コメント返信(【考察】なぜ無碍光如来の名を称することが「大行」なのか(3))

今回は頂いたコメントに返信します。



林遊@なんまんだぶ様

やはり親鸞聖人は、言わば法然聖人の教えの正当なる継承者なのですね。法然聖人と親鸞聖人の教学が大きく隔たってしまった理由の一つとして、梯和上が

「覚如、蓮如の信因称報説をとおして親鸞教学を理解したこと」

を挙げておられるのは頷かざるを得ません。覚如上人は浄土宗から宗門を別にするために、あまり似通った教えでは別にする意味がないので信心正因称名報恩を前面に打ち出したのでしょう。それが蓮如上人に引き継がれて、以降浄土真宗ではずっと蓮如教学を代用して親鸞教学としてきた。

しかし、蓮如教学と親鸞教学が全く一緒ならいいのだけれども、どうも聖教を読んでみると一緒とは言えませんね。特に今考察中の「」すなわち「念仏」に関してはその教え方が違う。親鸞聖人の領解は、ただ「念仏する者を往生させる」本願をふたごころなく深く信じて念仏する、というものですね。

弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきことにて候ふなり。『末灯鈔』12通

念仏の信心を詳しく説き開かれたのが「信文類」ですが、林遊さんが仰るように大行は大信であり、大信は大行。行と信とは一つであって二つ、二つであって一つという不離の関係でした。分けて説けば行と信と二つになるが、如来回向の大行には自ずから大信が具足しているし、大信は必ず大行の念仏となるのだから行と信はセットで見るべきですね。

これを分けて信心ばかり重視し、しかも信心を獲たことを「絶対の幸福」などと教わるものだから誤解し、ありもしない信心を求めて彷徨う羽目になる。これが親鸞会会員のすがたです。自分もかつてやっていたのですから他人事ではないですけど、実に困ったものです。特にあの「」の押し付け、「報恩の強要」は本当に勘弁してもらいたいです。



愚愚流様

信心といっても念仏の信心ですからね。念仏と信心を別々に考えたらいかんですね。まして「念仏を称えないのが大谷派の伝統である」て何ですか、そりゃ(苦笑)。念仏称えない真実信心なんて、声が出せないとか特別な事情がない限りあり得ません。称名報恩と教わっているなら御恩を報ずるためにお念仏申して当然。それが出ないのは如来広大の恩徳を迷失していると言われても仕方がないことかと思います。



チュウビ様

親鸞会の場合は「如来大悲の恩徳」、「師主知識の恩徳」を「高森先生の恩徳」にすり替え、「お礼の強要」をしてくるので論外です。高森先生がおられなければ親鸞聖人に遇うことができなかったと「高森先生の恩徳」を感じるならば、間違った教えを間違った教えとハッキリ指摘し、間違った教えを受けている人を正しい浄土真宗に誘引して差し上げることですね。これが「高森先生の恩徳」に報いることになるでしょう。また、それが同時に「如来大悲の恩徳」、「師主知識の恩徳」を報ずることにもなると思います。これからもお互い、共に本願を仰ぎお念仏を申して至徳を報謝する人生を歩みたいものですね。



Abc様

> 高田派では「お念仏の中に生かされる生活」として日々念仏と共に日暮しをしております。私は「念仏」を「阿弥陀さまがいるぞ」と言うことを私と私の近くにいる方(正しく言いますと私の声の届くところにおられる方)に聞かせていただくこと と受け取っております。

やはり仰せに順って称名しているすがたこそ、本願を計らい無く受け容れている信心のあらわれですね。念仏相続の日暮らしが、真宗門徒としてあるべきすがたと思います。お念仏する中に、仏を仰ぎたい気持ち、お浄土を願う気持ち、お念仏を伝えたいという気持ち、大悲の中に生かされながらそれに背反する心しかない自分を知らされ懺悔する気持ち、何とか仏の恩に報いたいという気持ち、等の様々な気持ちが起きる気がします。全ての本というか、お念仏申すことが根本ですよね。

そしていつも示して下さる御和讃からも知られるように、信心と念仏を必ずといっていいほどセットで聖人は教えておられる。念仏申すままが信心であり、信心は必ず念仏となって現れるのだから当然と言えば当然ですが、六字の他に信心があるように思っていたら信心を求めてガタガタと苦労することになります。

かと言って念仏申していれば誰でも真実信心かというとそうでもない。どこか自己流が雑じっていたら如実修行ではない。帰せよの命を受けてしまえば何でもないが、純粋なる他力の故に信じることが難しい。しかし何とか有縁の方々にお念仏とそのこころが伝わってもらいたいと願う他ありません。



コメントを下さった皆様、ありがとうございました。ご意見を受け、私自身法に触れ、お念仏を申す機縁となりまして有難く思います。これからもより聖教をたしなみ、お念仏を申して少しでも報恩謝徳の人生を歩みたいものです。なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんなんまんだぶ・・・
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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