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久々に『約束の場所』(CHEMISTRY)を聴いて思ったこと

この前久々にラジオで『約束の場所』(CHEMISTRY)を聴きました。これが発売されたのは2006年ですから今から12年前。まだ私は現役の親鸞会会員でした。

当時は親鸞会の価値判断で生きていましたので、MVには載っていませんがこの歌の2番

途中でもし死んでしまっても ひたむきに夢と向き合えば
きっと同じ未来を描く 誰かが引き継いでくれる
『歌詞タイム』約束の場所より)

という歌詞はどうしても受け入れられなかったです。

いやいや、誰かが引き継いでくれたって、我が身は満足か? 人生の目的を果たせずに途中でもし死んでしまったらなんてそんな未来はいやだ。ひたむきに向き合っても、途中で死んでしまっては何にもならない。

この歌詞の「」を「人生の目的」、「絶対の幸福」と置き換えて聞いていたため、歌のメロディーは好きな方でしたがこの部分は好きにはなれませんでした。


現在は親鸞会を離れて9年。私の心境も大分変化しました。今はこの歌詞の「」を「衆生の志願」と置き換えて聴いています。「衆生の志願」というと、往生の志願だとみんな言うんですが、櫻井鎔俊和上は阿弥陀仏の本願を伝えたいというのも「衆生の志願」であると仰せられています。私もこの説に賛成です。
(こんなことを書いてると林遊さんあたりに怒られちゃうかな・・・まぁいっか)

願わくは、全ての人に阿弥陀仏の本願を聞いてもらいたい。そして皆人一同に浄土に往生し、迷いの世界を離れさとりの世界に参りたい。本願を仰ぎお念仏申すほどに、私はこのような気持ちになります。

みんなが幸せになってもらいたい。お念仏申してもらいたい。現実はとてもそうはいかないし、伝える手段も分からない。途方もない「」で、とても実現不可能に思えるけれども、念仏者なら程度の差こそあれ、このような気持ちが起こってくるのではないかと思います。ここは皆さんの意見を伺いたいところです。

それで、歌詞の「」を「阿弥陀仏の本願を伝えたい」と読むと、私の中では心地よく響くんですよね。私なんかがいくら伝えようとしても、仏様のように自在性がないから全くダメだ。でも、途中でもし死んでしまっても、ひたむきに夢と向き合えば、きっと同じ未来を描く誰かが引き継いでくれるのでは・・・、と素直に思えるのです。

また、サビの

夢は時間を裏切らない 時間も決して夢を裏切らない
その二つがちょうど交わる場所に心が望む未来がある
夢を携えて目指すその場所に 僕がつけた名前は「約束の場所」


という歌詞もとても素敵に聞こえます。


まだ子供も小さいし、色々心残りもありますから死ぬわけにはいきませんが、無常の世界ですからどうなるか分かりません。また、この先何十年とブログを続けていっても、果たしてどれだけの人に影響があるかと思うと、私の存在などチリみたいなもんでしょう。それでも、お念仏を申していると、伝える方法なんか全然分からないけれども、それでも伝えたい、幸せになってほしいという気持ちが起きてきます。

我が身可愛い、我が身第一、我が身の事しか考えない煩悩具足の私がこのようなことを思わして頂くのも、全く如来選択回向のお念仏のおかげです。現実は、目の前の悩んで泣いている会社の同僚にどうやって慰めたらよいやらも分からない、何の力も智慧もない私ですが、何とか何とかと思う気持ちは止みません。


ちなみにこれは経験則ですが、どうも信心を獲ても、その後法を聞かない、お念仏申さないようだと、法の喜びも、御恩を喜ぶ心も、伝えたいと思う気持ちも起き難いです。やはり有難い光が差してくるように、不断聴聞し、お念仏の生活をさせて頂くのが大事であるとつくづく思います。これは私の経験と考えですので、読者の皆様には一意見として捉えて頂ければと思います。

なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・
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法を聞く。お念仏申して生きる。素晴らし生き方ですよね。友人と仏法の話をしてると、それを聞いた他の人が、ちょっと忘れていた法話をまた聞きたくなった、念仏申すようになった。というようなことがありました。そうなるとまたこちらも嬉しいですね。阿弥陀様の大悲に触れるというのは、常に念仏申すことなんだと思いましたよ。なまんだぶ。なまんだぶ。

Re: チュウビ様

自身が往生すべき身と定まったのみでなく、人にもお念仏が伝わってゆくというのがうれしいですね。愚鈍な私には、本願のはたらきも信心も、そのままでは分かりません。お念仏を通してのみ、阿弥陀仏の大悲に触れることができると感じています。有難いことです、なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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