FC2ブログ

南無阿弥陀仏に出遇えてよかった

真実の教というも南無阿弥陀仏。

真実の行というも南無阿弥陀仏。

真実の信というも南無阿弥陀仏。

真実の証というも南無阿弥陀仏。

真実の仏というも南無阿弥陀仏。

真実の土というも南無阿弥陀仏。

往相回向というも南無阿弥陀仏。

還相回向というも南無阿弥陀仏。


全てが阿弥陀仏の大悲回向の賜物でないものはありません。
南無阿弥陀仏に出遇えてよかった。苦悩に喘ぐ人生は変わりませんが、この世に生まれ、生きてきた甲斐がありました。そして、この南無阿弥陀仏一つで死んでいけます。

なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

ご無沙汰しております。
「生きる甲斐がある」という思いを別にすればまったく同感であります。南無阿弥陀仏を称えているときの感触を説明しようとして「大悲」という言葉を使ってすらなにか違うものになってしまうような気がします。南無阿弥陀仏には言葉では説明しきれない独特な大悲の感触があります。

生まれて来て良かったと思う心は
阿弥陀様からの賜り物。
だから二度と退転することがありません。
本当に、本当に良かった。
南無阿弥陀仏

Abcです

こんばんわ、Abcです。

こんなところから茶々をいれて、素朴な文を乱雑にするのも申し訳ございませんが、記させていただきたく思います。

 真実の教というも南無阿弥陀仏。

「真実の教をしめすならば、大無量寿経これである」といわれている通りです。
ですが、『大経』は読みにくい とおもわれたならば、親鸞の『和讃』を横において読んでみてはいかがでしょうか。

 真実の行というも南無阿弥陀仏。

「私の家柄はこのことばかりに力をいれている」と大谷に約800年間いわれつづけています。ですが、「弥陀の名号称すべし」(『浄土高僧和讃』龍樹大士6番)とありますので、今後も「念仏称すべし」と伝えていきます。

 真実の信というも南無阿弥陀仏。

こちらは、大谷が詳しいとは思いますが、わたくしは「四月七日の御文(云々)」に記されているように、「信の一念 も 行の一念 も 他力回向である」といわれているとおりです。

 真実の証というも南無阿弥陀仏。

信は願より生ずれば 念仏成仏自然なり
 自然はすなはち報土なり 証大涅槃うたがはず (『浄土高僧和讃』より)

 とございますように、「私の計らい(義)がどうのこうの」という計らいを持たないのが、私たち真宗を修めるものの信条であります。これを源空聖人(法然上人)は、「義なきをもって義とす」といわれました。

 真実の仏というも南無阿弥陀仏。

蓮如上人もお手紙のなかで、「われひとりたすけんといふ超世の大願をおこし」といわれているとおり、ほかの仏の方々ではどうしようもできない凡愚を阿弥陀さまが「摂取して捨てざれば」と「摂め取って御捨てにならない」のです。

 真実の土というも南無阿弥陀仏。

そして、「念仏の衆生」をこちらの場所に導いてくださるのです。
この場所を「報土」とも「安楽国」とも「弥陀浄土」ともいわれます。
次のところ(還相回向の段)にも記しますが、この「浄土から穢土にかえる」というのも阿弥陀さまの計らいなのです。

 往相回向というも南無阿弥陀仏。
 還相回向というも南無阿弥陀仏。

「往還回向由他力」(『正信念仏偈』より)とあるとおり「他力回向(南無阿弥陀仏)」であります。往相はご存知17・18願でありますし、還相は22・23願であります。22願は「一生補処の願」ともいわれ、前半(往相)において私たちが一生を終わったのち、間違いなく阿弥陀如来と等しい如来となる身(一生補処)にしょうと誓い、後半(還相)において、この世に積極的にかかわっていく力をあたえ、苦しみ悩む人びとのために生きるという人生を歩ませようと誓ってくださっているのです。

 さいごに

 今回も具体例を示して説明しましたが、わたしの目的は「私の文を読んでもらう」ではなく「一人でも信をえていただきたい」ということなのです。
 また、淳心房さんが記された「素朴な文」に長々と説明文をつけてしまい申し訳ございません。

なもあみだ なもあみだ
Abc

コメント返信

たかぼー様

人それぞれ物の感じ方や捉え方は異なりましょうが、同じ大悲回向の南無阿弥陀仏を信じ称える同行ましますことは大変有難いことです。これからもよろしくお願いします。


愚愚流様

> 生まれて来て良かったと思う心は
阿弥陀様からの賜り物。

このようにお味わいとは素晴らしいことです。自分なんかまだまだそこまでの域に達しておりません(;^ω^)
貪瞋煩悩の中にも如来の大悲心が味わわれ、有難いことだと感じる時がある、位ですかね。まだまだです。


Abc様

お聖教や解釈された本などを読む内に、南無阿弥陀仏一つなんだということがいよいよ味わわれ、記事のような文言が思い浮かびました。それを通してまたAbcさんが解説を加えて下さる、これまた有難いことです。


南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード