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高森の教行信証(信編) - 詮ずる所、「高森の信」とは①創価学会の信心、一念覚知土蔵秘事地獄秘事信心、②「誰が何と言おうと高森先生に間違いない」という妄念妄信、善知識だのみ

高森会長は「十方衆生」=「唯除五逆誹謗正法」と強引に定義づけ、全人類は五逆・謗法・闡提であるとしています。これにしつこくこだわる理由は、「一切衆生必堕無間」を正当化するためと、「必堕無間の一大事から逃れたい」という聞く者の欲求を組織拡大のエネルギーに転換するためでしょう。「打倒本願寺」が目的の高森会長は、会員の獲信・往生は眼中に無く、とにかく「浄土真宗親鸞会」という組織を本願寺より大きなものにするために、未信の者の「助かりたい」エネルギーに着目し、利用することにしたのです。正本堂が2000畳なのも東西本願寺の御影堂の畳数を合わせたより多い数だからです。

高森会長は、信後の人の報謝の活動よりも、信前の人の求信の活動の方が組織拡大において遥かに効率的効果的だと判断したのでしょう。確かに金と人を集め、信者を意のままに操るのが目的であれば後者の方が、いや後者でなければ無理です。「高森の行」である悪業悪行、助正間雑、雑行救いを求めてやる行いですから、「真実の行信」を獲た人からすればあまり教義を知らなくても何となくおかしいと分かるほどのものです。

親鸞会の活動を優先するあまり大学生が留年、中退したり、会員を獲得するために正体を隠した偽装勧誘をしたり、「宗教のサークルではありません」と平気でウソをついたり。活動が行き過ぎて、夜中に脱会者の家に押しかけたり、病気(肉体的にも精神的にも)や家庭不和、果ては家庭崩壊となったり。不当な契約書を書かされたり、大勢の前で指摘・𠮟責を受けたり、疑問に思うことも上司の指示に従わねばならなかったり・・・。

他にも、常識的に考えたら、いくら仏法のためだとは言えおかしなことばかりでしょう。最初は真実に出遇えた喜びからだとしても、無常と罪悪にせめたてられての活動、煩悩と闘いながらの活動、朝令暮改の無理難題にも「はい!」と従わねばならない活動なのですから、苦しくないわけがありません。こんな活動、やればやるほど安心とか満足、喜びとか幸せといったことから遠ざかってゆく気がします。

かつて近藤元講師は、あまり会員の皆さんに財施を募りたくなかったと仰っていました。どれだけ財施しても、また活動しても、それらは獲信・往生とは無関係だからだというのです。信後の人は、阿弥陀仏の方からの一方的な救いということを、すなわち本願力の回向ということを知らされますから、どうしても親鸞会の活動には疑問を持たざるを得なくなります。

教義に合わないことを言いふらされたら親鸞会としては非常に困ります。ですから、親鸞会にとっては信後の人は極力いない方がよいのです。とは言え、獲信者が全くいないのも会員のモチベーションの維持のためにNGです。そこで親鸞会の取る方法が、数年に一度位で「獲信した」という人の記事を機関誌に載せて「救いはある」ということを会員に知らせるというものです。「救いはある」「獲信者がいる」というのが、会員を親鸞会に繋ぎ止め、親鸞会の教えに一縷の望みを託す理由の一つになっているのは間違いなさそうです。

ただし、機関誌には載せるものの、行事の中休みや体験発表などで「獲信した」という人物を皆さんの前で発表し、教えや体験を語ってもらったり質疑応答したりということはほとんどありません。一昔前は西堀咲枝さんの体験発表などありましたが、現在はどうでしょうか? 皆さん憧れの体験をした(?)人物であるというのに、大概は会うことも、話をすることもかなわないのです。また、同じく「獲信した」という近藤元講師や宮田元講師、上田祥広さんなどは「自称獲信者」として「除名」扱いです。要は、高森教に都合が良いかどうかで「獲信者だ」ともてはやしたり、「異安心、聞き損ないだ」と除名・追放したりしているということです。本当に信心を獲て念仏しているかどうかなど、高森教にとっては二の次だということです。

必堕無間の恐怖で会に縛り付け、そこから逃れたいというエネルギーに着目し、組織拡大に最大限利用する。救われないことに不足をならす者には、あるいは一大事の重さを説き、あるいは高森会長から受けている恩(?)を説き、あるいは救われた人がいることを示して更なる活動と会への忠誠を促す。このようにして大きくなってきたのが今の親鸞会です。

ところが、ネットが普及するにつれ、著書の剽窃、息子の不倫疑惑等の不祥事が明るみになり、ついに教義の誤りまで暴露されて以降は、高森会長の高齢化と相まってかつての勢いが無くなっているのが現状です。ほぼ会員だけしか観ない映画を作り、各地に会館を建てまくったはいいが、今後どうなっていくのか。行方が気になりますが、当ブログとしては教義の誤りと正しい浄土真宗を紹介する他はありません。


さて、今まで長らく「高森の信」を述べて来ました。まとめますと

・「高森の信」=「絶対の幸福」=「光明輝く生活」
・「高森の二種深信」=「地獄一定と極楽一定が同時に知らされる」
・聞即信の一念の体験(火に触ったよりもハッキリした体験で、ハッキリしないのは信心ではない)
・救済の予定概念(「こうしてこうしてこうなったのが弥陀の救い」と我々の側で観念的に決めつける)
・信心決定病(信心決定が唯一の目的だと、ありもしない信心を求めて真剣(?)に聞法し活動する)
・「信楽」=「絶対の幸福」


このような感じです。表向きは「二種深信」とか「他力真実の信心」などと言っておりますが、実態は浄土真宗を装っているだけの創価学会の信心、一念覚知土蔵秘事地獄秘事信心であり、自力の信心です。たまに「獲信した」という人が現れても、言っている内容は自身の苦労話や一念の体験をした喜び、会長や出版物の賛美、会長への感謝ばかりです。南無阿弥陀仏の六字のこころなど知る由もありませんから、その程度の信心を獲、その程度の体験をしたいのならばよその宗教へ行った方が早いでしょう。

そして「高森の信」は「一念の救い」と言いながら、実際は「20年や30年」「30年40年」「100年や200年」では獲得不可能の信心であり、たまたま「信心決定した」という人がいても、「疑似体験」「造られた〝獲信体験〟」「安楽椅子の人」と言われてしまう獲得超難関な信心であります。当然そんな信心ですからほとんどの会員は獲られるはずもなく、ただ

そんなすごい信心を獲たワシを崇めていけ。ワシだけの話を聞け。ワシの教えを世界に弘めよ。ワシに献金せよ。ワシの指示に無条件で従え。早くワシの示す道を進まなければ後生は必堕無間だ。

という高森顕徹会長の思想を妄信して従っている状態です。親鸞会の会員とは、高森顕徹という人物や、その主義主張を「間違いない」と信じている人達の集まりですから、詮ずる所、「高森の信」とは

①創価学会の信心、一念覚知土蔵秘事地獄秘事信心
②「誰が何と言おうと高森先生に間違いない」という妄念妄信、善知識だのみ


ということがお判りかと思います。獲られたとして①、大概は獲られず②の信心です。

実は「高森の行」をより積極的にやってもらう要となるのが「高森の信」です。「高森の信」の深さは「高森の行」をどれだけ懸命にこなすかに現れてくるからです。逆に言うと、「高森の行」に熱心でないのは「高森の信」が浅い証拠で、そんなことでは横の道を進めないとか、教えが全く分かっていないとか、幹部以上なら恩知らず等と指摘され、講師部員であれば更に不当な処遇を受ける羽目になるのです。

無論こんなものは、どれだけ信心が深かろうと「真実の信」とは似ても似つかぬ「エセ信心」です。私は何十年も会員だった方々と比べるとやや早め、入会して8年ほどで「高森の信」を離れ、「真実の信」を獲て念仏させて頂く身となりました。しかし私のかつての仲間達は、多くは恐らく未だにそんな妄念妄信を抱いて、往生・獲信とは無関係な「高森の行」をやり続ける忠実な組織拡大要員としての人生を生きていることでしょう。何とか気付いてもらいたいとは思いましたが、「高森の信」は妄念妄信でありこの記事でも書いたように恋している状態に近いので、説得は難しかったです。

ただ、オレは三井、あきらめの悪い男(爆) いつか教義や組織に疑問を抱いて当ブログを閲覧し、教義の誤りと正しい浄土真宗を知るきっかけになってほしいと願い、これからも綴っていきたいと思います。
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私が弥陀より賜った信心

こんばんわ、Abcです。

今回もまた自ら「善知識たのみの異安心だった」と離れた方がいらっしゃいましたが、「間違いは間違いである」とハッキリと伝えることが「伝えるものの使命」でありますから、「それを全うしただけだ。なにも臆することは無い」とフォローしていただけるならば有難い話ではあります。

しかし、万人がそのようにして「善知識たのみの異安心だ」と離れたならば(また、離れる予定であるとしたならば)いよいよ「真宗」というものの輪郭がなくなってまいります。私や「なかま」からその光景(「真宗」が消えていくありさま)を眺めていますとこれほど悲しいことはありません。そのため親鸞(祖師聖人)は、「侮蔑するのではなく、かなしみのこころ(慈しみのこころ)を持ちなさい」と私たちにいわれました。

 根拠:『御消息集 九月二日 念仏人々御中へ』より、
まず、よろずの仏・菩薩をかろしめまいらせ、よろずの神祇・冥道をあなずりすてたてまつるともうすこと、このこと、ゆめゆめなきことなり。 [乃至]
 念仏せんひとびとは、かのさまたげをなさんひとをばあはれみをなし、不便におもうて、念仏をもねんごろに申して、さまたげなさんを、たすけさせたまふべしとこそ、ふるきひとは申され候ひしか。よくよく御たづねあるべきことなり。

このようなことを申しますと、また林遊さんから「長くなるならばリンクを張ったほうがよいのでは」といわれますが、稚拙ながら記させていただきたくおもいます。

 私の家柄と基とされるところは、兄が法隆寺や東大寺を建て、弟は当麻寺を立てたとされています。そのころの仏教(仏教歴史学では「奈良仏教(南都仏教)」といわれます)は、「華厳宗」「法相宗」「天台宗」「真言宗」など「厳しい修行」が組まれた宗教であります。(その宗派では、今の高森さんがいわんとしている「因果の道理」が根幹としてございます。ですが、当の高森さんはご指摘のとおり、「如実の善」ではないのでそれらでもないのです。)

 また、時代が下りて鎌倉・南北朝時代になりますと仏教は「比叡山を本とした南都仏教」と「過去に叡山に上り、そして下りられた鎌倉仏教」の2体制となっていきました。この「南都仏教」と「鎌倉仏教」では幾多もの争いがあり、また犠牲もありました。(「延暦寺奏状」「興福寺奏状」などは代表的な事柄です。)

 この「2体制」のなか法然 親鸞は、「一向専念無量寿仏 -念仏こそがこの末法の世を救い給う行い-」とされました。そして両聖人が流罪になってもなお、「念仏」を弘められたのでした。

 そして、親鸞は坂東 真壁城主である大内氏に遇われ、「真宗」を弘められました。(書物では「高田の入道」としてたびたび取り上げられています。なお真佛房 顕智房も大内の関係者です。)

 時代が下りて室町時代となると、「真宗」のうち藤原家の流れをくむ「大谷家」と蘇我家の流れをくむ「高田家(大内家)」とで争いが過激化していきました。大谷は京都・福井・滋賀・大阪に拠点を置き、高田は京都(ほぼ機能してはいませんでしたが)・三重・栃木・福井・山梨に拠点を置いていました。
 この中で、京都・福井 は重複しております。そのため争いが過激化した場所「山科の一向一揆」や「九頭竜川の一向一揆」、「加賀の一向一揆」と一揆が多く行われ、多くの犠牲も払ってしまいました。 すこし話がズレますが、織田三郎信長が平定しようとした際も、先述した通りこの内での争いが大きかったようです。

更に時代が下って江戸に入ると、徳川次郎三郎家康がこれらのところを平定しなければならなくなります。そのため各国持てる城は一つまでという御触書をだして地方勢力の平定を行ったり、年に一度江戸に上がって来ることとした御触書を出したりしました。ですが、この「大谷と高田の争い」はとどまるところを知りませんでした。江戸時代は日本史のうえにて「一番長くつづいた時代」ではありましたが、それでもなお各寺院の溝は埋まらなかったのです。

そして、近代となり「このまま争っていても」と作られたのが「真宗教団連合」ではありますが、今度は「誰が仕切るか」ということで争いとなってしまいました。悲しい限りです。

 さて、また長々と書き連ねてしまいましたが 結局のところ「これだけの時代を争って「なにを伝えたかったか」」であります。
 時代にしましたら 奈良 平安 鎌倉 室町 安土桃山 江戸 近代 となりますが、高田も大谷も「早く、弥陀におまかせしていただきたい」ということだけなのです。「法義(説く内容)」は同じでも、「説かれる場所」「説かれる人(僧ともいいます)」「その背景」によってこのようになっていくのです。

 私(高田派)が言っている「信心」も、林遊さん(本願寺派)が言っている「信心」も「南無阿弥陀仏」でありますからどちらとて「弥陀より賜る発願回向」なのであります。「なもあみだ」であれ「なんまんだぶ」であれ同じなのです。

 ですから、「「迷える衆生」は一刻も早く弥陀に救われていただきたい」 これ以外にはありません。どうか救われてください。

なもあみだ なもあみだ
Abc

Re: Abc様

> 結局のところ「これだけの時代を争って「なにを伝えたかったか」」であります。
> 高田も大谷も「早く、弥陀におまかせしていただきたい」ということだけなのです。「法義(説く内容)」は同じでも、「説かれる場所」「説かれる人(僧ともいいます)」「その背景」によってこのようになっていくのです。

少なからずそういう方々がおられたからこそ真宗の教えが今も存続し、この私まで届いたのだと思います。

「早く、弥陀におまかせしていただきたい」、蓮如上人で言えば「みなみな信心決定あれかし」という思い。昔はどうだったか知りませんが、少なくとも今の高森会長にはそれがありません。一切衆生必堕無間という呪いの言葉で聞く者を会に縛り付け、念仏一行を否定して助かるためだと雑行を勧め、善知識の仰せに無条件服従せよと自分への忠誠を誓わせている。根本的な願いが「みなみな信心決定あれかし」と「打倒本願寺」で、親鸞聖人や蓮如上人と高森会長とは全く異なっているのです。

残念ですが、そういう目的違い、願いが違う方は聞く耳持たずですから、全くもって聖教の言葉や我々の言葉が通じないようであれば離れて頂くよりありません。ただ一時離れるだけで、念仏の教えは万人の帰するところですから、やがては本願を信じ念仏申す機縁が訪れることでしょう。我々はそう願いつつ、ひたすら念仏往生の法義を正しく、分かって頂けるようにお伝えしてゆくばかりかと思います。なもあみだ、なもあみだ
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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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