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高森会長の教行信証(信編・番外編) - 間違った教えを信じて従っていても本願に救われるなら、正しい教えは必要ない

浄土真宗」の法義には「二種の回向」すなわち「往相回向」「還相回向」があります。その内、「往相」、つまり我々が浄土に生まれゆくすがたについて「真実の教行信証」があると教えられたのが親鸞聖人です。

親鸞聖人はあらゆる宗教現象を真・仮・偽(真実、権仮(方便)、邪偽)の三種に分類されています。真実の教から真実の行信が現れ、真実の信を具足した真実の行によってのみ真実の証果を得ることができます。一方、方便の教からは方便の行信が現れますが、これでは方便の証しか得られません。また邪偽の教は人の欲望や煩悩を増大し満足させるのみで、道理に反した教えです。なので、その教えをいくら深く信じ、それに従っていくら行を修めてもさとりは得られず、邪道悪道に陥るしかないのであります。

真実の教行信証」に帰する以外に我々が真実報土に往生する道、つまり「往生のみち」は二つとありません。であるから、法然聖人、親鸞聖人、蓮如上人は幾多の法難や命の危険を顧みず「真実の教行信証」を明らかにして「往生のみち」を説き示されて行かれたのです。そのおかげによって、私達は凡夫が仏に成るという超世稀有の正法をお聞かせ頂き、本願を信じ念仏を申して仏に成らせて頂けるわけですね。

間違った教えを信じて従っていても本願に救われる、「真実の信」が獲られるなら、正しい教えは必要ないし、正しい教えを明らかにする必要もないのです。例えば善鸞から聞こうが、十劫安心や土蔵秘事の人から聞こうが、その他異安心の人から聞こうが救われるんですから。それ以前に、そもそも浄土真宗である必要がありません。キリスト教やイスラム教だって、もっと言えばその他の新興宗教だっていいのです。最近、浄土真宗でも高森教でもない「異星教」の教祖様が自分の体験談をひっきりなしに自慢して「獲信した」と喚いていましたが、その程度の神の啓示的体験ならよその宗教、特に新興宗教へ行けばごまんと聞けるでしょう。

真実の教えから真実の行、真実の信心が明らかになり、真実の行信を獲て真実の証を開く、これが浄土真宗です。尤も、高森の教えを聞き誤って、或いは正しい部分と間違った部分を整理し聞き分けて救われる可能性はありますが、間違った教えを信じて拠り所にし、それを基に求道したとて救われるということはあり得ません。自力の積み重ねが他力ではないからです。また、あくまで可能性は0ではないというだけであって、そのような邪偽が多分に雑じった教えから離れて、真実味の溢れた教えを頂いた方が良いのは言うまでもないことです。それと、高森教しか知らない人は何が正しく何が間違いかも知りませんから、会内で聞き分けてという方法はお勧めできません。それよりは一度高森教を捨て去って新たに浄土真宗を聞かれることをお勧めします。


ところで、先ほどの教祖様はかつて高森教を信じて求道し、高森教で言うところの「聞即信の一念の体験」をしたそうです。しかし今では高森教について半信半疑のようで、どうも高森教を元に独自の「異星教」を創り上げているようです。自ら一念覚知だと言い、ハッキリ体験を何百と書いてそれを元に信心を語っています。また、

火星人の信心
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悩んでないでもう一度仏教を一から勉強した方がいいと思います。その方が楽になれると思います。念仏唱えていても死んだら地獄だよ。御用心ご用心。

投稿: | 2016年12月 7日 (水) 13時47分
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念仏さえ唱えていれば良いのだという考え方はキリスト教のアーメンと同じじゃん。「悪い事しても懺悔してアーメンと言えばすべて許されて天国に行けます。」ってか

投稿: | 2016年12月10日 (土) 15時10分
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念仏でも唱えて待ってろよ。すぐに死神が迎えに行くからな。

投稿: | 2016年12月10日 (土) 21時41分
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仏とも法とも知らない人に、善はやると遠回りになるから兎に角念仏だけをひたすら唱えなさいと言うのが正しい浄土真宗だと仰るおつもりですか?

投稿: | 2017年1月 2日 (月) 13時14分
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念仏唱えれば往生できる善人様だという心が心底にありますね。

投稿: | 2017年1月 3日 (火) 13時21分
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クソ坊主教のクソ坊主は「念仏唱えたら極楽だ」と庶民を安心させて金儲けの種に説法や葬式をしているのよ。ありがたやありがたやとクソ坊主が感謝されたいだけなのよ。

投稿: | 2017年1月 5日 (木) 10時44分
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念仏唱えたら極楽だと言っていたほうが「クソ坊主教」の金儲けになるのね。

投稿: | 2017年1月 5日 (木) 11時00分
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suさんのコメントより)

等々、念仏誹謗、念仏一行の否定と取れる発言を繰り返していました。それでも、時々反省の色を見せるので取り消しますかと聞きましたが、何だかんだと言い訳をして撤回しようなどという気は更々見られませんでした。これまで多くの方々が誤りを正さんとコメントを寄せて下さいましたが、改めるそぶりはありませんでした。一部親鸞会教義を否定する所は違いますが、根拠を求めても知らないと答えたり、やはり根拠は親鸞会教義だったり、都合の悪い質問には逃げて逆質問をしたり話題を変えたりして逸らしたりと、その書きぶりや人格や信心は高森会長や講師部員や会員そのものです。そんな教祖様の体験談をいくら聞いたところで「真実の信」は獲られず、せいぜい「教祖様の信」が獲られるかどうかといった程度です。

自身でも言っているように一念覚知であり、このように念仏誹謗の創価学会土蔵秘事地獄秘事信心の者は

往生の金剛心のおこることは、仏の御はからひよりおこりて候へば、金剛心をとりて候はんひとは、よも師をそしり善知識をあなづりなんどすることは候はじとこそおぼえ候へ。『末灯鈔』20通

とあるように真実信心でないことが明白です。往生の金剛心は「仏の御はからひよりおこりて候」であり、教祖様の体験によって起こるのではないからです。また、金剛心を取った人が念仏誹謗や念仏一行の否定をすることはあり得ないからです。たとえ酔った勢いであったとしても、売り言葉に買い言葉であったとしても、これまでの暴言の数々はとても真実信心の人がするコメントとは考えられないでしょう。

往生の金剛心が体験によって起こるのであれば、体験をしていない者、信一念の自覚の無い者は起こらないことになります。教祖様は明確に一念覚知にこだわり、信一念の自覚無き者は救われていないのだと今でも信じていると思われます。そのように根底には「オレ以外は信心を獲ていないんだ」という慢心、他人を見下す心があるからこそ、我一人仏法知り顔の体で先ほど挙げたようなコメントを繰り返し、しかも撤回するつもりもないのでしょう。教えを乞うつもりで実は私や他の退会者の説を破ってやろうという魂胆も見え隠れしています。

また教祖様は「そのまま助ける本願」と喚いていますが、「念仏誹謗の者をそのまま助ける本願」ではありません。(※)別に「救われた」と言うことは表現の自由ですが、言っていることが「真実の行信」とあまりにかけ離れた異安心の主張なので、教祖様の信心は数ある「自力の信心」の一つに過ぎないことが明白です。


当ブログの目的の一つが「親鸞会教義の誤りを伝えること」です。宗教法人「浄土真宗親鸞会」から分派した団体はいくつかありますが、私はそれらを問題にしません。同様に、親鸞会教義を引きずっているが一部否定して新たな教えを弘めんとしている人を相手にするつもりはありません。よってこの度、当ブログは火星人さんからのコメントを拒否することに致しました。

ちなみに火星人さんのホストを拒否したら、同時に金星人さんのホストも「拒否中」となったので、

「火星人」=「金星人」

であることは明確になりました。何のために別人格を演じていたのかその理由は定かではありませんが、何にせよ聖教に基づかずに自説を押し通す。体験談を語りまくり、根拠は聖教に無く体験談と高森教。念仏誹謗、念仏一行の否定を繰り返し、数々の諫めにも聞く耳が無い。このようなことですから、「火星教金星教」の布教はよそでやって下さいということになりました。

こんな信仰経歴もある」と参考にはなりましたが、異星人とは会話ができないので困ったものです。文証も挙げられないようでは浄土真宗ではありません。そんなことでは、高森会長に言われてしまいますよ。

・三業で判断した信心が、何の価値があるか。
・証拠より論ということを知らないのだ。根拠をあげられぬのはインチキの証拠だ。
(『顕正一口メモ(B)』)

読者の皆様には、こうした異星教の教祖様を通して親鸞会の他にも注意すべき浄土真宗系の新興宗教があることを知って頂ければと思います。そして、浄土真宗は信一念を覚にも執じず、不覚にも執じない「覚もよし、覚えぬもよし、共に仏智に信順するを以て、当流安心の正義とす」という立場であり、信一念の自覚が有っても良し、無くても良し、共に仏智に信順する、つまり本願の名号を計らい無く聞き受け、仰せの通りおまかせしたのが信心であるということを改めて申し上げておきます。


【参照】
火星人の「手のひら返し」発言の数々(TENさんのコメントより)
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真仮

おはようございます、Abcです。

>間違った教えを信じて従っていても本願に救われる、「真実の信」が獲られるなら、正しい教えは必要ないし、正しい教えを明らかにする必要もないのです。例えば善鸞から聞こうが、十劫安心や土蔵秘事の人から聞こうが、その他異安心の人から聞こうが救われるんですから。(淳心房さん)

たしかに、それならば「正しい教えは必要ないし、正しい教えを明らかにする必要もない」となります。ここで私は親鸞が記された『浄土和讃』を根拠として提示します。

聖道権仮の方便に 衆生ひさしくとどまりて
 諸有に流転の身とぞなる 悲願の一乗帰命せよ

ここでは『聖道仏教』を例に挙げていますが、「弥陀を深信しない教え(このように申し上げましたら語弊が起こるかもしれませんが、すくなからず自力が入っている教えでありますからそのように申し上げます。)」では、「生死流転の身」となってしまうので、この和讃 下の句に「悲願の一乗帰命せよ」とあります。 「悲願の一乗帰命」とは言わずもがな「弥陀の悲願」でありますから、「弥陀の悲願」+「~に帰命せよ(~にお任せしなさい)」であります。
 ここでもし、先の「正しい教えを明らかにする必要もない」としますと、親鸞が「~帰命せよ」といわれたこと自体が仮(いつわり)となってしまいますし、この表題『浄土和讃』というのもウソとなってしまいます。

 さいごに、親鸞が記された『浄土和讃』を記します。

念仏成仏これ真宗 万行諸善これ仮門
 権実真仮をわかずして 自然の浄土をえぞしらぬ

「念仏一行(一向専修)の教え」は「真宗」(真実の行)であり、
「万の善のすすめ」は「仮門」(方便の行)である。
 それらを分別(ふんべつ)しなかったならば、
 「自然の浄土(弥陀の報土)」は到底知ることが出来ないだろう。

となるのです。 ですから、淳心房さんのいわれているように「親鸞会教義の誤りを伝えること」も大切ですが、「親鸞が伝えられた『自信教人信』、つまり『われも信じ、人にも教えきかしむる』ということ」も「御聖教に基づいた教え」として重要となってくるのです。もしそうでなかったならば、「教えを布教するもの」すなわち、「布教使」の役目はいよいよ無くなってしまうのですから。

光明月日に勝過して 超日月光となづけたり
 釈迦嘆じてなほつきず 無等等を帰命せよ

日時を超えているおはたらきであるから、「超日月光」といわれます。
 お釈迦様はそれを褒め称えてもなお、ほめつくすことが出来なかった、
 無等等(阿弥陀さまの別名 「等しいものが無いおちから」という意味)におまかせ(帰命)しなさい
Abc

追記

連投申し訳ございません、Abcです。

先ほどは少し熱くなりすぎました。そのため言い過ぎたところもあるかもしれません。ですが、「正しい教えを明らかにする必要もない」といわれて黙っていられなかったのです。

弥陀初会の聖衆は 算数のおよぶことぞなき
 浄土をねがはんひとはみな 広大会を帰命せよ

弥陀が仏となられて最初に説法されたことは、「かず」が及ぶことが無いものである
→『正信偈』には「五劫思惟之摂受」とあります。これも「弥陀は大変長い間、考え抜かれて」と言う意味です

浄土に生まれたいと願うひとは、(これはTENさんがあげられていた(後述)ものですね) 広大会(阿弥陀さまの別名 「広く、大きく衆生をすくって下されるおはたらき という意味」)におまかせ(帰命)しなさい。


>天親菩薩は願生偈に「願生安楽国」と言われ、それを善導大師は観経疏に「発願回向」と教えられました。善導大師はまた二河白道の喩えで「衆生貪瞋煩悩中 能生清浄願往生心」と仰有っており、「貪欲瞋恚の煩悩の中に、清浄願往生の心が生じるのだ」 と教えられています。

>浄土教の原点は「厭離穢土 欣求浄土」(源信僧都)です。(TENさん)

ここの「厭離穢土 欣求浄土」が、和讃内での、「浄土に生まれたいと願うひと」にあたります。

また、「言葉も絶え果て、算数の能はざることなれば、」と「言葉も絶え果て」のおちからのことを「南無不可思議光如来(真宗のお仏壇の私たちからみまして左側に掛けられている名号)(曇鸞大師が明らかにされたことから「曇鸞がいわれた名号」とも『正信偈』最初の文言より「正信偈にある名号」ともいわれます)」なのです。

Abc

又聞き

亡くなられた近藤元講師からお聞きした話です。
会報の会長オリジナルな部分を自ら削除し、会長が剽窃した正しい浄土真宗の教えの部分のみを熟読して救われた人がいたそうです。その人は親鸞会以外での聴聞の経験はなかったそうです。それなのに、会報の中で真実な部分と邪な部分を読み分けることができたそうです。常人では無理ですね。

残念なプチ教祖サマ①



私が火星人氏に憤慨しているのは以下の二点です。

1.火星人氏が六字の心を誤解したまま、念仏を誹謗すること
2.火星人氏が真宗の言葉を利用して、地獄秘事を伝えていること


火星人氏は、私のブログでお仲間がいることをおっしゃっていましたね。こちらのブログでも「お伝えする」というようなコメントをしています。
―――――――
素晴らしいではないですかチュウビさん。
よくぞ念仏と信心の関係を教えて下さった。
大谷派でこの様に教えられているとは知りませんでした。みんなに知らせてやろう。
2017-10-30 16:01 火星人
―――――――
信心心を頂いた人は皆兄弟です。仲間にも紹介してやりますよ。
2017-12-30 09:56 火星人
―――――――

火星人氏はご自分がお仲間を導いている善知識のつもりなのでしょう。しかし火星人氏の信仰と教学に魅かれる人は、親鸞会にはいないと思います。ここで披露した信仰では、古参の親鸞会会員ならば不審を持つような内容です。聞法歴の浅い会員や真宗を知らない人を仲間にしようとしているのではないでしょうか。

火星人氏がどんな仲間を集めて、どんな話をしているのか。私は存じません。しかし、「ご自身の体験」と「間違った教学」に基づいていては、もはや浄土真宗ではありません。真宗の名を語った新興宗教です。

残念なプチ教祖サマ②

私は火星人氏の以下の文章を読んで「こわいな」と思いました。

――――――
カルトにはカルトをもって信心決定病に感染させないと、十八願を聞く機には熟さないと思いました。
あの会は親鸞会とよく似ていて、「顕正新聞」を出版し、四国に一万人が集結したと自慢してました。浅井とか言う教祖が信者から金を巻き上げている様です。親鸞会が真似たのかな?
2018-02-22(09:43) : 金星人
――――――

私には火星人氏の発言が信じられません。

「カルトによって信心決定病に感染させて18願を説く」
「そのようにしないと18願を聞く機には熟さない」

本気で言っているんでしょうか。
こんな恐ろしい言葉はありません。仏様の願いからまったくの逆方向を向いています。大悲を知っている人ならとても言えません。これでは高森会長と同じです。ご自身でカルトの教祖様になることを明言している火星人氏に失望しています。


カルト教祖と言えば、麻原が有名です。
先月のニュースで、オウムの裁判が全部終わったとありました。火星人氏は報道を見たでしょうか。
ニュースを見るまで当時の麻原が裁判を受けていた頃のことを、私は忘れていました。ニュースを見ながら当時を思い出しました。
麻原が裁判で何と言ったのか。
「自分はサリン事件を起こせと指示を出していない」
「自分は弟子の暴走を止めようとしたんだ」
などと言い逃れをするような、ふざけた主張を最初にしました。
しかし、その言葉が嘘だと判明したあとは一言もしゃべらず黙るだけになりました。カルト教祖なんてそんなものです。信者の前ではべらべらしゃべっても、事実が明らかになれば何も言えない。認めることすらしない。もちろん謝罪もない。教祖になって金や人が集まったところで、何が幸せなのでしょうか。

> 私は親鸞会の劣化版のような火星教金星教なら付き合うつもりはありません。

と淳心房さんがおっしゃっているとおり、私も火星人氏に付き合うつもりはありません。

人集め、金集め、を目的に説法することを「不浄説法」と言います。高森会長の真似をしてひと山あてる人生にしたいのか。それとも、弥陀の大悲心ひとつに満足できる人生にしたいのか。
火星人氏からは願生心が感じられませんでした。共に聞法してきた人があのような信仰だったと知って、私は残念な思いしかありません。

コメント返信

Abc様

> 「正しい教えを明らかにする必要もない」といわれて黙っていられなかったのです。

いやいや、あくまで、

> 間違った教えを信じて従っていても本願に救われる、「真実の信」が獲られるなら

です。私も当然正しい教えを明らかにする必要があると考え、浅学ながらお聖教に取り組んでおります。当ブログのもう一つの目的が

・正しい浄土真宗を明らかにすること

ですから、親鸞会の邪義と真宗の正義をセットで明らかにするのが当面の目的であるとお考え下さい。


昔の会員様

それは凄い方です。今では会報は絶版、根本聖典は『なぜ生きる』や映画『なぜ生きる』、『歎異抄をひらく』などで、高森邪義満載ですから、そんな邪義を真に受けている状態で親鸞会しか知らない人が読み分けられる可能性は限りなく0に近いです。私は無理だったでしょう。


TEN様

下品中生といふは、あるいは衆生ありて、五戒・八戒および具足戒を毀犯せん。かくのごときの愚人は、僧祇物を偸み、現前僧物を盗み、不浄説法して、慚愧あることなく、もろもろの悪業をもつてみづから荘厳す。かくのごときの罪人は悪業をもつてのゆゑに地獄に堕すべし。命終らんとするとき、地獄の衆火、一時にともに至る。(『観経』下品中生)

不浄説法の者は悪業を以ての故に地獄に堕すると教えられていますね。ご本人は救われた気になっていますが、この下品中生そのものだと見えるのは自分だけでしょうか?

きっと火星人さんは本気なんでしょうね。情熱をもって説けば少なからず聞く者も出てくるでしょうが、私には親鸞会で騙されて更に火星教金星教で騙される人がないようにと願うことくらいしかできません・・・

Abcです

こんばんわ、Abcです。

>> 「正しい教えを明らかにする必要もない」といわれて黙っていられなかったのです。

>いやいや、あくまで、『 間違った教えを信じて従っていても本願に救われる、「真実の信」が獲られるなら』です。
>私も当然正しい教えを明らかにする必要があると考え、浅学ながらお聖教に取り組んでおります。当ブログのもう一つの目的が

>・正しい浄土真宗を明らかにすること

>ですから、親鸞会の邪義と真宗の正義をセットで明らかにするのが当面の目的であるとお考え下さい。

えぇ、淳心房さん、チュウビさん、TENさん などなどは「正しい教えを明らかにする必要があると考え」られ、お聖教を広げられているのでしょうし、また私も浅学ながらアシストできたらなぁ と考えておりますゆえ、今後ともよろしくお願いします。

対して... Kさん? でしたっけ? 「土蔵秘事のかた」に関しまして、前(さき)のコメントにて「黙っていられなかった」のです。

>念仏唱えたら極楽だと言っていたほうが「クソ坊主教」の金儲けになるのね。

 このコメントに対して憤慨していたのです。「弥陀におまかせして(弥陀に信心を頂いて)、弥陀が「簡単であるから、おこないなさい(易行であるゆえに、行い易し (「易行」の私釈 出典はありません))」といわれた『称仏名(専修念仏)』(『観経』より)」を行っている私や「なかま」に対してそのように申されたことに対してです。 いや、私のことが好いていないならばそれでも構いません。ただ、そのように申されて親鸞がいわれる
 「 鹿島・行方のひとびとのあしからんことをばいひとどめ、その辺の人々の、ことにひがみたることをば制したまはばこそ、この辺より出できたるしるしにては候はめ。ふるまひはなにともこころにまかせよといひつると候ふらん、あさましきことに候ふ。この世のわろきをもすて、あさましきことをもせざらんこそ、世をいとひ念仏申すことにては候へ。としごろ念仏するひとなんどの、ひとのためにあしきことをし、またいひもせば、世をいとふしるしもなし。

 されば善導の御をしへには、「悪をこのむ人をばつつしんでとほざかれ」(散善義・意)とこそ、至誠心のなかにはをしへおかせおはしまして候へ。いつかわがこころのわろきにまかせてふるまへとは候ふ。おほかた経釈をもしらず、如来の御ことをもしらぬ身に、ゆめゆめその沙汰あるべくも候はず。あなかしこ、あなかしこ。」(親鸞『ご消息』より)

と「念仏もうすひとびと」をかように申し上げられることが私が「黙っていられなかった」ということなのです。

Abc

自分が善知識になりたい

火星人は、阿弥陀様と自分の関係を絶対服従と言いました。絶対服従は高森爺さんが好きな言葉ですね。火星人もそのようにみており、自分を善知識とし崇めてくれる絶対服従の下僕がほしかったのだと思います。
阿弥陀様は不請の友として寄り添って、呼び掛けてくださいますが、私などそれが分からず、いえいえ!そうまでしてくださらなくても、いえいえ、こちらから行きますよ、必要な時は阿弥陀様を呼びますよ。な〜んて馬鹿なことをしてます(笑)
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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