【考察】「晴れて大悲の願船に乗せていただくことができました」というブラジルの会員さんの手紙を『顕正新聞』1面に掲載した意図について

親鸞会発行『顕正新聞』平成29年9月1日号には、1面表紙に

「晴れて大悲の願船に」
ブラジルから届いた歓喜の手紙


と題して、あるブラジルの会員さんが高森顕徹会長に宛てた手紙の内容が掲載されています。そのブラジルの会員さんが、映画『なぜ生きる』を見て、「大悲の願船に乗せていただけた」というのです。このことは既に

『親鸞会を脱会した人(したい人)へ』親鸞会の今後がわかる「ブラジルから届いた歓喜の手紙」(顕正新聞平成29年9月1日号)

に書かれている通りです。新聞に依りますと、この方は学徒となって2年目の、30代のデザイナーだそうです。いつも通訳を通して高森顕徹会長の話を聞き、映画『なぜ生きる』を見ているようで、現在は直接日本語で聞きたいと、独学で「ひらがな」の勉強中とのことです。そんな方がよく、漢字・仏語をふんだんに使ったお礼状を書けたなと不思議でならないです。しかも文法も読んだ限りは間違いなく、親鸞会独特の言い回し(「・・・せずにおれません」とか)まで見られます。


さて、このブラジルの会員さんの信心が真実信心なのかどうかは定かではありませんが、以下、真実信心と仮定して話を進めていきます。

私は会員であった時、高森顕徹会長から直接聞かせて頂かねばならないと教えられ、遠方の法話も参詣していました。途中から富山のみの法話となりましたが、年に何十回も富山へ足を運び、意味の分かる日本語で、直接聞いていました。また勧誘活動もそれなりにし、少なくない額を献金してきました。それを何年も続けていましたが、救われる気配はおろか、横の道を一歩も進めていないのではないかと不安な日々でした。これが私のような者はダメだけれども、私よりはるかに頑張っている講師部員や先輩会員は救われているというなら話は分かるんです。しかし、支部長始め誰も

”我、十方に叫ぶ この世でいちばんの幸福者、否、大宇宙一の最高の幸福者と”
(他に難しい漢字が沢山使われているのに、なぜか「いちばん」がひらがな・・・)

とブラジルの会員さんが言っているような喜びを表現している人はいませんでした。それが今回、日本語が分からず通訳を通して聞いている方で、ほとんど直接高森顕徹会長から聞いたことがないであろう、現在「ひらがな」を勉強中の、学徒2年目の方が救われたというのです。


まず、救われたということ、体験談を『顕正新聞』1面に持ってくるということについて考えてみますと、ここから多くの日本の会員が救われない現実を不満、不安、不足に思っていることが伺えます。というのも、親鸞会は体験談が語られる浄土真宗華光会(親鸞会内では名前は出しません)や他宗教を非難し、教えが正しいということを謳っていた団体だからです。

ところが会員達には、正しい教えを正確に説かれる高森先生から直接教えを聞き、教えを実行せんと活動しているのに、一向に救われないという現実が頑としてあるのです。これが自分も周りも、支部長でさえ救われてないと知ると、「本当に教えは正しいのか」「本当にこの道間違いないのか」という疑問が出てきて当然です。それを払拭せんがために、『顕正新聞』『顕真』等には数年に一度くらいで、救われたという人の体験談が載せられてきました。今回も、教義の誤りを徹底的に暴かれ、それを見た会員が退会するという流れに歯止めをかけるため、「親鸞会で救われるんですよ」「高森先生に間違いありません」とアピールする狙いで体験談を1面トップに持ってきたのかと考えられます。

次に、紹介したような方が救われたことから、

・高森顕徹会長から直接話を聞かなくても救われる
・『教学聖典』を丸暗記して大導師試験や講師試験に合格しなくても救われる
・親鸞会の宿善論や、「三願転入の教え」が説かれていないアニメを見て救われる
・沢山の人を勧誘したり、多額の献金をしたり、会長や上司の指示に無条件服従しなくても救われる


ということが分かります。私のやってきたことは何だったのかと、茫然自失する会員さんも少なくないでしょう。

親鸞会の映画『なぜ生きる』を見たら救われるとは言い難いですが、

高森顕徹会長から(直接でも間接でも)話を聞かなくても救われる
難しい教義体系を知らなくても救われる
宿善を求め、厚くしようとしなくても救われる
19願を実践しなくても救われる
勧誘、献金、会長や上司の指示に無条件服従しなくても救われる

はその通りです。浄土真宗は本願力回向の法であり、既に回向されて届いている本願力にそのままおまかせするのみで往生が定まるという教えです。本願は既に成就して南無阿弥陀仏と成り、「重誓名称聞十方」と重ねてお誓い下された通り私の元まで届いています。私が南無阿弥陀仏のお慈悲に既に包まれていると言ってもいいでしょう。それを凡夫の我々の側で疑い撥ね付けるから生死輪転の家に還来するのであり、本願力を疑いなく信じた信心を以てすみやかに寂静無為の楽に入るのです。

南無阿弥陀仏、すなわち「助けるぞ」という先手の法に対し、私の手は無くそのまま受け容れおまかせするのみです。往生の分かれ目は本願を信じるか疑うかであり、救われているか否かの違いも本願を信じるか疑うかの違いのみです。ですから、今本願を聞き受ければ今往生が定まる、今助かるのです。何年、何十年と聴き続け、活動し続けなければならない教えではないのです。

「どう聞けば」も「どう信じたら」もありません。「助けるぞ」と仰っているのだから、その仰せを仰せのままに受けるだけです。高森教の大好きな無条件服従です。高森教では高森顕徹会長や上司という「」には無条件に従えと言われるものの、阿弥陀仏の仰せ、南無阿弥陀仏という「」に無条件に従えとは教えられません。教えられても、「そこまでは」とか何とか言って「」へ無条件服従させているのが実態です。


このブラジルの会員さんは、親鸞会の邪義をあまり聞く機会が無かったおかげで、阿弥陀仏のお慈悲をそのまま受け容れられた方なのかも知れません。ただ、それにしては念仏に関する記述が全く無く、先ほど申し上げたように「ひらがな」を勉強中の人が書いた文章とは思えないので正直疑問です。何らかの救いに遇って喜んでいる人は、華光会や他宗教でも沢山見られます。すごい表現で喜びを語っている人もあります。ただ、浄土真宗の救いは「本願を信じ念仏を申さば仏に成る」(歎異抄)であって、喜びの大小ではなく本願の信疑が問題です。会員の皆さんは、所詮は皆さんを繋ぎ止めるには体験談を出すしかない体験至上主義の親鸞会とはさよならし、本当の浄土真宗を信じ念仏して頂きたいと思います。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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