こうして親鸞会に入会しました

※新入生の皆さんへ。
この時期に盛んに勧誘活動を行い、キャンパスでの声かけ、メルマガ登録、mixi、ツイッターなどいろいろな手段で近づいてくる浄土真宗親鸞会の学生組織があります。話を聞き続けているうちに、こんな話に注意!関連の内容をサークルで聞いたら、親鸞会の可能性が高いです。

※親鸞会は親鸞聖人の名を語って宗教ビジネスを展開するカルト団体です。新入生の皆さん、親鸞会サークルに入ると大変なことに!に詳しく書きましたが、入会すると様々な活動に時間とお金を費やし、学生生活やその後の人生を台無しにしてしまいかねません。

※以前からの非難により、現在は、勧誘の最初の段階で仏教とか『歎異鈔』や『教行信証』に学ぶと触れる大学もあります。

※『なぜ生きる』、『光に向かって100の花束』など一万年堂出版の書籍をゼミ(部会、ミーティング、講座)で用いていたり、『世界の光 親鸞聖人』のアニメ上映があったりしたら、親鸞会だと思って間違いないでしょう。

※ネットの情報には、デマが多いみたいなことも言われているかもしれませんが、自分でよく情報を取り入れて判断してください。



現在は、新歓合宿後から、入会するまでに話がなされる主な内容について書いています。
今日は、このようにして親鸞会教義が徹底されました(6)の続きです。

5月も末になると、熱心な1年生は教学プリント(1)の暗記も終え、(2)に進んでいました。
放課後は部室で部会、昼休みも部室で食事、週末は高森会長の法話に参詣または行事です。
気が付くと、親鸞会会員である先輩との接点以外がほとんどない大学生活になっていました。


**********************

◎六道輪廻

これまで聞いてきたように、私達は後生に大変な一大事を抱えている。
これを解決するために人間に生まれてきた。そして生きている。どんなに苦しくても生きなければならないのはこのためだ。
そして、後生の一大事は人間に生まれて仏法を聞かなければ絶対に解決ができないから、このことを釈尊は、
「人身受け難し、今已に受く。仏法聞き難し、今已に聞く。この身今生に向って度せずんば、さらにいずれの生に向ってか、この身を度せん」
と仰っている。

これが人生の目的だと言ってはいるが、本当は人間に生まれてから死ぬまでの僅か百年ほどの目的だけではない。
私達の本当の生命である阿頼耶識は、果てしない過去から今日、そして永遠の未来に向かって流れている。その間、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上という迷いの世界・六道(六界)を彷徨い苦しみ続けてきた。
これを六道輪廻とか、流転輪廻と仏教で言われる。
この迷いの世界から出離して、仏の悟りを開くことが、仏教の目的である。
だから、本当は一生や二生どころの目的ではない。多生の目的であり、永劫の目的である。しかしそう言っても分からないだろうから、人生の目的と言っているだけ。そんな途方もない目的をもつ生命だから、人命は地球よりも重いと言われるのだ。

この魂の解決は、人間以外の他の生を受けていたらできない。人間界以外は仏法が聞けないからだ。
では、人間に生まれることはどれ位のことなのか、お釈迦様が教えられているのでお聞きしたい。


◎人身受け難し

私達は人間に生まれたことを当たり前に思ったり、苦しい時などは人間に生まれたことを恨んだりしている。
しかし、人間に生まれるということは大変難しいとお釈迦様は教えられている。

ある時釈尊が弟子の阿難に、「そなたは人間に生まれたことをどう思うか?」と尋ねられた。
「大変喜んでおります」と阿難が答えると、お釈迦様は次のような話をされている。
今日、「盲亀浮木の譬」と言われる。

「果てしなく広がる海の底に、一匹の目が見えない亀がいる。その盲亀が、百年に一度海面に顔を出すのだ。広い海には一本の丸太が浮いており、その真ん中に小さな穴がある。丸太は風の間に間に、波の間に間に東西南北を彷徨っているのだ。阿難よ、この亀が、海面に浮かび上がった拍子に丸太の穴に首を入れることがあると思うか?」
聞かれた阿難は驚いて、
「お釈迦様、そんな事は考えられません」
と答えると、
「絶対にないか」
と念を押される。
「何億年×何億年、何兆年×何兆年の間にはひょっと首を入れることがあるかも知れませんが、ないと言ってもいい位難しいことです」
と阿難が答えると、釈尊は
「ところが阿難よ、私達が人間に生まれるということは、これ以上に難しいことなのだ、有難いことなのだよ」
と仰ったという。

それほど人間に生まれることは難しいのだが、喜んでいる人はいるだろうか?
喜んでいるどころか、「何で人間に生まれたんだろう」「人間に生まれさえしなければこんなに苦しまなくてもよかったのに」と、恨んだり、後悔している人もある。自殺をする人は日本だけでも年間三万人を超えている。

それは、何の為に生まれたのか、何の為に生きているのか、という人生の目的に暗いから。
人生の目的を達成してこそ、「よくぞ人間に生まれたものぞ」「人身受け難し、今已に受く」と生命の歓喜が知らされる。
全ての人にとって最も大事なものが人生の目的であり、それは仏教にのみハッキリ教えられている。


◎仏法聞き難し

ところが、せっかく受け難い人身を受けても、仏法を聞かなければ苦悩の世界から離れることはできない。
今日仏教というと様々な宗派に分かれているが、間違った仏教や、釈尊の本意ではない(方便の)仏教をいくら求めていても助からない。釈尊の本意を説かれた真実の仏教を聞かなければならない。

そんな教えに巡り遇うことはどれほど難しいか。釈尊は譬を用いて、ヒマラヤ山の頂上から麓に向かって糸を垂らし、その糸が麓にある針の穴を通るよりも難しいと教えられている。

今○○君は受け難い人身を受け、遇い難い真実の仏法に遇うことができた。
これがどんなに素晴らしい事か。分からないかも知れないが、選ばれた中の選ばれた中の・・・と幾つ付けたらいいか分からない程選ばれた中の人と言わねばならない。
あとは、今生でハッキリと迷いの打ち止めを果たして、絶対の幸福になるだけという所まで来ている。
ここでまた解決を果たさずに人生終わってしまったら本当に勿体ない。

「この身今生に向って度せずんば、さらにいずれの生に向ってかこの身を度せん」
と言われるように、永遠のチャンスは今しかない。


◎入会顕正

釈尊の本意を日本で明らかにされたのが親鸞聖人である。その教えは浄土真宗と言われ、本願寺八代目法主蓮如上人によって全国に伝えられ、本願寺は日本で最大の仏教教団になった。
ところが今日、親鸞聖人の教えを正しく説かねばならぬ本願寺がその役割を果たさず、「念仏さえ称えたら死んだら極楽、死んだら仏」と説き、葬式・法事に明け暮れている。
結果、現代人に救いを説かぬ本願寺は衰退の一途をたどり、寺離れが進み、新興宗教へ迷っていく者は真宗だった者が最も多いと言われる。

そんな現状を嘆かれ、何とか一人でも多くの人に正しい親鸞聖人の教えをお伝えしたいと立ち上がったのが、高森先生である。
高森先生は当初本願寺内部で真宗改革をしようとされていたが、巨大な組織を改革することは難しかった。いくつも穴が開いた老朽船の穴を塞ごうとしているうちに舟もろとも沈んでしまう。それならば、外に飛び出そうと、自ら本願寺を飛び出し、新たに浄土真宗親鸞会を設立された。
最初は三人から始められたが、五十有余年親鸞聖人の教えを説き続けられ、全国各地、或いは世界から教えを聞きに来る参詣者も現れた。○○君も講演会に行って、老若男女問わず多くの参詣者がいたのを見ただろう。
そして80近くの現在もなお、親鸞聖人の教え一つを説き切られている(なお現在では80歳を過ぎています)。

正しい仏教を説く人を善知識というが、蓮如上人以来多くの人に影響を与えたような善知識は現われていないが、幸いにして平成の今日、善知識と言えるような方が現におられ、話をされている。
そこでもっと高森先生から親鸞聖人の教えを聞きたい、人生の目的を達成したいと親鸞会に入会して親鸞学徒になる人も多い。
実は僕も親鸞学徒になって親鸞聖人の教えを聞いている。

何しろ私達は縁に流されやすい。特に若者は熱しやすく冷めやすいので、最初は騎虎の勢いでも様々な楽しみや勉強、仕事などに流されて仏法聞くのが疎かになり、果てはせっかくの仏縁から離れていってしまう人もいる。
しかし、例えば大学受験で、自分は家では漫画やテレビの誘惑で勉強できないとしたら、図書館へ行ったり予備校に通ったり、縁を選ぶだろう。
そのように、自分と同じく親鸞聖人の教えを聞き求める仲間がいる環境を選べば、周りの環境に流されにくく、人生の目的達成に向けて着実に進んでいける。
僕は親鸞学徒になった時、親鸞聖人の教えを聞き抜くぞと決意を新たにしたし、その時が出発点だと思った。

もう一年生で△△君と◇◇さんが既に親鸞学徒になる決意をしている。ぜひ○○君も親鸞学徒になって、共に人生の目的を果たそうではないか?

(※ちなみに、親鸞会の入会金は、学生20000円です。入会時に3ヶ月分の会費6000円も合わせて、計26000円を親鸞会に納めることになります。会計報告がないことが問題視されています。)

**********************

切り口は様々ですが、聞き始めてある程度理解が進んだ人に、5月後半から夏合宿にかけて親鸞学徒になろうと入会を勧めます。
それが、本当の親鸞聖人の教えを聞き求める親鸞学徒ではなく、偽の親鸞聖人の教えを聞き求める高森学徒になるとは知らずに。

親鸞会会員は、入会を勧めることが善であり、我が身の後生の一大事の解決の勝縁と思い込んでせっせとはたらき、新入生は高森学徒になってしまいます。

言葉の違いこそあれ、会員は、入会者を多く獲得した者ほど幸せになれると信じて活動している新興宗教信者と何ら変わりません。
しかし、内部にいるとそうだと気づかないものです。外に出て客観的に見て、ようやく気づきました。

(つづく)
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード