遠い昔からの阿弥陀仏のお育てのご縁によって、現在私は本願を信じ念仏する身となったというのです。また、そのような尊い本願を伝えて下されたお釈迦様を始めとし、インド、中国、日本の高僧方を挙げて、そのご恩を喜ばれると共に本願念仏の法を懇ろに示しておられます。『正信偈』には具体的に7人の高僧方のお名前と、それらの方々の教えが説かれていますが、その裏にはもっともっと多くの、有名無名の方々がこの教法の伝持相承に携わっておられたのです。その内の誰か一人が欠けても、親鸞聖人まで、私達までは届かなかったかも知れません。

ここから、「おかげさまで」ということ、様々な方々の「ご恩」ということを知らされます。法に関しては勿論ですが、私がここまで生かされてきたことも、両親や家族、友人、近所の方々、学校の先生、その他数限りない、様々な有情非情の「おかげさまで」「ご恩」によってです。

如来大悲の恩徳は
 身を粉にしても報ずべし
 師主知識の恩徳も
 ほねをくだきても謝すべし
(正像末和讃)

親鸞聖人はこのように「如来大悲の恩徳」「師主知識の恩徳」を喜び、その報謝を誓っておられます。

私などはとても親鸞聖人や蓮如上人のようにはいきませんが、私のやり方で「弘誓の強縁」ましますことをお伝えしたいと、この映画を見、「むすび」→「縁」と思いを巡らしている間にふとそのようなことを考えました。

比較するのも失礼ですが、浄土真宗まがいの新興宗教が作ったアニメ映画などよりよほどお勧めです(笑)



【参考文献】
【君の名は。】一葉おばあちゃんの重要セリフと考察(※ネタバレ注意)
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Abcです

こんばんわ、Abcです。

> 人気アニメ映画『君の名は。』をブルーレイで見ました。私が言うのも何ですが、確かに完成度の高いアニメ映画でした。

そうでしたか。確かにあの作画は語彙力の乏しい私からしましたら「すごい」としか言いようがありませんでした。

>おばあちゃんは「むすび」という言葉を使って、人を繋げること、時間が流れることを「むずび」と言っています。この「むすび」とは異なりましょうが、私達も様々な「縁」によってむすばれています。この世に生まれたのも、現在を生きているのも、誰かと出会ったのも、様々な因縁が絡んで起きたことに他なりません。

「むすび」と言う言葉には様々ないわれがありますからね。私も「むすび」ということばに考えさせられることがあります。

「むすび」 ー 「産び(むす・び)」物事が実を結ぶこと。
 「学問と社会をむすんで50年。
「新しい業(わざ)をむすび、そして新しいものを産み出す」。1965年、学祖 荒木俊馬により創設された京都産業大学は、京都・神山の地で、「むすんで、うみだす。」拠点となり、「むすぶ人」をうみだし続けています。」(京都産業大学 HPより)

ここで示すのもなんですが、「高木神」とも記される「高御産巣日神(たかみむすびのかみ)」の「産霊(むすひ)」は生産・生成を意味する言葉であり、神皇産霊神とともに「創造」を神格化した神であります。(Wikipedia「タカギムスビ」参照)

私たち真宗に生かされるものといたしましては仰るとおり「縁(えにし)」としまして様々な方とお話させていただいております。下にも示しますが、「如来の教法をわれも信じ、ひとにもをしへきかしむるばかり」であります。

『御文』1帖目1通 「あるひといはく の章」
「故聖人の仰せには、「親鸞は弟子一人ももたず」(歎異抄・六)とこそ仰せられ候ひつれ。「そのゆゑは、如来の教法を十方衆生に説ききかしむるときは、ただ如来の御代官を申しつるばかりなり。さらに親鸞めづらしき法をもひろめず、如来の教法をわれも信じ、ひとにもをしへきかしむるばかりなり。そのほかは、なにををしへて弟子といはんぞ」と仰せられつるなり。さればとも同行なるべきものなり。これによりて、聖人は「御同朋・御同行」とこそ、かしづきて仰せられけり。」

 こちらに示しておられますように、「如来の教法を十方衆生に説ききかしむるもの」はもれなく「御同朋・御同行」なのです。「~(真宗宗派の名称)の伝統があって」や「~の流儀が」とも申されるでしょうが『浄土三部経』、『七高祖の書物』を携えているものとしましたら少なくとも私の範疇では「御同朋・御同行」なのです。

 ただ、「七祖本を読んではならない」や「マーカーで線を引いたところ以外の質問はしてはならない」などとされることは、制約を設けこちら側の計らいに落とし込めているに過ぎませんし、あまつさえ「宗教の学校」などと言うことはいかがなものかと思います。

ですから、「真宗を学びたい」とその会に入られたのでしたら、厳しい言い方となるかもしれませんが「その会を辞めていただく」よりほかがありません。

 私も含めて迷われている方は、はやく阿弥陀さまにお任せしていただきたいと思います。それでも「「必堕無間」や「信罪福のもの」として生きる」とするならば私は「ちから及ばず(『御消息集(12)』 より)」となりますが。

なもあみだ なもあみだ
Abc

時は流れない それは積み重なる

ども、林遊@なんまんだぶです。

アニメといえば鉄腕アトム育ちで、最近のものは、よう判らんのですが、

>遥か遠い昔からの阿弥陀仏のお育てのご縁によって、現在私は本願を信じ念仏する身となったというのです。また、そのような尊い本願を伝えて下されたお釈迦様を始めとし、インド、中国、日本の高僧方を挙げて、そのご恩を喜ばれると共に本願念仏の法を懇ろに示しておられます。『正信偈』には具体的に7人の高僧方のお名前と、それらの方々の教えが説かれていますが、その裏にはもっともっと多くの、有名無名の方々がこの教法の伝持相承に携わっておられたのです。その内の誰か一人が欠けても、親鸞聖人まで、私達までは届かなかったかも知れません。

という「その裏にはもっともっと多くの、有名無名の方々がこの教法の伝持相承に携わっておられたのです」というフレーズに、開高健の制作だったか昔のCMの文句を想起しました。
すこしく抒情的ですが、わたくしが、なんまんだぶと称える身になったのは、先達が積み重ねてきて下さった結果かもしれませんね、ありがたいこっちゃ。

 時は流れない それは積み重なる
https://www.youtube.com/watch?v=t4WzUn94gBQ

なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ

コメント返信

Abc様

私にとって「その会」は、現在法に遇わせて頂いた縁の一つにはなっていますが、あそこにずっと留まっていたらずっと迷い苦しんでいたであろうな、危ないところであったなぁとも思います。

「その会」を離れて新たに真宗を聞くか、留まって求め続けてゆくか。あるいは真宗を含め宗教とはキッパリ縁を切るか、幽霊会員としてどっちつかずの人生を歩むか。私には強制はできませんので、悩んでいる方、迷っている方には『進撃の巨人』リヴァイ兵士長のこの言葉を贈りたいと思います。

「まぁせいぜい…悔いが残らない方を自分で選べ」
http://moe-maxim.com/kuiganokoranaihou-erabe/

とにかく人生は選択の連続。死に際して、悔いの無い選択を。なもあみだ、なもあみだ、なもあみだ・・・



林遊@なんまんだぶ様

大人になりますと、興味でもない限りアニメは見ませんよね。ただ、漫画やアニメの中にも「これは!」という名言が数多くあります。話題作と言われるものはそれなりの名言や名シーンを持ち合わせているものです。私はオタクとまではいきませんが、興味をもった漫画やアニメは今でも見たり読んだりしています。

> わたくしが、なんまんだぶと称える身になったのは、先達が積み重ねてきて下さった結果かもしれませんね、ありがたいこっちゃ。

まさしく仰る通りだと頷かざるを得ません。今度は自分も積み重ねとなり、誰かがなんまんだぶと称える身になる縁となれたらと願うばかりです。なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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