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「聞く一つ」と連呼するも、今年もついに『何を「聞く一つ」なのか』明らかにしなかった高森顕徹会長

日曜日の高森顕徹会長の話はまたまたいつもの演題

『聞く一つで、大船に乗せる』ということは、阿弥陀仏の命を懸けたお約束だからです」とは、どんなことでしょうか。

についてでした。内容の一部は既に

『飛雲』「よき人の仰せ」を知らないどころか踏みにじる高森顕徹会長

に紹介されている通りです。


高森会長は「聞く一つ」の根拠として本願成就文の「聞其名号」、また「信文類」

「聞」といふは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし、これを聞といふなり。

のお言葉を挙げていましたが、今年もついに『何を「聞く一つ」なのか』明らかにしませんでした。一方で、

「聞く一つ」と聞いても頼りない気がする。

と何度も言っていたようですが当然です。その後、話があったのは創作『二河白道の譬え』『歎異抄』第二章で、よく分からないがとにかく富山に来て高森顕徹会長の話を聞き続けていけという内容が繰り返されただけだからです。ここが決勝点、ここがゴール、ここが卒業だといくら聞いても、富山へ来て高森会長の話を聞き、月々の会費やその度募られるお布施を納め、新たに聞く人を勧誘し、上司の指示に無条件で従ってゆく。毎年毎年この繰り返しで終わってゆくのですから、「頼りない気がする」のは当たり前です。一応、終盤で

「よき人の仰せを被りて」の「被りて」が大切、これが「聞きて」であり、「聞く一つ」

とは言ったものの、「よき人の仰せ」が間違っているのですから説いたことになりません。


さて、飛雲さんが挙げられた尊号真像銘文には続きがあります。

またいはく、「当知生死之家」といふは、「当知」はまさにしるべしとなり、「生死之家」は生死の家といふなり。「以疑為所止」といふは、大願業力の不思議を疑ふこころをもつて、六道・四生・二十五有・十二類生[類生といふは一、卵生 二、胎生 三、湿生 四、化生 五、有色生 六、無色生 七、有相生 八、無相生 九、非有色生 十、非無色生 十一、非有相生 十二、非無相生]にとどまるとなり、いまにひさしく世に迷ふとしるべしとなり。
「涅槃之城」と申すは、安養浄刹をいふなり、これを涅槃のみやことは申すなり。「以信為能入」といふは、真実信心をえたる人の、如来の本願の実報土によく入るとしるべしとのたまへるみことなり。信心は菩提のたねなり、無上涅槃をさとるたねなりとしるべしとなり。


【現代語訳】
また 「当知生死之家」 ということについて、 「当知」 とはよく知るがよいということであり、 「生死之家」 とは生れ変り死に変りし続ける迷いの世界のことをいうのである。 「以疑為所止」 というのは、 大いなる本願の思いはかることのできないはたらきを疑う心によって、 六道・四生・二十五有・十二類生という迷いの世界にとどまるというのであり、 今に至るまでの長い間このような世界に迷い続けてきたと知るがよいというのである。 「涅槃之城」 というのは、 安養浄土のことをいうのであり、 これは涅槃の都ということである。 「以信為能入」 というのは、 真実信心を得た人は阿弥陀仏の本願に誓われた真実の浄土に往生することができると知るがよいというお言葉である。 信心はさとりを開く因であり、 この上ない涅槃に至る因であると知るがよいというのである。

これは法然聖人の『選択本願念仏集』

まさに知るべし、生死の家には疑をもって所止となし、涅槃の城には信をもって能入となす。

のお言葉を解説されたものですが、こちらでは

信心は菩提のたねなり、無上涅槃をさとるたねなりとしるべしとなり。

菩提のたね、無上涅槃をさとるたねは信心であると仰せです。「仏名をとなふる」「御名を称する」という念仏と「真実信心」という信心とは、共に、「無上涅槃のさとりをひらくたね」「無上涅槃をさとるたね」だというのです。念仏は信後のオマケ程度にしか考えられない会員は理解不能でしょうが、信心とは、念仏称えて往生できると深く信じた心のことです。言葉を換えると、念仏一行と心が定まったことを信心というのです。

念仏と無関係な信心ではありません。阿弥陀仏が法蔵の昔、どうしたら一切衆生を平等に救うことができるか五劫の間思惟せられて、一切の自力の行を選び捨て、ただ称名念仏一行を往生の行と選び択られたのですから、法の側から言えばこうした選択本願の大行こそが「無上涅槃のさとりをひらくたね」なのです。

ところが、これを受ける機の側が本願に相応していない、自力心が邪魔をしていると本願のはたらきが妨げられてしまいます。具体的に言えば、ただ口に称名ばかり称えたら往生できると思っていたり、自力修行の一つとして念仏をとらえていたり、念仏を自分の功徳として、それを積み重ねて助かろうとしていたりすることです。それでは往生は「おほきにおぼつかなき次第」であるというのです。

だから蓮如上人は繰り返し「南無阿弥陀仏の六つの字のこころ」を説かれ、今称えている南無阿弥陀仏にはこのようないわれがあるのだよ、それをよく心得るのが信心決定なのだと教えられたのでした。

それ人間に流布してみな人のこころえたるとほりは、なにの分別もなく口にただ称名ばかりをとなへたらば、極楽に往生すべきやうにおもへり。それはおほきにおぼつかなき次第なり。他力の信心をとるといふも、別のことにはあらず。南無阿弥陀仏の六つの字のこころをよくしりたるをもつて、信心決定すとはいふなり。そもそも信心の体といふは、『経』(大経・下)にいはく、「聞其名号信心歓喜」といへり。

善導のいはく、「南無といふは帰命、またこれ発願回向の義なり。阿弥陀仏といふはすなはちその行」(玄義分)といへり。「南無」といふ二字のこころは、もろもろの雑行をすてて、疑なく一心一向に阿弥陀仏をたのみたてまつるこころなり。

さて「阿弥陀仏」といふ四つの字のこころは、一心に弥陀を帰命する衆生を、やうもなくたすけたまへるいはれが、すなはち阿弥陀仏の四つの字のこころなり。されば南無阿弥陀仏の体をかくのごとくこころえわけたるを、信心をとるとはいふなり。これすなはち他力の信心をよくこころえたる念仏の行者とは申すなり。
『御文章』5帖目11通

もろもろの雑行を捨てて疑いなく阿弥陀仏におまかせすること、ただ念仏をもって私を助けようとされている仏意に疑いないのが「信心をとる」ということだと仰せです。この真実信心が「無上涅槃をさとるたね」なのです。会員は真実信心といっても「地獄一定と極楽一定が同時に知らされる」といったハッキリスッキリ体験位にしか考えられないでしょうが、南無阿弥陀仏の六字のすがた以外にはありません。


創作『二河白道の譬え』『歎異抄』第二章で高森顕徹会長が訴えたいことは、自力の命がけの求道です。「次も来てもらうこと」「勧誘して一人でも多く高森教徒になってもらうこと」「一円でも多く献金してもらうこと」「高森会長の指示に無条件で従ってもらうこと」おおよそこのような組織拡大、私利私欲を満たすのが目的の高森会長は、念仏と信心の関係も、聞くべき南無阿弥陀仏の六字のこころも何も話しません。それで聞く者が信心決定するという方がおかしいです。高森会長の「聞く一つ」の話が「頼りない気がする」のは当然で、聞くべき法を聞いて安心させてくれない、無常と罪悪にせめたてられてなおもウソの白道を進まなければならないからです。

この度も「白道は弱い聞法心」と邪義をまき散らしていましたが、親鸞聖人の仰る「白道」には他力の意味しかありません。高森会長の自力の命がけの求道という教えを信じて騙され続ける会員は哀れ哀れです。そんなことより、阿弥陀仏が我々を助けようと命がけの求道をされたことを聞かせて頂き、本願成就の南無阿弥陀仏を受けなければなりません。心ある人は、急いで求道ごっこの邪偽の法門を離れ、他力弘願の法門に入って南無阿弥陀仏の六字のこころを聞き、お念仏して真実報土の往生を遂げる身となって頂きたいと思います。



【参照】
『飛雲』「正定の業因はすなはちこれ仏名をとなふるなり。正定の因といふは、かならず無上涅槃のさとりをひらくたねと申すなり。」が絶対に理解できない高森顕徹会長
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Abcです

こんばんわ、Abcです。

まことに、高森さんには困ったものです。「六字の嘉号」を「弱い聞法心」というのはなんとも・・・

>まさに知るべし、生死の家には疑をもって所止となし、涅槃の城には信をもって能入となす。

は、『正信偈』では、
「選択本願弘悪世
 還来生死輪転家 決以疑情為所止
 速入寂静無為楽 必以信心為能入」 
に当たります。以下に一句ごとに観ていきましょう。

 選択本願弘悪世
※こちらは大前提で、この文には示されていませんが、
「「南無阿弥陀仏 往生之業 念仏為本」といふは、安養浄土の往生の正因は念仏を本とすと申す御ことなり」になります。「念仏往生の願を濁世に施せられ」ともいいます。

 還来生死輪転家 決以疑情為所止
※こちらは、
生死の家には疑をもって所止となし

です。各色付けの箇所となっております。

速入静無為楽 必以信心為能入
※こちらは、後半「涅槃の城には信をもって能入となす

です。こちらも各々対応しております。

私が、示したものはあくまで『正信偈』からでありますが、ほかの方は『選択集』から開かれていたり、『教行証』から開かれていたり、はたまた『御文』に対応させていたりと各色様々であります。ただ、もちろん「南無阿弥陀仏(阿弥陀様のお計らい)」の箇所は共通です。

なもあみだ なもあみだ
Abc

聞法心とは?

基本的な質問で申し訳ありません。
「白道は弱い聞法心」という言葉が出てきましたが、「弱い聞法心」があるのならば「強い聞法心」もあるのかなあ?とぼんやりと考えておりました。ここで疑問になったのが、そもそも「聞法心」という言葉が浄土真宗にあるのでしょうか?

ネットで検索すると「聞法」という言葉はいろいろと出て参りますが「聞法心」となると親鸞会に関連するサイトしかヒットしません。私が寡聞なだけと思いますが、「聞法心」とは「聞法」に「心」の字を足した(親鸞会製の?)造語のように思いますが、いかがでしょうか?親鸞会だけでしか使われていない用語は自分の中から排除したいので、質問させていただきました。よろしくお願いします。

Re: 園児様

> そもそも「聞法心」という言葉が浄土真宗にあるのでしょうか?

⇒私も知らないです。私も造語のように思います。菩提心、求道心等の言葉に合わせて「聞法心」と使っているような気がしますが、ハッキリとは断言できません。


意味合いとしては単に法を聞こうという心、法を求めようとする心のことなのでしょうが、何にせよ高森会長は自力の命がけの求道を推し勧めるために創作『二河白道の譬え』を用います。そこで、敢えて使いますが「弱い聞法心」というのは会員には実にしっくりくる表現だと思われます。内外からの障害によって中々法を聞こうとしない、思うように求道聞法できない、白道を進めない。あぁ、高森先生の仰る通りだなぁ、私には弱い聞法心しかないなぁと実感がわくのです。私もかつてはそうでした。

そのように会員の心を掌握し、我が説くところこそ真実だと思わせんがために使っている言葉であろうというのが現時点での分析です。また何か分かりましたら書きたいと思います。

やはり、そうですか

淳心房様
ご返信ありがとうございました。私も造語ではないかと思いました。聞法とは文字通りでは「仏法を聞く」ということですが、聴の字の「聴く」が「耳をそばだてて、自分からききにいく」に対して「聞」の字は「(聞こうとしなくても)聞こえてくる」 という意があるようです。本来の聞法とは「阿弥陀仏の救いを聞く」「阿弥陀仏の呼び声を聞く」ことで他力のお働きを表す言葉と思います。

聞法に「心」の字を足した「聞法心」は他力の働きである聞法を自分の心(力)で聞きにいくという印象がありますので、阿弥陀仏の他力を説く浄土真宗の教えにはそぐわないのではないかと思いました。

親鸞会時代は聞法心の有無を問われたことが結構ありました。(親鸞会流の)宿善の有無も聞法心の有無ではかるというような感じでした。今思うと浄土真宗から離れた「親鸞会流の宿善」に造語の「聞法心」を掛け合わせた珍しき教義だったように思います。

Re: 園児さん

こんばんわ、Abcです。

>ここで疑問になったのが、そもそも「聞法心」という言葉が浄土真宗にあるのでしょうか?

とくに、思い当たりませんね。淳心房さんと同じく「聞法」なら用いることはございますが、「聞法心」は聞き覚えはありません。

>聞法に「心」の字を足した「聞法心」は他力の働きである聞法を自分の心(力)で聞きにいくという印象がありますので、
 阿弥陀仏の他力を説く浄土真宗の教えにはそぐわないのではないかと思いました。

さようでありますね、私のところは殊に「第十八の念仏往生之願、またを一向専修と名づけ選択摂取の利益、一切に伝えせしめん」と言われておりますので、「第十八の念仏往生」、「一向専修」、「選択摂取の利益」という言葉を使います。

追伸
先に私が記した「文言の対応」は果たしてご参考になったでしょうか。大変拙い文章でありますので、心残りではあります。

なもあみだ、なもあみだ
Abc

Abc様へ

いつもご教示ありがとうございます。

>とくに、思い当たりませんね。淳心房さんと同じく「聞法」なら用いることはございますが、「聞法心」は聞き覚えはありません。

Abc様のお答えで「確信」しました。ありがとうございます。
実は現在「私版-真偽検証」を作成しております。今さら親鸞会の邪義を調べてもあまり意味がありませんが、自分の中に埃のように積もっている邪義を一掃したいがためです。「二河白道」のような大きなテーマについては「飛雲様」や当「真偽検証様」で話し合われますが、もっと小さなたとえ話に至るまでねつ造や改ざん、パクリに満ちています。小出しになると思いますが、おいおい公表して行きたいと思います。「聞法心」もねつ造教義としてリストに入れました。

>追伸
先に私が記した「文言の対応」は果たしてご参考になったでしょうか。大変拙い文章でありますので、心残りではあります。

拙いなんてとんでもありません。いつも、参考にさせていただいております。
「選択本願弘悪世
 還来生死輪転家 決以疑情為所止
 速入寂静無為楽 必以信心為能入」 
七高僧としての教えの順番で法然上人の教えが一番最後に出て参りますが、Abc様が挙げられたこの御文が正信偈の結語の文とずっと思えてなりませんでした(現在もそうですが)。今生と来世という二世の話ではなく、遠く遠く過去から迷ってきた世界と未来永劫の浄土往生の世界を決する教えであるということに果てし無く大きな物を感じます。凡夫である私側の「弱い聞法心」などとは決して交わることの無い世界だと思います。

なにを聞くのか

聞其名号
衆生仏願の・・・

と書いておきながら、高森会長がなにを聞くかハッキリ説いて無いとな???

ダラ!

名号も衆生仏願の・・・も「聞」と聞いて無い証拠ww

あさましきかな

聞法心

聞法する人には10人居れば10通りの心、100人居れば100通りの心が有ります。

仏一音をもって説法をえんぜつしたもうに、衆生るいにしたがって解をことにする。

聞法したならば必ず心は付き物です。

設有大火・・・

たとい大千世界に・・

火の中をわけても法は聞くべきに・・・

いずれも心を問題にしてます。

Re: 文章長いから読んでません様

言葉は出していても、中身を説いていないし、その内容も間違っています。南無阿弥陀仏とはどんな心ですか? 高森会長は説いていたのですか? だから

> 高森会長がなにを聞くかハッキリ説いて無い

と言っているのです。

「聞法心」については、そういう言葉が真宗にあるかどうかということを論じているのです。まず読んで内容を把握してからコメントなさい。読めないなら黙ってて下さい。

聞其名号

聞というは・・・

他力の信心獲た方は、これで十分。

名号の解説書が一切経、教行信証。
貴殿方これが解って無いようですね!

自力の信心の方は、全く解らない。
解るまで聞き求めるのが聴聞。

聞法心が真宗の言葉かどうか?

それを論ずる前に貴殿方の聞法に心は無いのですか?

真宗の言葉かどうか、論ずるより、信心の沙汰をして下さいm(__)m


No title

長い文章は読めないでしょうから、簡潔に。

他力の信心とは、念仏往生と深く信じた心。

高森会の信心とは、念仏無間と深く信じた心。

全く違うことが信知させられました。

No title

親鸞聖人は教行信証にどう教えておられるか。

一切経は、聖道門と浄土門の二つにわかれ、聖道門は釈尊在世と正法の時機のための教えであり、外道から仏教に引き入れるための教え。
浄土門は、諸行往生と念仏往生にわかれ、諸行往生は聖道門から浄土門へ引き入れるための教え。
念仏往生とは、念仏称えた者を往生させてみせるという教え。

これを聞くことを「聞」と言う。

高森会長は、念仏称えて助かると言うのは間違いだと言っているから、完璧な邪義で、この異安心の高森会長の話を聞いたら、往生できない。

お解かりかな?

造語に拘る貴殿方

平生業成・・・浄土真宗の教え

釈迦は一言も言われていない

故に真宗は仏教に非ず!

ですか????




釈迦は名号の解説に45年かけても、説き尽くせなかった。

高森会長さんがたった一日で出来る訳がない。

ましていわんや貴殿方!出来る訳がない!

問題は求道心
大宇宙が火の海原になってでも、その中かき分けて聞き抜く、という心になるかどうか!

面々の聞法の際の心を見つめて頂きたいm(__)m

No title

>高森会長さんがたった一日で出来る訳がない。

70年間の布教で、真実に近い事は何も語れなかったのですよ。

真実は、念仏往生、念仏成仏。

邪教は、念仏称えていただけでは死んだら無間地獄。

これほど違う訳よ。

せいぜい負け惜しみを言い続けていたまえ。

Re: 文章長いから読んでません様

仏願の生起本末

の「本」を18願、「末」を19願・20願とか珍しいことを説いている高森会長の話を聞いて、疑心が無くなったらえらいことですわ(笑) 教行証文類、浄土三部経すら読めていない(読んでも理解していない)のに、名号の解説などできるはずがないでしょうよ。


> 釈迦は名号の解説に45年かけても、説き尽くせなかった。
>
> 高森会長さんがたった一日で出来る訳がない。
>
> ましていわんや貴殿方!出来る訳がない!

なら今日臨終の人は助かりませんな。文章長いから読んでませんさんが信奉している高森会長の教えが平生業成ではないことがよく分かりました。

信心の沙汰さん
親鸞会さんのsの字も知らん


今臨終という方は、仏縁厚ければ、危機感を感じ頭燃を払うが如く聴聞されたら、聞(もん)と聞ける可能性も高いでしょう。

信心の沙汰さん、浄土宗け?

真宗は 信心正因 称名報恩!

お礼したものを助ける教えではありません

No title

お笑い。

念仏往生、念仏成仏

共に親鸞聖人のお言葉だよ。

高森会長のデタラメを信じていると恥をかくんだよね。

お聖教読んでから言いたまえ、無知の無恥の会員。

Re: 文章長いから読んでません様

> 仏縁厚ければ
> 危機感を感じ頭燃を払うが如く聴聞されたら
> 聞(もん)と聞ける可能性も高いでしょう。

上の二条件を揃えても必ず助かるわけではないし、二条件を揃えていない人はダメなんですね。無条件の救い、全人類の救われるたった1本の道という割には随分と敷居の高いこと。で、何を聴聞するんですか? 宿善を厚くする教え? 創作『二河白道の譬え』? 親鸞会流『三願転入の教え』? ちなみに『観経』下品下生の悪人は阿弥陀仏を念じることさえできず、善知識の勧めのまま口に十声念仏して往生していますが、高森教徒は当然知らないんですね。

念仏という法によって救われるわけで、念仏は単なるお礼ではありません。念仏はお礼位の認識しかない貴方は浄土真宗に無知な高森教徒以外の何者でもないことが明らかに知られます。

聞法心なるもの

文章長いから読んでません様、書き込みが多義に渡って、的を得ませんので以下の部分だけに返信します。

「それを論ずる前に貴殿方の聞法に心は無いのですか?」

はい、私の聞法にはまったく心がありません。
阿弥陀仏の救いの法を聞いてあれやこれやの自分の心を差し挟むことは「自力のはからい」です。「大無量寿経」が「我聞如是」と始まるのは「私は(自分の心を差し挟まず)この通りに聞きました」という宣言です。蓮如上人も「仏法には無我と仰えられ候、我と思うことは、いささか、あるまじきこと也」と無我を説かれました。文章長いから読んでません様のように聞法に心があるか無いかを問うのは阿弥陀仏の他力のお救いに不要な自力の心に目が向いている証拠だと思います。

浄土真宗において聞法は大事な言葉ですが、
「聞法心
聞法する人には10人居れば10通りの心、100人居れば100通りの心が有ります。
(中略)
聞法したならば必ず心は付き物です。 」といった「聞法心」なるものは不要だと思います。
(この位の長さの文章なら読めますか?)

一人一日のうちに八万四千の憶いあり

聞法に心ないとな?

聞法の日を予定にいれるのも、会場に足を運ぶのも、みな心が体に命令してするのでは?
身口意の三業から学んだら?

念仏往生の願

18願成就文 聞其名号

念仏往生の言葉だけ出して・・・

愚の骨頂ww

No title

念仏往生、念仏成仏が親鸞聖人の教えだとわかったの?

無視は無いんじゃないの?

聞法心は、言葉遊びでごねているけど、

結局のところ何を聞くか?

の根本が間違っていることを知りたまえ。

無知無恥の会員へ。

念仏往生の願=18願

18願成就文 聞其名号

念仏往生の言葉だけ出して・・・

愚の骨頂ww

No title

18願成就文 聞其名号

これは念仏と信心の両方の意味があるんだよね。
高森会長の無知を信じているから恥を晒してるけど。

証拠は

教行信証を纏められた浄土文類聚鈔と三経往生文類

現代文さえ読めないから古文は読めないだろうけど。

念仏と信心の関係知ってる?(笑

それと名号の関係!

No title

知らないじゃないの(笑)

君の知っているのは高森邪義だけ

お聖教を読みたまえ。読めないか

信心の沙汰さんは、名号と信心と念仏の関係しってるの?
お聖教になんと書いてあるの?

分かりやすく説明出来るかな?
無理だよね(笑

No title

そうくると思った(笑)

わかりやすいね。

じゃあ教えてあげるよ。

名号を称えると念仏
念仏を称えたものを極楽に迎えるという阿弥陀仏の誓いを深く信じたのが信心

根拠を示そうか?
君には読めないよね。

No title

無知無恥の教えでは

阿弥陀仏のお手元にあるのが名号
私のところに届いたのが信心
そのお礼が念仏

こんなのを聞いているのでしょ、だから聞していないって言っているんだけどね。

No title

18願は念仏往生の願だと認めているんだね。

念仏往生とは、念仏称えて往生する

これは高森会長の言うことを否定しているんだけどわかってるのかね。

頭がわ●いからわからないんだろうね。

お聖教には?と書いたのに・・・

No title

だからお聖教にこうあると教えてあげたの、現代語でね

原文が知りたいの?
いいよ示したら君は間違いを認めるのか?

称える前の名号は?仏壇にあるの?
あっ、君ら木像か!

原文でしめしてよ!

現代文は読む人の解釈がはいるから!
あフォな貴殿方みたいに(笑

念仏往生さん

私より文章読んで無いのね(笑

信心正因
称名報恩


皆様、深い深いというけど・・・どれくらい深いの琵琶湖ほど?(笑

No title

弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきことにて候ふなり。(末灯鈔)

阿弥陀仏の誓いとは、

「名号をとなへんものをば極楽へ迎へん」

★名号を称えない者は阿弥陀仏の誓いには入っていない。

信心とは、

「弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じて」

★名号を称える(念仏)で助かると深く信じたのが真実信心

キミの低知能でも理解できるかな?
まあ、無理だろうね。

No title

だからさ、念仏往生ってどんな意味だと思っているわけ?

お礼の念仏称えたら往生できると思っているの?

あなたはBakaだね

No title

意味も知らないで使っているようだから教えてあげるわ。

信心正因
称名報恩

これは、称名念仏で往生できると深く信じた(深信)のが正因
救われた後は何もしなくても良いという邪義に対して、救われた後の念仏は報恩になる

こういうことだよね。

それを勘違いしたのが高森会長。

念仏に関係ない信心があると思っているのだから。

ついでに教えておくと、蓮如上人が仰っている

なにの分別もなく口にただ称名ばかりをとなへたらば、極楽に往生すべきやうにおもへり。それはおほきにおぼつかなき次第なり。

これはね、念仏を称えているだけでは「おぼつかなき」なのであって、「不可なり」ではないんだよ。
往生できる人もあるしできない人もある、その違いが信心(念仏称えて往生できると深信)したかどうかってこと。


長い文章は読めないんだったね(笑)

No title

「深く信じて」これは親鸞聖人のお言葉

これにケチを付けるのが外道高森会

深く信じて=深信

この単純なことさえ気がつかないなんて、無知無恥だよね。

ダラ!

役者が台詞でとなえてもけ?

元旦に念仏称える習慣にすれば全員極楽ながにね(笑

違い有るの?深い、浅い?

だから深いをとりあげたのに・・・

貴殿方みたいに、博学で念仏称えている方々は皆様極楽行き、さぞハッキリしているのでしょうね(笑

私は地獄でのんびり眺めてます♪

結局

深信とは、皆様使われるけど・・・

全くわかってない事がハッキリした

No title

浅学のじゃなかった無学のキミに教えてあげるよ。

また一向名号をとなふとも、信心あさくは往生しがたく候ふ。されば、念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり。(末灯鈔)

信心に浅いと深いがあると親鸞聖人が教えておられるのよね。

違いは、正像末和讃に答えがあるよ。
キミにはどうせ読めないからここには示さないよ。

ダラ!

浅い
深い
の境目は?

No title

>深信とは、皆様使われるけど・・・

>全くわかってない事がハッキリした

負け惜しみね。
これも教えてあげるよ。

二つには深心、すなはちこれ真実の信心なり。自身はこれ煩悩を具足せる凡夫、善根薄少にして三界に流転して火宅を出でずと信知す。いま弥陀の本弘誓願は、名号を称すること下至十声聞等に及ぶまで、さだめて往生を得しむと信知して、一念に至るに及ぶまで疑心あることなし。ゆゑに深心と名づく(教行信証)

法の深信は、「弥陀の本弘誓願は、名号を称すること下至十声聞等に及ぶまで、さだめて往生を得しむ」つまり、十回念仏を称えたものから念仏を称えることを聞いたものまで、必ず往生できると深信すること。


長い文章は読めないし、古文も読めないでしょ。

結論だけ

法の深信とは、念仏を称えたものは極楽に往生できると深く信じたこと


高森会長の嘘が少しはわかった?
まあ、無理かな。

No title

浅い深いの差は何か?
正像末和讃から1つだけ示しておくわ。

罪福信ずる行者は
 仏智の不思議をうたがひて
 疑城胎宮にとどまれば
 三宝にはなれたてまつる

「罪福信ずる」が浅い

キミの頭ではわからないでしょうけど。

信心の沙汰さん、とんちんかん(笑

深の、ふかさをおたずねしてるんですが・・・

信知、は、ふかさを表す言語はありませんが!

No title

浅い深いを蓮如上人のお言葉から

「専雑執心判浅深 報化二土正弁立」といふは、雑行雑修の機をすてやらぬ執心あるひとは、かならず化土懈慢国に生ずるなり。また専修正行になりきはまるかたの執心あるひとは、さだめて報土極楽国に生ずべしとなり。これすなはち、専雑二修の浅深を判じたまへるこころなり。(正信偈大意)

浅い=雑行雑修の機をすてやらぬ執心
深い=専修正行になりきはまるかたの執心

専修正行とは、雑行雑修を捨てて念仏一行になりきわまったこと

蓮如上人も、念仏称えて極楽に往生できると深く信じた(専修正行になりきはまる)のが信心だと教えておられる訳よ。


キミの知能では長い文章は読めないんだったね。

No title

>信知、は、ふかさを表す言語はありませんが!

キミの頭の悪さには恐れ入るよね。

二つには【深心】、すなはちこれ真実の信心なり。自身はこれ煩悩を具足せる凡夫、善根薄少にして三界に流転して火宅を出でずと信知す。いま弥陀の本弘誓願は、名号を称すること下至十声聞等に及ぶまで、さだめて往生を得しむと信知して、一念に至るに及ぶまで【疑心あることなし】。ゆゑに【深心】と名づく


深心、疑心あることなし

キミは義務教育を終了していないのか?

No title

会員の頭のわ●さは、一流ですね。

このやり取りを見て、普通以上の知能のある稀な会員は親鸞会を辞めるでしょう。

深い浅いの差でなくて~
境目!!!

極楽かいなかの水際!

No title

キミは頭が悪すぎ

浅い=雑行雑修の機をすてやらぬ執心
深い=専修正行になりきはまるかたの執心

これを読みたまえ。

んで?境目は?

念仏者が初詣行ったら他力の信心崩れるとな?(笑
親に頼まれて、しゃーなしに行くのにww

信・・・ふかさを表す・げ・ん・ご・は無い
知・・・ふかさを表す・げ・ん・ご・は無い

ピッかピッかの一年生ww
ランドセル買った?

No title

負け惜しみね。

>念仏者が初詣行ったら他力の信心崩れるとな?(笑

こんなこと誰が言ったのさ。

雑行の意味も知らずに使っているから恥をかくんだよね。

念仏者が初詣行って雑行になるの?

そんなこと、親鸞聖人蓮如上人はどこに仰っているの?

お・し・え・て

No title

結局ね、

専雑執心判浅深

という親鸞聖人のお言葉を、否定するしかキミの主張の正しさを言えないってことだよね。
そして蓮如上人の解説も間違っているとね。
正しいのは高森会長だけだ!!!ってことでしょ。

それで真宗なの?
やっぱり高森教だよね。

No title

浅い深いの境目は

親鸞聖人 専雑執心
蓮如上人 「雑行雑修の機をすてやらぬ執心」と「専修正行になりきはまるかたの執心」
================================
 (大きな大きな大きな溝)
================================
馬鹿会員 念仏者が初詣行ったら他力の信心崩れるとな?

No title

信知=深信

これは高森会長でさえ言っている超ウルトラスーパー常識

この超ウルトラスーパー常識も知らない超ウルトラスーパーBaka

結局
境目は根拠あげて終わり?

浅く成ったり深く成ったりするの?
・・・・・・

私が言った念仏者とはご門徒の事でもありますが・・・

No title

結局何も根拠なく、屁理屈を言い続けたってことだよね。

だから信知の意味も知らない、雑行の意味も知らない、もちろん信心なんて知らない

だから

>浅く成ったり深く成ったりするの?

アホの代表だわ

結局
境目は根拠あげて終わり?

浅く成ったり深く成ったりするの?
浅い深いは誰がどう判断するの?

私が言った念仏者とはご門徒の事でもありますが・・・

No title

根拠出せって言うから根拠出したんだけど。

現代語の解釈は間違っているとか何とか言っていたのはキミだよキミ

No title

浅い深いの境目は

親鸞聖人 専雑執心
蓮如上人 「雑行雑修の機をすてやらぬ執心」と「専修正行になりきはまるかたの執心」
================================
 (大きな大きな大きな溝)
================================
馬鹿会員 念仏者が初詣行ったら他力の信心崩れるとな?
     境目は根拠あげて終わり?

No title

キミの言葉だ


>原文でしめしてよ!

>現代文は読む人の解釈がはいるから!


>原文でしめしてよ!

>現代文は読む人の解釈がはいるから!


>原文でしめしてよ!

>現代文は読む人の解釈がはいるから!


>原文でしめしてよ!

>現代文は読む人の解釈がはいるから!

No title

2018-12-30(11:06) : 文章長いから読んでません
以下引用

>信心の沙汰さんは意味不明!
>き・ち・が・い???

>コメントおかしい

(現在は削除済み)


浅い深いの境目は

親鸞聖人 専雑執心
蓮如上人 「雑行雑修の機をすてやらぬ執心」と「専修正行になりきはまるかたの執心」
================================
 (大きな大きな大きな溝)
================================
馬鹿会員 念仏者が初詣行ったら他力の信心崩れるとな?
     境目は根拠あげて終わり?
     意味不明!き・ち・が・い???

No title

捨てゼリフを残して(削除して)逃亡でした

No title

今回も酷いですね。高森会のレベルがよく分かります。
高森会は会長からの受け売りで根拠のない理屈を言い続けるだけ。
退会者が親切に根拠を挙げると難癖をつける。

これで浄土真宗名乗るの?

高森会の諸君、己が低能を思慮せよ!

盛り上がってますね♪

携帯でチマチマやってるので・・・皆さんのように迷文ではありませんが!

貴殿方、肝心要の水際、ハッキリ説かれないね♪

根拠は素晴らしいけど、その前後が・・・ハッキリせん

3拍手・・・

君ら念仏称えて喜んでるだけか!

No title

念仏誹謗しているだけか
悔しいんだねわかるよ、だったら教学自慢を連れて来な。完膚なきまでに叩きのめしてあげるからさ。

No title

>根拠は素晴らしいけど、その前後が・・・ハッキリせん

親鸞聖人と蓮如上人を誹謗しているんだね。

地獄一定と叩き落とされたその時に極楽一定と救われた

これが前後なの?

完全に土蔵秘事じゃないかよ

No title

高森センセに手紙書いて反論してもらえよ

高森会長では反論できないけど

No title

親鸞会お得意の負け惜しみ~

これに近い内容は、何度も法論している訳ですよ。
当然、親鸞会の全戦全敗。

W部さんでもK玉さんでも、M野さんでもいいからさ、ここへ連れてきて法論しようよ。

素晴らしい根拠をもっともっと出してあげるから。

キミのような親鸞会で底辺の人間には、遠慮して根拠を控えて出しているんだよ。

いくらでも根拠出せるから、土蔵秘事のキミらに勝ち目は0.0001%もないんだよ。

No title

文章長いから読んでませんさんは、自分は教学がないから言い返せないけど、教学のある講師や会長なら簡単に言い負かすことができると思っているのでしょう。

それなら、そういう人をここに連れてこれば良いよね。
でも誰も来ないし、相手にするなと叱られるだけ。何でかわかるか?

今まで何百回も法論して、会長以下講師も幹部も誰一人退会者に勝てなかったのだから。

会長が講師に通達を出しているのよ、退会者と法論してはならないとね。

その通達を知らない文章長いから読んでませんさんは、末端の会員ってことだね。

少しはお聖教を読んで見たらいいよ、読める知能があればだけど。

水際・・・他力の信心かいなか(御伝抄)

なんで誰も言えないの?

念珠みたいに、お聖教のお言葉が他力の信心の糸で繋がってないの?
念珠の珠は煩悩だけど・・・


深信についても、深いと有れど浅いの対義語で出されただけで、深信に大小、厚薄、は無いので!100%!

お聖教を読み破られてる博学者方ならご存知と思いますが!

あっ!後世を知らざる者は・・・

極楽しか行けないんですよね?

No title

>水際・・・他力の信心かいなか

はあ?
キミはニホンジンですか?

ニホンゴワカリマスカ?

水際を親鸞聖人と蓮如上人のお言葉で示したのに、高森邪義と合致していないことで水際ではないと勘違いしているのかニホンゴがわからないかのどちらか。

何れにしても低知能であることは立証されたようです。

水際

水際は

親鸞聖人 専雑執心
蓮如上人 「雑行雑修の機をすてやらぬ執心」と「専修正行になりきはまるかたの執心」
================================
 (大きな大きな大きな溝)
================================
馬鹿会員 念仏者が初詣行ったら他力の信心崩れるとな?
     境目は根拠あげて終わり?
     意味不明!き・ち・が・い????
     水際を言っていない!

No title

信知とは

善導大師 深心、深信
親鸞聖人 深心、深信
高森会長 深信
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
馬鹿会員 どこに深いとあるの

No title

お馬鹿の会員にもうひとつ教えてあげるわ。

定散自力の称名は
 果遂のちかひに帰してこそ
 をしへざれども自然に
 真如の門に転入する
     (浄土和讃)

これが親鸞聖人の水際のお言葉

キミは認めないだろうけど、これが親鸞聖人の教え。

ニホンゴワカリマスカ?

No title

アホのキミには長くて理解できないだろうけど二河譬に

死を怖れてただちに走りて西に向かふに、忽然としてこの大河を見て、すなはちみづから念言すらく、〈この河、南北に辺畔を見ず、中間に一つの白道を見る、きはめてこれ狭少なり。二つの岸あひ去ること近しといへども、なにによりてか行くべき。今日さだめて死せんこと疑はず。まさしく到り回らんと欲へば、群賊・悪獣、漸々に来り逼む。まさしく南北に避り走らんとすれば、悪獣・毒虫、競ひ来りてわれに向かふ。まさしく西に向かひて道を尋ねて去かんとすれば、またおそらくはこの水火の二河に堕せんことを〉と。時にあたりて惶怖することまたいふべからず。すなはちみづから思念すらく、〈われいま回らばまた死せん、住まらばまた死せん、去かばまた死せん。一種として死を勉れざれば、われ寧くこの道を尋ねて前に向かひて去かん。すでにこの道あり、かならず可度すべし〉と。

この念をなすとき、東の岸にたちまちに人の勧むる声を聞く、〈きみただ決定してこの道を尋ねて行け。かならず死の難なけん。もし住まらばすなはち死せん〉と。
また西の岸の上に、人ありて喚ばひていはく、〈なんぢ一心に正念にしてただちに来れ、われよくなんぢを護らん。すべて水火の難に堕せんことを畏れざれ〉と。

この人、すでにここに遣はし、かしこに喚ばふを聞きて、すなはちみづからまさしく身心に当りて、決定して道を尋ねてただちに進んで、疑怯退心を生ぜずして


東の岸にいるときに三定死があり、東の岸にいるときに西の岸にいる人の喚び声を聞き、そして白道に乗って進む。

水際は、東の岸から白道に乗る時。

ただし、西の岸が近くに見えるようにもならない、群賊悪獣悪知識はそのまま、水の河と火の河もそのまま、白道もそのまま。

水際は、東の岸から白道に乗る ただこれだけ。

No title

蓮如上人の水際

すなはち浄土の『観無量寿経』を授けていはく、「これこそまことの長生不死の法なり、これによりて念仏すれば、はやく生死をのがれて、はかりなきいのちを得べし」とのたまへば、曇鸞これをうけとりて、仙経十巻をたちまちに焼きすてて、一向に浄土に帰したまひけり。(正信偈大意)

念仏すれば、はやく生死をのがれて、はかりなきいのちを得べし

これが水際

No title

覚如上人の水際

往生ほどの一大事、凡夫のはからふべきことにあらず、ひとすぢに如来にまかせたてまつるべし。すべて凡夫にかぎらず、補処の弥勒菩薩をはじめとして仏智の不思議をはからふべきにあらず、まして凡夫の浅智をや。かへすがへす如来の御ちかひにまかせたてまつるべきなり。これを他力に帰したる信心発得の行者といふなり。(執持鈔)

往生ほどの一大事、凡夫のはからふべきことにあらず、ひとすぢに如来にまかせたてまつるべし

これが覚如上人の仰る水際


大馬鹿のキミには理解不能だから、

善導大師も親鸞聖人も覚如上人も蓮如上人もキミの気にいる水際を説かれていないんだわ。

残念だな。

まずは中学程度の日本語を学んできな。
キミとは日本語の会話が成立しないんだわ。

No title

いやあー驚きましたね。
親鸞会はこんなにレベルが下がったのですか。
高森会長があの程度ですから、末端の会員はこんなものでしょうね。
日本語は使えない、常識はない、仏語はもちろん知らない、こんなのでよくコメントするなあと呆れます。
少しは日本語の勉強をしてきてからコメントすれば、ここまで馬鹿にされなくて済むのに。
自業自得だね。

***********この後の展開予想**************
誰も水際を言えないんだ
とのたまい続ける
**********************************************

No title

***********この後の展開予想**************
誰も水際を言えないんだ
とのたまい続ける
********************************************

これに賛同(笑)

他力の信心は共に仏の方より賜る信心なれば・・・


私も未学徒よ♪
一緒一緒♪一緒の信心に成れて嬉しいわ(草

No title

良かったね

No title

源空が信心も、如来よりたまはりたる信心なり、善信房の信心も、如来よりたまはらせたまひたる信心なり。されば、ただ一つなり。別の信心にておはしまさんひとは、源空がまゐらんずる浄土へは、よもまゐらせたまひ候はじ
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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