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「阿弥陀仏の本願を聞きなさい」=「阿弥陀仏の本願を信じなさい」ということも分からない高森顕徹会長

早いものでもう12月です。5日(火)には越前鯖江会館が落慶するようですが、会館を建てるだけ建てても高森顕徹会長はそこでろくに話をせず、建物の維持・管理という重荷を支部長や会員に押し付けているだけです。高森会長の説く訳の分からない信心、驚天動地の体験に憧れ、一縷の望みを捨て切れないでいる会員さんも少なくないと思いますが、浄土真宗に非ざる偽の親鸞聖人の教えをいくら聞いていても親鸞聖人と一味の信心にはなれません。信心決定して報土往生を遂げたければ親鸞会など即刻離れ、「本願力回向の信心」を教える知識から「南無阿弥陀仏の六字のこころ」を聞きましょう。



さて、高森会長は先日、本願成就文を出して

阿弥陀仏の本願を聞きなさい。

と「聞く」ことを強調し、

阿弥陀仏の本願を信じなさいとはどこにも教えられていない。

と発言しています。これだけでも高森会長が「」と「」の関係について無知であることが知られます。


親鸞会でも「聞即信」とはよく言われる言葉ですが、会員の多くは誤解していると思われます。

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真剣に、間断なく高森会長の話を「」き続け、また推進される破邪顕正(勧誘)や財施(献金)、会長及び上司への無条件服従等をやり続けていった先の、阿弥陀仏のジカの喚び声が心のドン底に響き亘る聞き方を「」と言う。「」と聞こえたその時、その処で信心歓喜と大安心し、絶対の幸福にさせて頂けるということ。
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『こんなことが知りたい②』の問(40)には「聞即信とは、どういうことか」という質問があり、これに対する高森会長の答えと親鸞会での活動とを合わせて考えますと、おそらくはこんな理解になるかと思います。真剣必死の聞法求道の果てに遂に求道の絶壁に行き詰まり、そこで地獄一定の苦しい体験をし、同時に「ただで救うぞ」の弥陀の喚び声が五臓六腑を貫く、極楽一定と救われる、みたいな。しかし、これは大間違いです。


聞即信」とは、浄土真宗における聞と信との関係のことで、聞くことがそのまま信心であり、聞のほかに信はないということです。親鸞聖人は、第十八願成就文に、

その名号を聞きて、信心歓喜せんこと乃至一念せん(聞其名号、信心歓喜、乃至一念)

とある中の「」と「」の関係について、

「聞」といふは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし、これを聞といふなり。信心といふは、すなはち本願力回向の信心なり。(信文類)

と教えられています。阿弥陀仏が本願を発されたいわれを聞いて疑い無いことが「」だというのです。それは計らいの雑じった自力の聞き方、称えた念仏の功徳によって往生しようとする聞き方といった、いわゆる「不如実の聞」ではありません。己の計らいを雑じえることなく、法のあるがままをお聞かせ頂く聞き方、阿弥陀仏に全ておまかせした「如実の聞」です。そして、そのように本願を疑い無く聞くことがとりもなおさず「信心」であるということで、

信心といふは、すなはち本願力回向の信心なり。

と示されています。真宗の信心は自分で起こすものではなく、自力で深く信じ込むものでもなく、仏力より起さしめられる信心、阿弥陀仏の方より恵み与えられる信心であるというのです。我が計らいを雑じえず、また聞いたことを我が胸に持ち替えたりせず、如来の方より聞こえたそのままが信心だということです。

それをまた聖人は、

聞其名号といふは、本願の名号をきくとのたまへるなり。きくといふは、本願をききて疑ふこころなきを聞といふなり。またきくといふは、信心をあらはす御のりなり。信心歓喜乃至一念といふは、信心は、如来の御ちかひをききて疑ふこころのなきなり。(一多多念証文)

ともお示しです。「本願の名号」である「南無阿弥陀仏の六字」のこころ、平たく言えば「助けるぞよ」を「」くのが「」心であるというのです。このことから、本願を「」くとは本願を「」じるというのとイコールであることが分かります。ですから、

「阿弥陀仏の本願を聞きなさい」=「阿弥陀仏の本願を信じなさい」

ということで、この二つは同じことなのです。如来の仰せ、お助けを仰せのままに聞かせて頂く以外、信心も安心もないのです。高森会長が「」と「」の関係について無知であると言ったのはそういうことです。


では肝心の「南無阿弥陀仏の六字」のこころとはどのようなことかと言えば、

 しかれば南無の言は帰命なり。帰の言は、[至なり、]また帰説(きえつ)なり、説の字は、[悦の音なり。]また帰説(きさい)なり、説の字は、[税の音なり。悦税二つの音は告なり、述なり、人の意を宣述するなり。]命の言は、[業なり、招引なり、使なり、教なり、道なり、信なり、計なり、召なり。]ここをもつて帰命は本願招喚の勅命なり。
 発願回向といふは、如来すでに発願して衆生の行を回施したまふの心なり。
 即是其行といふは、すなはち選択本願これなり。
 必得往生といふは、不退の位に至ることを獲ることを彰すなり。
 『経』(大経)には「即得」といへり、釈(易行品 十五)には「必定」といへり。「即」の言は願力を聞くによりて報土の真因決定する時剋の極促を光闡するなり。「必」の言は[審なり、然なり、分極なり、]金剛心成就の貌なり。
「行文類」親鸞聖人の六字釈

【現代語訳】
 そこで南無という言葉は、翻訳すれば帰命といいます。「帰」という言葉には、至るという意味があります。また帰説(きえつ)と熟語した場合、説は「悦(えつ)」と同じ意味になって、悦服のことで、「よろこんで心からしたがう」という意味になります。また帰説(きさい)と熟語した場合、説は「税(さい)」と同じ意味になって、舎息のことで「やどる、安らかにいこう」という意味になります。説(せつ)の字には、悦(えつ)と税(さい)の二つの読み方がありますが、説(せつ)と読めば「告げる、述べる」という意味で、人がその思いを言葉として述べることをいいます。「命」という言葉は、業(はたらき)、招引(まねきひく)、使(せしめる)、教(おしえる)、道(目的地に通ずる道。また「言う」の意)、信(まこと)、計(はからい)、召(めす)という意味を表しています。こういうわけですから「帰命」とは、衆生を招き喚び続けておられる阿弥陀仏の本願の仰せです。
 「発願回向」とは、阿弥陀仏が、衆生の願いに先立って、久遠のむかしに衆生を救済しようという大悲の願いを発し、衆生に往生の行を施し与えてくださる仏心をいいます。
 「即是其行」とは、如来が発願し回向されたその行が、選択本願において選び定められたものであることを表しています。
 「必得往生」とは、この世で不退転の位に至ることを顕しています。
 『無量寿経』には「即得往生」と説かれ、その心を釈して『十住毘婆沙論』には、「即時人必定」といわれています。「即」の字は、阿弥陀仏の本願力を疑いなく聞くことによって、真実報土に往生するまことの因が決定する時の極まりを明らかに示された言葉です。「必」の字は、「明らかに定まる」ということであり、本願力によって自ずから然らしめたまうという道理を表しており、迷いの境界と分かれて、さとりを極めるべき正定聚の位につけしめられたことを表しており、金剛のように堅固な信心を得ているすがたを表しています。


と示されています。「南無」について善導大師は「帰命」と「発願回向」の二つのこころを教えられていますが、これらについて親鸞聖人は

・「帰命」=「本願招喚の勅命
・「発願回向」=「如来すでに発願して衆生の行を回施したまふの心

と釈されています。「助けるぞ」「我にまかせよ」と衆生を招き喚び続けておられる阿弥陀仏の本願の仰せであり、阿弥陀仏が、衆生の「助かりたい」という願いに先立って、久遠のむかしに衆生を「助けよう」という大悲の願いを発し、衆生に往生の行を施し与えてくださる仏心であるというのです。

また、「阿弥陀仏」とは「即是其行」であると大師は仰せですが、聖人はこれを

即是其行」=「選択本願

と釈され、如来が衆生に先立って願いを発し、この私目がけて差し向けられたその行が、選択本願において選び定められたものであることを表しているのだと教えられています。

こうした阿弥陀仏の「願力を聞くによりて報土の真因決定する」、すなわち「信心決定」するわけです。「南無阿弥陀仏の六字のこころ」を「」いたそのままが「信心」であり、阿弥陀仏の「願力を聞く」ことの他に「信心」は無いというのはそういうことです。「聞即信」といわれる所以であります。私の力とか、真剣さとか、努力などの、いわゆる「自力の求道」と「報土の真因決定」、つまり「信心決定」とは無関係です。


その関係ない「自力の求道」と「信心決定」とを結びつけ、「自力の求道」をしていった先に「信心決定」があるかのように説いているのが高森顕徹会長です。たとえやっていることが如実の善だとしても、そうやって何とか助かろうと「自力の求道」に励んでいる内は「信心決定」できません。なぜなら、阿弥陀仏は本願力を回向して「信心」を与えて助けようと仰っているのに、それを受け容れないからです。要は本願の仰せを「」いていないのです。それどころか、阿弥陀仏のお力だけでは足りないと言わんばかりに自力の活動を積み重ねているのですから、本願の仰せを撥ね付けているのです。本願を「」くのが「信心」なのですから、会員が「信心決定」できないのは当然ですね。

真剣に、ド真剣にと親鸞会では言いますが、第一我々の真剣さが我々の後生の一体何に役立つでしょうか? そんな私の真剣など打ち捨てて、阿弥陀仏がド真剣になって私を助けようとされている、その阿弥陀仏の真剣を受けなきゃなりません。阿弥陀仏の真剣は、南無阿弥陀仏と成って私に回向されていますから、私は何の計らいもなく、「我にまかせよ、助ける」の勅命をそのまま受けるだけです。

こうした本願招喚の勅命に計らいを差し挟み、「活動しなければ救われない」などと誤解して、獲信・往生と無関係な活動に勤しんでいるのが親鸞会の会員です。これが、如実の善行を積んでいるなら化土へ参れるかも分かりませんが、やっていることが単なる一新興宗教の組織拡大活動ですから、その結果は・・・。会員の皆さんが信心も安心も無いのは、

高森顕徹会長の話に親鸞聖人の教えが無いから。

この一言につきます。早く「高森教」とはさよならして「浄土真宗」に帰して頂きたいものです。


【参照】
『WikiArc』聞即信
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Abcです

こんばんわ、Abcです。

先日は、「聞即信」について教えていただき誠にありがとうございました。
この場を借りてお礼申し上げます。

目の前に剣があったら振るいたくなってしまうという私の未熟さをも
諌めていただきありがとうございます。人間は「感情の動物」とも
いわれており感情が高ぶると、失言が起きてしまうのも事実です。

>その関係ない「自力の求道」と「信心決定」とを結びつけ、「自力の求道」をしていった先に「信心決定」があるかのように説いているのが高森顕徹会長です。阿弥陀仏は本願力を回向して「信心」を与えて助けようと仰っているのに、それを受け容れないからです。要は本願の仰せを「」いていないのです。それどころか、阿弥陀仏のお力だけでは足りないと言わんばかりに自力の活動を積み重ねているのですから、本願の仰せを撥ね付けているのです。

仰るとおりです、すこし前にございました

>また、「阿弥陀仏」とは「即是其行」であると善導大師は仰せですが、聖人はこれを「即是其行」=「選択本願」と釈され、如来が衆生に先立って願いを発し、この私目がけて差し向けられたその行が、選択本願において選び定められたもの

の一文(選択本願の説明文)がそれに当たります。

---

ここからは、私の味わいとはなりますが、
「即是其行」とあり、送り仮名(書き下し文)をつけると、
「即ち其の行いが是(正しい)である」となり「行い」とあります。
しかしこの「行い」は「自力」ではなく、
本願力回向」という「他力の行い
となります。
その次、「選択本願」も源空聖人が、
弥陀が選び定められたもの」と言われているように
他力の義」となるのです。

>こうした本願招喚の勅命計らいを差し挟み、「活動しなければ救われない」などと誤解して獲信・往生無関係な活動に勤しんでいるのが親鸞会の会員です。

まことに左様でございます。「わたしの師である源空聖人は『義なきを義とす』と確かに聞きましたし、それを承っています」と至る箇所にあるのを彼らは知らないのでしょうか。それでいて「私たちは親鸞聖人の本当の教えを」と言っているのですから、やり玉に挙げられても彼らの言うところ「因果の道理」なのでしょう。ただ本願寺のようにもはや相手にしない教団もございますが。

---

なもあみだ なもあみだ

Abc

Re: Abc様

>「わたしの師である源空聖人は『義なきを義とす』と確かに聞きましたし、それを承っています」と至る箇所にあるのを彼らは知らないのでしょうか。

知らないでしょうし、知っていても意味が分からないと思います。あるいは、いつもの「信一念とそれまでとを分ける教え」によって、それは信一念のことでそれまでは「因果の道理」に従った求道が必要だと計らっていると考えられます。

本願寺はあまりの脱線ぶりに呆れて相手にしなくなりましたが、私は「浄土真宗」「親鸞」と名乗る以上は見過ごせませんね。
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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