心得やすの安心

「更に何の造作もなく、一心一向に如来をたのみ参らする信心一にて、極楽に往生すべし。あら、心得やすの安心や。」
(御文章二帖目七通)



自力の心に苦しんでおられる方は、この蓮如上人の心がわかりますか?

私は全く分かりませんでした。

「こんな心得にくい信心はない。難信だなぁ」とずっと謎に包まれていました。



確かに信を獲た者から言うと、「あら、心得やすの安心や」なのです。

ただ、信を獲るまでは自力の計らいが邪魔をして、「心得やすの安心や」と頂けません。

「こんな心がいつまで続くのか、信心を獲るとは何て難しいことだろう」という思いが離れず、ますます「あーしたら」「こーしたら」と計らい心で固めにかかります。

親鸞聖人も「信楽受持甚以難 難中之難無過斯」と仰っているように難信です。


ところが、全く阿弥陀仏のお力一つで自力がなくなり、他力に摂取される時があります。

それは「今」「ここで」「私」が本願のこころを頂いた時です。

私の方から頂きにかかるのではなく、阿弥陀仏によって一方的に与えられるのです。

全く、本願力廻向の信心です。

「ただ南無阿弥陀仏」と聞かせて頂くのです。

そうなると、「こちらから用意するものは何もいらなかったなぁ。今まで計らっていた自分は間違っていたなぁ」と知らされます。

蓮如上人の「あら、心得やすの安心や」も、「そうだなぁそうだなぁ」と知らされます。


常に「今」「ここ」が「私」の聞法道場です。

この謎は、必ず解き明かされます。

どうか一日も片時も急いで、今度の一大事の往生をよくよく遂げて下さい。
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すいません、ブログを拝見して思ったのですが、

親鸞聖人が、

「信楽受持甚以難 難中之難無過斯」

と言われたことと、蓮如上人が、

「あら、心得やすの安心や」

と言われたことは、矛盾するように思いますが、

どのように理解したらよいのですか?

親鸞聖人も信心獲得されたあとにこのように言われたなら、

お言葉の不一致が理解できないのですが。。。

私には他力信心がわかりませんので教えてください。

>元親鸞会西学友部員 様

お待たせしてすみません。

私の勘違いで、教学を勉強している先輩から紹介された本に載っていたようです。
以下は、先輩に教えてもらった内容を伝えます。


まず、難信とか、極難信と言われるのは、自力では絶対に信ずることが不可能だからです。そして、その信心は如来回向の信心であることをあらわします。『教行信証』信巻には、

「しかるに常没の凡愚、流転の群生、無上妙果の成じがたきにあらず、真実の信楽まことに獲ること難し。なにをもつてのゆゑに、いまし如来の加威力によるがゆゑなり、博く大悲広慧の力によるがゆゑなり。」

とあります。信楽を獲ることが至難であるのは、如来の加威力によってのみ実現する信心であり、博く大悲広慧の力によってのみ恵まれる信心だからです。

「難信」とは、それを自らの側から信じてかかろうとすると、無限の距離があることを示されたものということができます。というのは、仏の側からすでに与えられているものを、自らが先行すると、仏のはたらきを拒絶することになるからです。あたかもドアが「引く」とあるのを「押す」とするのと間違うようなものです。私の側から押せば押すほど、動かないようになります。向こう側からはすでに開かれているのに、逆にするからです。

次に、御文章2帖目7通ですが、

「されば安心といふ二字をば、「やすきこころ」とよめるはこのこころなり。さらになにの造作もなく一心一向に如来をたのみまゐらする信心ひとつにて、極楽に往生すべし。あら、こころえやすの安心や。また、あら、往きやすの浄土や。」

と、安心をやすきこころとよめると仰って、次に「なにの造作もなく」と示されています。易とは「無作」を意味します。つまり、自らの造作を加えない、無条件ということです。この私には何の条件もついていないわけですから、「こころえやすの安心」となります。

まとめますと、「如来回向の信心」を自分の側から信じてかかろうとするところに「難信」ということがいわれ、自らの造作を全く加えない「如来回向の信心」だから「こころえやすの安心」なのです。矛盾がないことがお分かりいただけると思います。

極難信ということについては、
http://kondoutomofumi.blog121.fc2.com/blog-entry-208.html
が参考になると思います。

【参考文献】

聖典セミナー 「浄土三部経I 無量寿経」 (稲城選恵著) 220-227ページ

聖典セミナー 「教行信証 信の巻」 (梯 實圓著) 91-97ページ
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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