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『興福寺奏状』、『摧邪輪』、『延暦寺奏状』の内容くらい押さえて物を言いましょう

自称「元会員」は承元の法難の直接のきっかけとなった『興福寺奏状』や、明恵上人高弁の著した『摧邪輪』、また嘉禄の法難の遠因となった『延暦寺奏状』も知らずに当ブログに批判コメントを寄せているようです。無知ほど恐ろしいものはありませんが、こうも無知だと哀れです。

まず法然聖人の教えですが、『興福寺奏状』第一に新宗を立つる失。」の中で

もし夫れ浄土の念仏を以て別宗と名づけば、一代の聖教、ただ弥陀一仏の称名のみを説き、

と書いていますから、法然聖人が「ただ弥陀一仏の称名のみ」を教えておられたのは明らかです。諸善(雑行)を捨てて正行を修めよ、正行の中でも助業を傍らにして専ら称名念仏のみを称えよというのが法然聖人の教えです。

往生のためには念仏一行、諸善の勧めは無い

こう教えられたので、聖道諸宗は激昂したのです。善の勧めがあれば、こうは書かれなかったでしょう。

次に、高森会長が意図的に説明を省いた「第六に浄土に暗き失。」には以下のようにあります。

観無量寿経を勘ふるに、云く、「一切の凡夫、かの国に生ぜんと欲せば、まさに三業を修すべし。
一は、父母に孝養し、師長に奉仕し、慈心にして殺さず、十善の業を修す。
二は、三帰を受持し、衆戒を具足して、威儀を犯さず。
三は、菩提心を起して、深く因果を信じ、大乗を読誦すべし」と云云。
また九品生の中に上品上生を説いて云く、「諸の戒行を具し、大乗を読誦すべし」、中品下生に、「父母に孝養し、世の仁愛を行ふべし」と云云。
曇鸞大師は念仏の大祖なり。往生の上輩において五種の縁を出せり。その四に云く、「修諸功徳」、中輩七縁の中に、「起塔寺」「飯食沙門」と云云。
また道綽禅師、常修念仏三昧の文を会して云く、「念仏三昧を行ずること多きが故に常修と言ふ、全くに余の三昧を行ぜずと謂ふにはあらざるなり」と云云。善導和尚は、見るところの塔寺、修葺(しゅうしゅう)せずといふことなし。しからば、上、三部の本経より、下、一宗の解釈に至るまで、諸行往生、盛んに許すところなり。


『観無量寿経』にはこのように諸善を勧められている。曇鸞大師、道綽禅師、善導大師は念仏のほかに諸善を教えたり、塔寺を修繕するなど諸善をされ、諸行往生を許している。それに対して法然は弥陀一仏の称名のみを説いて称名念仏だけを往生行とし、諸行往生を否定している、これは浄土の教えを説かれた経典の文意にも背き、浄土の祖師たちの教えも無視した暴論ではないかというのです。

それから、法然は下品下生のところでわずかに説かれている最下の行である称名念仏を金科玉条としてみなに勧め、経に広く詳しく説き勧められている定善、散善といった尊い諸行を捨てさせるとはなんと不埒なことだ、そんなものは仏法者のするべきことではない、と非難していました。そればかりか、法然は善人も悪人もお浄土へいけば同じ果報を受けることができるといっているが、経釈の文に背くばかりか、明らかに因果の道理に背いた邪見であるといって非難しています。

かの帝王の政を布くの庭に、天に代わって官を授くるの日、賢愚品に随ひ、貴賤家を尋ぬ。至愚の者、たとひ夙夜(しゅくや)の功ありと雖も、非分の職に任せず。下賤の輩、たとひ奉公の労を積むと雖も、卿相の位に進み難し。大覚法王の国、凡聖来朝の門、かの九品の階級を授くるに、おのおの先世の徳行を守る。自業自得、その理必然なり。

ここで「朝廷で叙勲を行う時には、賢愚に応じ、出自の貴賤に応じて行う」と言っています。貴賤の家に応じてというのは仏教として如何かと思いますが、自業自得という仏教の善悪業報の因果の公平さを説明していることは分かります。ここから、聖道諸宗は善悪因果の道理をもって法然聖人を攻撃したことが伺えます。高森会長が因果の道理をもって本願寺や退会者を攻撃しているのと非常によく似ていますね。

ところで、「第七に念仏を誤る失。」には

ここに専修、此のごときの難を蒙らんの時、万事を顧みず、ただ一言に答へん、「是れ弥陀の本願に四十八あり、念仏往生は第十八の願なり」と。何ぞ爾許(そこばく)の大願を隠して、ただ一種を以て本願と号せんや。

と書かれています。弥陀の本願は48あるというのに、どうして他の47の大願を隠し、18願だけを取り出して本願というのか、というのです。18願のみを聞けばよいと教える本願寺や退会者に、19願、20願を持ち出して非難している親鸞会とここでも一致します。

七仏通戒偈をもって浄土宗を攻撃してきていることは『延暦寺奏状』に出てきます。『延暦寺奏状』に

一、一向専修の輩、経に背き師に逆う事

とあり、この中に

諸悪莫作諸善奉行は寧ろ七仏通誡にあらずや。

と書かれてあります。七仏通誡偈を根拠に、諸善を廃することの誤りを指摘しようとしていることが分かります。

また明恵高弁が『摧邪輪』を著して『選択本願念仏集』を徹底的に非難しています。その中で以下のように

解して曰く、発菩提心は、是れ仏道の正因、是れ体声なり。専念弥陀は、是れ往生の別行、是れ業声なり。汝が体を捨てて業を取るは、火を離れて煙を求むるがごとし。咲ふべし、咲ふべし。まさに知るべし。これらの解釈の文は、皆菩提心においては、置いてこれを論ぜず、ただ所起の諸行についてこれを判ず。しかるに本願の中にさらに菩提心等の余行なしと言うは、何が故ぞ。第十九の願に云く、「発菩提心、修諸功徳」等と云々。是れ本願にあらずや。

と具体的に19願を出しているのです。善を勧められた19願は本願ではないのかと。

是れ本願にあらずや

親鸞会の主張そのものです。これ以外にも『観無量寿経』の定散二善を解説し、菩提心等の余行を廃するという法然聖人の教えは、間違っていると長々と述べているのです。


このように、聖道諸宗は因果の道理、七仏通戒偈、そして19願を持って来て法然聖人やその弟子たちを非難しているのです。親鸞会が本願寺や退会者を非難するのに出してくる根拠と一致します。ですから本願寺が呆れて相手にしないのも当然の話なのです。本願寺は高森会長のあまりの無知ぶりに呆れて法論にも値しないと判断したのでしょう。それを勝手に勝ったと勘違いしているおめでたい連中が高森会長と愉快な仲間達です。

親鸞会側は、せめて『興福寺奏状』、『摧邪輪』、『延暦寺奏状』の内容くらい押さえて物を言いましょう。尤も、押さえることができたなら恥ずかしくて今までのように書き込みなんてできないでしょうがね・・・



【参照】
『飛雲』「汝何ぞ天下の諸人を以て皆下劣の根機と為す乎」との明恵高弁の言葉を知っていますか?
念仏と流罪 承元の法難と親鸞聖人
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いいな~

教に暗くして真仮の門戸を知らず(笑

一文不知の者にもわかるように出来んがかね?

Re: 元会員様

負け惜しみしか言えんがかね?

どこどこどこどこどこ????

負け?惜しみ?

ただ声にいだして・・・云々

わからんだろうね♪

No title

「ただ声にいだして」
と心が定まったら極楽往生できる。

「ただ声にいだして」
と言いながら雑行に心を掛けていたら極楽往生できない。

「ただ声にいだして」
では無間地獄に堕ちると言っている人が無間地獄に堕ちる。

簡単でしょ。
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淳心房&しゃあ

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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


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平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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