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知識とか国語力以前の、「人間性の問題」を抱えている高森顕徹会長

昨日は高森顕徹会長の話がありました。今回も飽きずにいつもの

映画『なぜ生きる』の蓮如上人のお言葉
「『聞く一つで、大船に乗せる』ということは、阿弥陀仏の命を懸けたお約束だからです」
とは、どんなことでしょうか?


という質問に答えるという形式でした。その中で創作『二河白道の譬』を説いていたことは既に

『飛雲』国語の問題よりもさらに深刻な人間性に問題のある高森顕徹会長と愉快な仲間達

に書かれている通りで、未だ邪義を貫き通す高森会長には「人間性の問題」があるとしか思えません。


高森会長の「人間性の問題」は本当に深刻で、今回も相変わらず本願の説明が

どんな人をも 必ず助ける 絶対の幸福に

というものでした。そんな幻想的な楽、夢・幻のような現世利益を追い求めて間違った本願、教えを聞いていても、本願の通り浄土往生できないことは随所に言われている通りです(※)

大体、この世が「絶対の幸福」なんていう結構な世界に変わってしまったら、もう浄土なんか要らないんだ。この六道の迷いの世界には真の安らぎ、真の楽しみも無く、我々は際限なく流転を繰り返して苦しみ続けるから、それを哀れんで阿弥陀仏は迷いの世界から出離させ、我が国に迎えて救うと本願に誓われているのです。

それに会員の皆さんも皆さんです。「浄土真宗は、今生に本願を信じて、かの土にしてさとりをばひらく」教えです。もしこの世からの真の安らぎ、真の楽しみをお望みなら、聖道門へ行って入聖得果することですな。

親鸞聖人を世界の光と仰ぐと言い、自分も聖人の真似をして「愚童釈顕徹」だとか名乗っておきながら、また蓮如上人の真似もしていつも「みなみな信心決定あれかし」と言っておきながら、ちっとも親鸞聖人、蓮如上人の教えの通りに法を説かない。会員の皆さんの後生をどう思っているのか。またも流転を重ねようとしている人々が可哀想ではないのか。やはり知識とか国語力以前の、「人間性の問題」を抱えています。


高森会長は会員の内なる欲望を煽り、無常と罪悪でせめ立てて、自らの欲望を満たそうとしているだけです。聞く者の獲信・往生は眼中に無く、言葉だけ蓮如上人の仰せを真似しているのです。その証拠に今回も

・蓮如上人は
「善知識の能(任務)というは『一心一向に弥陀に帰命したてまつるべし』と人を勧むべきばかりなり」
と教えられている。

・お釈迦様が仏教を説かれた結論は、「一向専念無量寿仏」


などと話しておきながら「諸行を廃してただ念仏を用ゐるがゆゑに一向といふ」という肝心な教えを説きませんでした。聞法すら「聞法善」だとか教えて善行の一つに数え、19願の「修諸功徳」、『観経』の「定散二善」、七仏通戒偈などを根拠に、因果の道理の結論であるという廃悪修善をせよと教える高森会長が親鸞聖人の仰せに反していることは繰り返し繰り返し述べている通りです(例えばこの記事)。

話の中で高森会長が「西に向かって進む」と言っていましたが、その本当の意味は

〈人、道の上を行いて、ただちに西に向かふ〉といふは、すなはちもろもろの行業を回してただちに西方に向かふに喩ふ。「信文類」

つまり自力の行をすべてふり捨てて、ただちに浄土へ向かうことをたとえたものです。その「すべてふり捨て」るべき自力の行を拾わせやらせておいて、聞く人が西方、浄土に向かうはずがないんだ。高森会長が必死で否定する「ただ念仏」こそが迷いを離れさとりの世界に至る唯一の道、すなわち「無碍の一道」なのです。

我々は「真実の行信」によって「真実の証果」を得るわけで、いくら信心を強調してもその信心が間違っていたらダメなのは当たり前です。信心は何を信ずるかといったら行を信ずるんです。だから、行が間違っていたら当然ながら信も間違うんですよ。高森教では行にあたる部分が「行学」とか言っているように廃悪修善の実践なわけで、その中身を言ったら勧誘、献金、服従を中心とした善もどきの善です。これが親鸞聖人の教えられた行かどうかは論ずるまでもない問題です。

真宗で行といったら本願のはたらき、「南無阿弥陀仏」です。この六字のこころを聞くのがすなわち信心です。「お前は決して迷いの世界を出られない者だ。そのお前のためにこの南無阿弥陀仏を成就したから、お願いだから称えて我が国に生まれてきてくれよ」という仏さまの心を聞く、心を受ける。その仏さまの心を聞いたなら、心を受けたなら、もう我々の計らいは要らんでしょう。このように本願力にまかせて自力を離れたのを「唯信」というのです。阿弥陀仏の仰せの通り、「ただ念仏」と心が定まったのが「信心」です。

それがどうですか? 仏さまの心を聞き受けて「ただ念仏」どころか、

仏教を聞くということは、細い白道を見えない西に向かって進むこと

などと説いています。「西に向かって進む」というと聞こえはいいですが、その先には、細くて弱い聞法心を奮い立たせて聞け、煩悩と闘って白道を進め、といういつもの教えがあるに違いありません。高森会長の話の後でなされる講師部員や先輩会員の教えや勧めを聞けばそれは明らかでしょう。会員の皆さんは何を教えられ、どんなことを勧められているか、静かに振り返ってみましょう。


ところで、話の中で高森会長は

自力の心、雑行、聞く一つという阿弥陀仏の本願を疑っている心

がどういうものかを説明していましたが、会員の皆さんに判り易く言うと

何十年という聞法や朝晩のおつとめ、顕正活動、お布施、高森先生を無二の善知識、尊き生き仏様先生と信じて、何事も何事も会長先生の仰せにひらすら従ってゆくことがいるのではないか。ホントだろうか、他に何かいるものがあるのではなかろうか。

という心こそが自力の心です。会員の皆さんは、高森会長の話はそんな自力の心を助長、増長させるだけだと気づき、早く如来選択回向の念仏に目を向けて、その南無阿弥陀仏の六字のこころを聞き受けてお念仏申して頂きたいものです。
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ちは。

愚童釈顕徹てwww
マジすか?
「本願寺の中でも相当の学者が攻撃してきている」からの一連のコントを見ても思いましたが、会長は笑いのセンスだけは一流だと思います。

会員さんには怒られてしまいそうですが、浄土真宗を、高森会長の実態を知っている側からすればギャグにしか聞こえないんです。
申し訳ない。

それにしても、毎度毎度同じ質問で毎回はぐらかすような話を何度も聞いて飽きるというか、よく見限らずに聞き続けられるものだな、と思ってしまいます。

俺が退会したキッカケはいくつかありますが、降誕会だったか報恩講だったかも大きかったかも知れません。
確か2日に渡っての説法で「聞其名号」の聞とは何を聞くのか、がメインの話だったはずですが。
いつもの「雨風雪はもののかずかは」や「たとえ大千世界に満てらん火をも過ぎゆきて〜」で最後まで引っ張りまくった挙句、結論は「聞とは仏法を聞くことです」ですと。

「善知識」のお言葉に疑問をもつのは謗法罪と叩きこまれていた俺でさえ、流石に「はぁ〜⁈」となりましたね。

今、お寺でお聴聞するために電車で移転中なんですが、楽しみです。

会員さんも早く本当の浄土真宗を聞かれて阿弥陀さまに出遇われてほしいな、と思います。

南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏

超絶劣化

こんにちは
親鸞会のホームページで5月の富山での高森会長の講演動画が無料で公開されていたので視聴してみたのですが、大変に驚きました。それは

「話が超絶劣化している」
「浄土真宗の教えを全く話していない」

でした。歎異抄と正信偈からのご文を引用しての解説ですが、わざわざ話を聞きにいかなくても解説書を読めばわかるような文言の上っ面を時間稼ぎでもしているように繰り返し、繰り返し、話しています。そして唐突に

無碍の一道=絶対の幸福
闇をはらす=人生の目的

と出して来て、二つのイコールを根拠もなく、結び付けているという具合です。途中で観るのを止めたので結論はどうなっているかわかりませんが、観る必要もないと思います。「歎異抄」「正信偈」という誰でも知っているものを持って来て浄土真宗の教えを語っているように見せかけていますが、「絶対の幸福」「人生の目的」というキーワードをすりこんでいるいるだけだと思いました。

少なくとも以前の講演は熱がありましたし、アシスタントの言葉ではなく自分の言葉で解説していました。今の話のような「寝ぼけた」話をわざわざ富山にまで行って聞こうという気持ちはこの動画を見た人には起きてこないと思います。会員拡大の手段としての動画公開でしたら、かえってマイナス効果となるので削除した方がいいのではないでしょうか?

コメント返信

R1000様

> 愚童釈顕徹てwww
> マジすか?

過去の、親鸞会結成うん十周年記念大会で、会長が決意文みたいなものを読んでいた時、自分の事をそう話していたのをビデオで見た記憶があります。本当に単なる真似事なんだと我々は冷笑するしかないんですが、会員は頑なに否定するでしょうね・・・

私らのような口から南無阿弥陀仏が出るということは、会員の皆さんも間違いなく阿弥陀仏の御手の中にあります。ただ、計らう心と希代の悪知識の邪義とによって南無阿弥陀仏の六字のこころを受けられずにいるだけだと思います。早く真宗の要を説かない悪知識から離れて、阿弥陀さまのお心を聞き受け念仏して頂きたいものですね。

本日も聴聞されるようで有難いご縁ですね(^-^) どうぞお体、心に無理のない範囲で、お聴聞、またお念仏なさって下さい。なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・



園児様

これが、10年前位と比べるとそれほど変化ない話のようなんです。昔は相当聞く人を惹きつける魅力と熱があったのでしょう。また、動画の公開は言わば会員向けで、お布施目当てだと思われます。

公式サイトに高森会長の降誕会講演が公開(一部無料)されたことについて考えたこと
http://shinrankaidakkai.hatenablog.com/entry/2018/05/30/115924

会員拡大の手段としてプラスになるかマイナスになるかは分かりませんが、マイナスになるなら結構なことです。どちらにしろ、我々の獲信・往生とは無関係、どころかマイナスな話でしかありませんから、私はその事実を一人でも多く知ってもらうために邪義を邪義と訴え続けてゆくつもりです。

Abcです

こんばんわ、Abcです。

>何十年という聞法や朝晩のおつとめ、顕正活動、お布施、高森先生を無二の善知識、尊き生き仏様先生と信じて、何事も何事も会長先生の仰せにひらすら従ってゆくことがいるのではないか。(淳心房さん)

それらの計らいを「諸善」といわれたり、「会長先生の仰せにひらすら従ってゆくことがいるのではないか」に関しましては「知識帰命」といわれます。

>ホントだろうか、他に何かいるものがあるのではなかろうか。(淳心房さん)

「ホントだろうか」と立ち返っていただければ、直ぐにわかることだと思います。

会員が「善の必要性」について語る際に、出される『和讃』を淳心房さんが「親鸞聖人はおすすめされていない」と記されている記事を見つけましたので、リンクしておきます。

真偽検証「大経讃(5)「諸善万行ことごとく」の御和讃」
http://shingikensho.blog12.fc2.com/blog-entry-47.html

なもあみだ なもあみだ
Abc

人惑を受けず

ども、林遊@なんまんだぶです。

高森顕徹氏の熱ある説教といわれますが、結局、高森顕徹氏の法話とは、人心掌握術に過ぎないのでした。
ストロー論で、仮想敵をこしらえて、不安を抱いている真面目な若者を宗教の名で、「必堕無間」の恐怖と「絶対の幸福」というモチベーション(動機づけや目的意識)で会員を煽ってきたのでしょう。高森顕徹氏の話は法話というより演説ですよ。
https://www.youtube.com/watch?v=OEiQj-FjCRc

最盛期の「霊鷲山」に擬した鷲のマークを使用して団結を強調する手法は、50年程高森親鸞会をウォッチしている門徒からは、ナチスのハーケンクロイツを想起したものです(笑

そして善知識という名の独裁者に騙され、それに自らを委ね、考えたり思考する力を失い善知識のプロパガンダをオウム返しするしかない会員を生みだしてきたのでした。いわゆる三行以上の文章を読めないのが会員でした。絶対善である教祖に騙されるのでした。
https://pontawa.hatenablog.com/entry/2018/09/17/204350

ある意味では、高森親鸞会という名称は、人間親鸞を説くだけであり、その親鸞聖人が求めた「もの」を説かない/説けないのでした。
御開山は「法四依」として、

 今日より法に依りて人に依らざるべし、義に依りて語に依らざるべし、…人指をもつて月を指ふ、もつてわれを示教す、指を看視して月を視ざるがごとし。人語りていはん、《われ指をもつて月を指ふ、なんぢをしてこれを知らしむ、なんぢなんぞ指を看て、しかうして月を視ざるや》p.414

と言われてましたが、高森顕徹氏は月を知らないから、その指は、あほみたいな信心の指を演説するだけで、本物の浄土真宗のご法義を知らないのでした。騙す奴も悪いのですが、騙されて鉢巻をしめて本願寺座り込みをした輩も、伝統的門徒の目からすれば許し難いものだったりします。
http://hongwanriki.wikidharma.org/index.php/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Suwarikomi2.jpg

そのような意味で「慚愧無き真宗は外道に堕する」といいますが、高森親鸞会を脱会し自己批判することなく口を拭って法を説く真宗坊主に変身して法を説く輩は好かんです。
http://labo.wikidharma.org/index.php/%E4%BA%BA%E6%83%91%E3%82%92%E5%8F%97%E3%81%91%E3%81%9A

なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ

〉そのような意味で「慚愧無き真宗は外道に堕する」といいますが、高森親鸞会を脱会し自己批判することなく口を拭って法を説く真宗坊主に変身して法を説く輩は好かんです。

日頃はコメントを見させて頂いております。
大変勉強されておられるようで尊敬致します。
今後もよろしくお願い致します。

申し上げにくいのですが元会員へのご意見に注力されるよりも是非とも伝統教団の更なる繁栄にご尽力頂ければと思います。
先般、ある末寺の問題でとある別院に忠告しましたが門前払いされました。
おかげで問題のある説法は無事終わってしまったようです。
大変なことになりそうで心配ですが部外者なのでこれ以上は忠告もできません。
是非とも内部の引き締めにご尽力下さい。

それと、少なくともここは、個人の好き嫌いを述べるところではありません。
個人の好き嫌いを言い出したら、きりがないので私は慎みます。仏法者としても。

No title

また悪い癖が始まったのね。
林遊さん自身に慚愧が無いから貶し易い相手を探して貶すのよ。
自分より下と思える相手を探して攻撃すれば、簡単に正義の味方になれるからね。

コメント返信

Abc様

親鸞会会員は知識帰命に陥り、諸行往生もどきの教えを信じて、気合で頑張って現世利益を追い求めています。浄土方便の善とは化土往生の行業であることを知らずに、方便の間違った意味を植え付けられて念仏一行を称えられない会員は哀れです。


林遊@なんまんだぶ様

高森会長の話は浄土真宗の教えではないので、私も「法話」という言い方はなるべく避けています。高森教としてやっていくならお好きにどうぞですが、浄土真宗、親鸞の名を看板に掲げていく限りはそのデタラメ創作教義を批判してゆくしかありません。


愚愚流様

問題のある説法ですか・・・本願寺教団は親鸞会より比較にならないほど多くの僧侶がいますし、どんな内容の話をするか自由といえば自由ですからね。知り合いや内部の人間ならまだしも、我らには口出しできないことが往々にしてあるでしょう。具体的なよい方法が思いつきませんが、相手は僧侶でこちらは一信徒ですからうまくないです。

Re:林遊さん

こんばんわ、Abcです。

>〉そのような意味で「慚愧無き真宗は外道に堕する」といいますが、高森親鸞会を脱会し自己批判することなく口を拭って法を説く真宗坊主に変身して法を説く輩は好かんです。(林遊さん)

 それは、私のことでありましょうか。では、逆に聞きます。
「慚愧無き真宗は外道に堕する」とありますが、「慚愧」が必ず必要なのでしょうか。

 私見を失礼いたしますが、私は親鸞から「無慚無愧のこの身にて」と聞いております。林遊さんが、自らの行いを悔いることは一向に構いませんが「慚愧せよ」と他に伝えることは如何かと存じます。 阿弥陀さまは「自らの行いによって悔いる必要はない。 私(阿弥陀)が信心の行者をすくう。」と申されております。

 そのように「阿弥陀さまが「ただいま助ける」」と言われていることが「自然法爾」であり「不回向の行」なのではないのでしょうか。

 また、Abc自身は「なんまんだぶの御法義」とは、「『義なきをもつて義とす』法義」と考えております。(もちろん、先述した「自然法爾の法義」「不回向の義」とも考えております。)

確かに自らの行いを顧みることも必要なのかもしれません。ですが、それは「今後どの様な生き方をしようか」という「利算的な生き方」に対する慚愧であり、「なんまんだぶを称える中での生き方」ではないのではと存じます。

とわの闇より すくわれし
身の幸(さち)なにに くらぶべき
六字のみ名を となえつつ
世の生業(なりわい)に いそしまん (真宗宗歌 2番)

ー私釈ー
永久の闇(世の盲冥)から救われたしあわせを 何と比べることが出来ようか
 「なんまんだぶ」ととなえながら 日常の生活を送っていくのである

「「なんまんだぶ」を知らずに流転していること」も阿弥陀さまの縁(えにし)であり、
「「なんまんだぶ」を知らしめるために立ち上がられた七高僧、親鸞、及び上代の上人たちがおいでになられた(なられている)こと」も阿弥陀さまの縁(えにし)であり、
「「なんまんだぶ」を知ろうとお聖教を手に取り、読み、またこのようにして他者に意見を問うこと」も阿弥陀さまの縁(えにし)であり、
「そのようにしてなお「なんまんだぶ」の御法義、また頼もしさを知り、「なもあみだ、なもあみだ」と称えること」も阿弥陀さまの縁(えにし)であるのではないでしょうか。

 私はそのように考えております。

なもあみだ なもあみだ
Abc
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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