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【考察】選択本願の行信について(15)

私がこの考察で取り上げている例の発言を看過できない理由は、聞く人に本願に対して誤解を与えかねないから、そして親鸞聖人が「行文類」を顕されたその命がけの報謝の行為が見失われかねないからです。聖人の「行文類」撰述の動機について、『聖典セミナー 教行信証[教行の巻]』には次のように書かれています。

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   「行文類」撰述の動機

 親鸞聖人が、この「行文類」を顕されるには、重大な動機がありました。まず対外的には、法然聖人の在世当時から滅後にわたって、いくたびも加えられた国家権力による専修念仏停止という弾圧と、それを引き起こすもとになった南都・北嶺の旧仏教側からの執拗な論難に対して専修念仏の真実性を証明するためでした。また対内的には、本願の念仏は、本願力回向の法であるという念仏の本質を明らかにすることによって、人間のはからいを否定し、一念にとらわれて多念を否定したり、多念にとらわれて一念を否定するような一念多念の諍いに明快な決着を与えて、法然聖人の念仏往生説の真髄を明らかにするためでした。そのために、本願力回向の行信というまったく新しい教学的視野を開いて、浄土教学を大成していかれた。それが「行文類」だったのです。

 すでに述べたように、建永二年(承元元年、一二〇七年)二月、承元の念仏停止といわれる事件が起こりましたが、それに思想的な根拠を与えたのは、南都の興福寺から朝廷に出された「興福寺奏状」であったということは、『教行証文類』の後序にも言われているとおりです。そこには九箇の失をあげて、法然聖人の教学を批判していますが、第四万善を妨ぐる失、第六浄土に暗き失、第七念仏を誤る失の三失は、選択本願に立脚して構築されていた法然聖人の専修念仏の教説を真向から否定するものでした。

 「万善を妨ぐる失」とは、これまで仏教においてさとりへの道とされてきたさまざまな修行道を、すべて難行道のゆえをもって捨てしめ、ただ称名念仏の一行だけが生死を超える道であるということは誤りだというのです。ことに、そのころの仏教界で功徳ありとされていた『法華経』の読誦や、真言、止観に縁を結び、堂塔を建立し、尊像を造絵することを、ことごとく雑行であると称して、土くれのように捨てしめたことは、仏教への反逆であり、正法を誹謗するものであるというのです。

 「浄土に暗き失」というのは、『無量寿経』や『観無量寿経』をはじめ、浄土の諸師たちも盛んに諸行による往生を説かれているのに、それを無視して、諸行は往生の行に非ずというのは、人びとを欺くものだというのです。ことに、下下の悪人と上上の賢善者とが同じ浄土に往生できるなどということは、因果の道理に背き、わが身のほどもわきまえない愚痴のきわまりであると嘲笑しています。

 また「念仏を誤る失」というのは、法然聖人は口称念仏を最上の行のようにいうが、それは誤りであるというのです。同じ念仏といっても、念ぜられる仏に、仏名もあれば仏体もある。その仏体にも報身や応身といった姿形のある事仏もあれば、色もなく形もない法身という理仏もある。この法身真如こそ仏のさとりの本体であるから最高とし、仏名を最下とする。また仏を念ずる相にも、口に仏名を称える口称もあれば、心に仏を念ずる心念もある。その心念にも仏徳に想いをかける繋念と、禅定(深い精神統一)を修して報身仏や法身仏を観念していく定心念仏とがあり、その定心のなかにも、まだ煩悩がまじわっているような有漏定もあれば、煩悩妄念の消滅した無漏定もある。こうしたなかで、口称念仏は最も浅劣な行であり、無漏の定心念仏が最も深く勝れた行であるということは、仏教の常識ではないか。それなのに法然は、阿弥陀仏は第十八願において、「乃至十念せよ」と称名念仏を往生行と定められているから、称名以外の行をする必要はないという。しかし阿弥陀仏の本願が、どうして勝行をさしおいて、劣行のみを往生行と定められることがあろうか。下下の悪人がわずかに称えた十声の念仏を、まるで阿弥陀仏の本意であるかのように主張し、上上の善人が修行している勝れた諸善を捨てさせることは、近くは善導の釈義に背き、遠くは『観無量寿経』などの諸経の説に反する邪説であると、痛烈に非難しています。

 法然聖人が亡くなって、その十三回忌にあたる貞応三年(元仁元年、一二二四年)、今度は天台宗の本山、比叡山延暦寺から専修念仏を禁制にするようにという訴状が朝廷に上奏されました。「延暦寺奏状」では、六か条にわけて法然聖人の教えを非難していますが、その第五条に掲げている「一向専修の輩、経に背き、師に逆らふ事」というのが、さきにあげた「興福寺奏状」の三か条と同じ意趣を述べたものです。すなわち専修念仏者は、称名以外はすべて雑行であるから往生できないといい、逆に十悪五逆をつくって慚愧の心さえないものも称名すれば往生できるといい、あまつさえ「悪業を怖れるものは仏願を疑うものである」といって愚人をたぶらかしている。それは『観無量寿経』に説かれた諸善万行による往生を否定し、持戒の清僧であった善導大師の誡めに背くもので、責めても余りあるものだと非難しています。こうして法然聖人が開顕された選択本願念仏の教えは、南都・北嶺の学僧たちの非難の的となり、朝廷からは激しい罪科に問われ、誕生したばかりの浄土宗(選択本願の教法)は、地上から抹殺されようとしていたのです。

 このような状況のなかで、法然聖人からその主著『選択本願念仏集』の伝授をうけ、浄土宗の将来を託された遺弟として、その師恩に応答するために『教行証文類』を著されたわけですが、なかでも「行文類」は、「ただ念仏して弥陀にたすけられまゐらすべし」と法然聖人から教示された念仏の一行こそが、弥陀、釈迦、諸仏の本意にかなった大行であり、龍樹菩薩以来の浄土の祖師が証明せられる真実行であることを、仏祖の言葉をもって立証していかれたものでした。『教行証文類』のなかでも「行文類」だけが、七高僧の聖教のすべてが引用され、さらに各宗の祖師方の念仏讃仰の文まで引かれるのも、称名が普遍の真実行であることを広く証明するためでした。

 ことに引文の最後に、『選択本願念仏集』の題号と「南無阿弥陀仏 往生之業念仏為本」の標宗と三選の文が引かれます。これは『選択集』全体を引用されたと同じ意味をもっていることは、すでに先哲の指摘されたとおりです。しかも『選択集』の法義の真実性を顕すために書かれた『教行証文類』において、『選択集』の引用は、ただこの「行文類」だけなのです。一見、不思議に思えるこのことによって、「行文類」が選択本願念仏の本質を明らかにし、その法義の真実性を証明するためのものであったことがわかります。

(『聖典セミナー 教行信証[教行の巻]』p.157~p.162)
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ここでは、本願の念仏は、

・弥陀、釈迦、諸仏の本意にかなった大行
・龍樹菩薩以来の浄土の祖師が証明せられる真実行
・普遍の真実行


等と説明されています。ですから、先にも紹介したように三国伝来の祖師方は「念仏の一行」を勧められたのでした。ところが、それを認めない旧仏教側は、唯一生きとし生ける全ての者が平等に救われる専修念仏の教えを国家権力によって禁制にし、それだけでなく主だった念仏者を死刑、流刑に処すという非道を行ったのです。承元の法難、嘉禄の法難の思想的根拠となったのは、いずれも興福寺奏状、延暦寺奏状(延暦寺大衆解)といった聖道諸宗からの論難の訴訟状でした。

諸宗からの厳しい論難に的確に応答するには、まず法然聖人の示された選択本願念仏の教えが真実の仏法であることを証明する必要がありました。親鸞聖人は六十二、三歳の頃、まだ嘉禄の法難の余塵くすぶる京都にお帰りになったと言われていますが、それは『教行証文類』の完成のためであろうと言われています。隆寛、幸西、空阿といった主だった浄土宗の念仏者が流刑に処せられ、念仏禁制が公布されていたあの時代、あの状況で、専修念仏の真実性を訴えるというのは文字通り命がけであったと思われます。

信教の自由も無い、基本的人権の尊重などという理念も無い、そんな中で専修念仏の教えを説いたら何をされるか分からなかったのです。暴力は当たり前、集団リンチに遭って殺されても決しておかしくなかった。もし、自分がそんな状況にいたら、その中で高らかに選択本願念仏の教えを説けるものかと思ってしまいます。今と違ってネットもブログも無い、本すら全て回収されて版木も没収されて焼かれてしまう、そういう状況です。本当に、念仏の祖師方は、そんな危ない中をよく法灯を絶やさずに伝えて下さったものです。

そうやって命がけのご苦労で守られ、真実性を証明された本願の念仏を本願から抜いてしまうような行為は、私としては断固として許すわけにはいかないんです。しかも、本願の念仏が真実の仏法であると証明された「行文類」の文を根拠にそのような主張をしているのです。正気の沙汰かと思ってしまいます。それを、真宗の素人や、高森顕徹会長のような人物ではなく、本願寺の一布教使がやっているのです。

更にその布教使はそれだけではなく、「阿弥陀仏は念仏を称えよと仰っています」と話す坊さんをつかまえて、「どこにそんなことを仰っているんだ」と質問するそうなんです。きっと私が出したような根拠を示した坊さんもあったでしょう。しかし私の時は、「それは法然聖人の教えだ」と言われてはねられてしまいました。おそらくですが、他の坊さんにも同様の対応をしたのだと推測されます。

真宗の僧侶の間でもしこのような思想が広まったら、今後どのような方向に曲がっていくか分かりません。聞く方々にもきっと影響するでしょうから、私は問題視して、念仏は本願に明確に誓われている本願の行であって、阿弥陀仏ご自身が選ばれ、称えてくれよと大悲を込めて与えられている大行なのだということを訴えています。別にその布教使の先生に私怨があって書いているわけではありません。


ところで、親鸞聖人は更に、またそれ以前の誰よりも、念仏の信心を強調していかれました。それというのも、自力の執心捨てやらぬ機は、報土往生の大益を失い、方便化土にとどまるからです。

『歎異抄』の作者(唯円房)もそれを歎いて、後序に次のように記しています。

かなしきかなや、さいはひに念仏しながら、直に報土に生れずして、辺地に宿をとらんこと。一室の行者のなかに、信心異なることなからんために、なくなく筆を染めてこれをしるす。なづけて『歎異抄』といふべし。外見あるべからず。

何が異なることを歎いたかと言えば信心ですが、なぜそれをそんなに歎くのかと言えば、一室の行者のなかに法然・親鸞聖人の信心と異なる者は「直に報土に生れずして、辺地に宿をと」るからです。

親鸞聖人も、みな人が真実報土の往生を遂げてもらいたいの思いから、真実の行信を顕かにされました。それが「行文類」「信文類」の内容であり、その他様々なお聖教や御消息となったのです。

ただ、あくまで報土に往生するか、化土にとどまるかは、「さいはひに念仏」している「一室の行者」の話です。何の宿縁でか、生死を出離することを一大事だと思い、法然聖人の教えに巡り遇って、念仏往生こそ末代の私のような者が救われる時機純熟の真教であると知らされた人の話です。往生行として念仏一行を修めて浄土を願う行人の中で、仏智の不思議をたのまず、助正間雑し、定散心雑わる者は報土に往生できないから、親鸞聖人は「悲しきかな、垢障の凡愚」と悲嘆され、唯円房も同様に「かなしきかなや」と歎いているのです。


本願寺は覚如上人によって寺院化され、浄土真宗の教えは蓮如上人によって日本全国に広まりました。以来約五百年間、その教えは信心正因称名報恩説で語り伝えられているそうです。確かに信心が間違っていたら一大事です。ただその信心は、念仏一行を修める際の信心であって、それ単体で独立しているというものではありません。念仏が私達の心に響き込んできて帰命の信となるわけですから、念仏の他に信心は無いといっても過言ではありません。

念仏を抜きにしたら、信心も抜きになってしまうのです。「行と信とは御ちかひを申すなり」ですから。弥陀の御ちかひに「我が真実なる誓願を疑いなく信じて、浄土に生まれると思え」という信心と、「我が名を称えよ」という行が誓われているから、それを根本として釈尊も十方諸仏も本願の念仏を勧められるわけです。浄土の祖師方が「念仏の一行」を勧められたのもそのためでした。こうしたことですから、私も「念仏の一行」を勧め、同時にその信心を誤りなく、できるだけ判って頂けるように書いていきたいと思っています。

なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・
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如実修行相応

ども、林遊@なんまんだぶです。

>更にその布教使はそれだけではなく、「阿弥陀仏は念仏を称えよと仰っています」と話す坊さんをつかまえて、「どこにそんなことを仰っているんだ」と質問するそうなんです。きっと私が出したような根拠を示した坊さんもあったでしょう。しかし私の時は、「それは法然聖人の教えだ」と言われてはねられてしまいました。おそらくですが、他の坊さんにも同様の対応をしたのだと推測されます。

本願寺派の「浄土真宗の教章」には、

 本尊: 阿弥陀如来(あみだにょらい)(南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ))

とあるのですが、Aさんはこの「教章」に背いているから本願寺派を辞めればいいのにね。ちなみに、この括弧を外せという本派の坊さんは多いです。
仏教がキリスト教や哲学的思想と違うのは「行」の有無です。A氏はキリスト教的な信に影響されて仏教に於ける行信の「行」を説きたくないのでしょう。
どこかでAさんは本願成就文に立っているから、高森顕徹氏と同根だろうと記しましたが、やっぱりなぁですね。
哲学者でもあった大峯顕氏は、「親鸞における「言葉」」という最初期の論考で「称名念仏の構造」を考察しておられましたが、実は浄土真宗に於いての名号論というものは鈴木大拙氏の『浄土系思想論』における名号論しかなかったのでした。

『浄土系思想論─名号論』
http://hongwanriki.wikidharma.org/index.php/%E6%B5%84%E5%9C%9F%E7%B3%BB%E6%80%9D%E6%83%B3%E8%AB%96%E2%94%80%E5%90%8D%E5%8F%B7%E8%AB%96

『親鸞における「言葉」』
http://hongwanriki.wikidharma.org/index.php/%E8%A6%AA%E9%B8%9E%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E3%80%8C%E8%A8%80%E8%91%89%E3%80%8D

それは、御開山の「仏身論」と関連するのですが、浄土真宗の先達は真如からの「垂名示形」 と領解されていたからなのでした。御開山は、この「垂名示形」の口に称えられる〔なんまんだぶ〕の称名によって仏陀のさとりの界との回路を開かれたのでした。
それが、

 しかれば名を称するに、よく衆生の一切の無明を破し、よく衆生の一切の志願を満てたまふ。称名はすなはちこれ最勝真妙の正業なり。正業はすなはちこれ念仏なり。念仏はすなはちこれ南無阿弥陀仏なり。南無阿弥陀仏はすなはちこれ正念なりと、知るべしと。
http://labo.wikidharma.org/index.php/%E9%A1%95%E6%B5%84%E5%9C%9F%E7%9C%9F%E5%AE%9F%E8%A1%8C%E6%96%87%E9%A1%9E#.E7.B5.8C.E6.96.87.E7.B5.90.E9.87.88.E3.80.8C.E7.A0.B4.E9.97.87.E6.BA.80.E9.A1.98.E3.80.8D

という「破闇満願釈」でした。
これは『浄土論』の、

かの如来の名を称するに、かの如来の光明智相のごとく、かの名義のごとく、如実に修行して相応せんと欲するがゆゑなり。

を釈した『浄土論註』の、

 「かの如来の名を称す」とは、いはく、無礙光如来の名を称するなり。「かの如来の光明智相のごとく」とは、仏の光明はこれ智慧の相なり。この光明は十方世界を照らしたまふに障礙あることなし。 よく十方衆生の無明の黒闇を除くこと、日・月・珠光のただ空穴のなかの闇をのみ破するがごときにはあらず。 「かの名義のごとく、如実に修行して相応せんと欲す」とは、かの無礙光如来の名号は、よく衆生の一切の無明を破し、よく衆生の一切の志願を満てたまふ。

に拠られたのであり、『論註』では、「無礙光如来の《名号》が「衆生の一切の無明を破し、よく衆生の一切の志願を満てたまふ」とあるのを御開山は、《称名》(なんまんだぶ)が、「よく衆生の一切の志願を満てたまふ」とされたのでした。

ともあれ、本願成就文は、三信(信)と十念(行)の第十八願があるから成立するのであって、Aさんはこれがよく判っていないのだと思ふ。
Aさんは、蓮如上人研究の大家であった稲城選恵和上を師としているが、A氏は、

 この喩えも語弊がありますけど、こちらの「行」が水です、そうすると、この「信」は波です。波、ご存じかね。知らん人は手を挙げてもらおうかね。波、御存じじゃろう。波を御存じで無い方は、海に見に行きなはれよ。波というのはね、水が無いと立たんでしょうが。どんなに大風が吹いても、水が無いと立たんね。ここらでは、波は立たんね、水がないから。ですから、水のまんまが動いとるんが波ですね、違うかね。そうか言うても、波と水は違うで。コップ一杯波くれとは、言わんが。波と水は、違うじゃろう。そうか言うて、水が無いのに波だけが立つという事も無いね。行と信は、この関係なんです。ですから、もし信のものがらは何かというと、前の大行がものがらという事になる。南無阿弥陀仏が、信のものがらです。わしの側でこさえたものは、ものがらにならん。みんな置いとくんです。
http://www.hongwan.net/index.php/%E4%BB%96%E5%8A%9B%E3%81%AE%E4%BF%A1%E3%81%AE%E7%89%B9%E8%89%B2#.E3.83.8F.E3.80.80.E7.84.A1.E6.89.80.E5.BE.97.E6.80.A7.E3.80.80.E3.80.8C.E3.82.82.E3.81.AE.E3.81.8C.E3.82.89.E3.81.8C.E7.84.A1.E3.81.84.E3.80.8D.E3.81.A8.E3.81.84.E3.81.86.E3.81.93.E3.81.A8

という、無所得性「ものがらが無い」ということ、という教説が理解できなかったから本願成就文の一念に迷って、行無きキリスト教風の信心主義に陥ったのだと思われる。信心は私の上にあるけれども私のものではないのだが、これを本願成就文の恣意的な解釈によって私有化しようとされるのだろう。知らんけど。

ともあれ、Aさんは、お聖教を自分の能力で「優婆提舎」しようといわれて菩薩のような方ですから、林遊のように、御開山の仰るとおりと、なんまんだぶを称えて「往生成仏」を期するご法義とは違うのだと思っていたりします。
御開山は、至心。信楽・欲生の「三心一心総結」で、

 ゆゑに知んぬ、一心これを如実修行相応と名づく。すなはちこれ正教なり、これ正義なり、これ正行なり、これ正解なり、これ正業なり、これ正智なり。
http://wikidharma.org/5d025ae5713ed

とされておられるのですが、成就文に立って信を解釈する人は、念仏誹謗の人かもです。プライドが邪魔して、ごめんなさい、言い過ぎでしたということを言えないのかな、どうでもいいけど(笑


なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ 




Re: 林遊@なんまんだぶ様

> ともあれ、Aさんは、お聖教を自分の能力で「優婆提舎」しようといわれて菩薩のような方ですから、林遊のように、御開山の仰るとおりと、なんまんだぶを称えて「往生成仏」を期するご法義とは違うのだと思っていたりします。

→なるほど。だから自分の説を批判されると正法誹謗だと仰るわけですね。語句の使い方が間違ってますが・・・

仏、菩薩の教えは「阿弥陀仏は念仏を称えよと仰っていない」という教えならばそれも尤もな話ですが、誰一人としてそんなことを教えられた経、論、釈の言葉は、少なくとも浄土の祖師方の中にはありません。

ところで、「行文類」の決釈は不回向の行、念仏成仏です。それに導かんがための七高僧方を始め数々の引文があり、途中で親鸞聖人の六字釈があります。念仏は浄土真宗の行であり、選択本願の行であって、弥陀、釈迦、諸仏の本意にかなった大行であることを証明しようとしているその最中に、「阿弥陀仏は念仏を称えよと仰っていない」などという意味の釈を施すはずがないことは当然すぎるほど当然です。しかしA先生は、親鸞聖人の六字釈をもって自説の根拠としています。林遊さん、教行信証を読めていないのは一体誰なんでしょうね?

それから念仏往生(念仏成仏)の法門は、おのずから信心正因の法義となることを両重因縁釈で示し、更には「信文類」で明らかにしていかれます。その中にも、行と信は不離の関係であることを随所に示しながら、御開山は釈を施していかれます。対して、教行信証と自説に都合のいい根拠以外は理由をつけてはねつけ、親鸞聖人の六字釈にありもしない珍釈を施し、自説を批判されると正法誹謗と仰るその姿勢は、まさに林遊さんの言葉通りだと首肯せざるを得ません。


信をはなれたる行もなし、行の一念をはなれたる信の一念もなし。そのゆゑは、行と申すは、本願の名号をひとこゑとなへて往生すと申すことをききて、ひとこゑをもとなへ、もしは十念をもせんは行なり。この御ちかひをききて、疑ふこころのすこしもなきを信の一念と申せば、信と行とふたつときけども、行をひとこゑするとききて疑はねば、行をはなれたる信はなしとききて候ふ。また、信はなれたる行なしとおぼしめすべし。
これみな弥陀の御ちかひと申すことをこころうべし。行と信とは御ちかひを申すなり。

の、「本願の名号をひとこゑとなへて往生す」という本願であることも、「ひとこゑをもとなへ、もしは十念をもせんは行なり」と念仏が行であることも、「行と信とは御ちかひを申すなり」と行信が共に本願の誓いであることも、先生からしたらウソっぱちらしいです。高田の覚信房は親鸞聖人に大ウソこかれたようですね。

それどころか、

称名はすなはちこれ最勝真妙の正業なり。正業はすなはちこれ念仏なり。念仏はすなはちこれ南無阿弥陀仏なり。

あきらかに知んぬ、これ凡聖自力の行にあらず。ゆゑに不回向の行と名づくるなり。大小の聖人・重軽の悪人、みな同じく斉しく選択の大宝海に帰して念仏成仏すべし。

釈(散善義)に「専心」といへるはすなはち一心なり、二心なきことを形すなり。「専念」といへるはすなはち一行なり、二行なきことを形すなり。いま弥勒付属の一念はすなはちこれ一声なり。一声すなはちこれ一念なり。一念すなはちこれ一行なり。一行すなはちこれ正行なり。正行すなはちこれ正業なり。正業すなはちこれ正念なり。正念すなはちこれ念仏なり。すなはちこれ南無阿弥陀仏なり。

自説他説対(念仏は阿弥陀仏自身が説かれた行法であり、諸善はそうではない)
選不選対(念仏は如来が選び取られた法であり、諸善は選び捨てられた法である)
有願無願対(念仏は本願の行であり、諸善は本願の行ではない)

みな「行文類」のお言葉ですが、先生の説からするとこれらもデタラメということになりますね。「行」は「名号」であって「念仏」ではないらしいですから。

本願成就文を重視するあまり、他のお言葉は全て吹き飛んでしまうと見えます。その本願成就文にも念仏の意があると存覚上人は仰り、『浄土文類聚鈔』では「一念」に「称名」の意があると書かれているんですが、それらを全て無視して自説を押し通す、やり方がまさにどこぞの会の会長そのものです。いやはや、困ったものです。

なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・

第十七願

ども、林遊@なんまんだぶです。

Aさんは、御開山が何故、第十七願に拠って行を顕されたのかという意味が判ってないのでしょう。
ある意味で、出来上がった体系の中で考察して、何故こうなるのかという考察が無いのでした。林遊はへそ曲がりですから出来上がった体系が、何でこうなるかという事に興味を持っていたりします。ですから、WikiArcでは御開山が引文された原文へリンクして原典の当面の文と御開山の領解とを較べて楽しんでいたりします。
梯實圓和上は、

 御開山てね、凄い覚りの境地をもっていらっしゃると、見ていいですね。私は愚かな者でなんにもわかりません、ちゅうて御開山仰っていますけど、どういたしまして、『教行証文類』を拝読いたしましたら、あるいはその他のお聖教を拝読いたしましたら、あなたはおそろしい覚りの境地、開いていらっしゃるんじゃないですかと、言わざるを得ないですね。
あの、いわば、大乗経典を読んでいるのと同じような感じを、ぴーんと受けますね、御開山の。他の人はあんまりそういう感じを受けないんですけど、御開山の読んでると。そんなん、ばぁーっと受けるような、おそろしい迫力がありますね。ありゃあ、ただ人じゃないですね、やっぱ御開山は。日本民族の産んだ素晴らしい仏様だと私は思っているでのすが。あっ、えらい話が長うなってしまいました。
そういうことで、御開山は引文を通して、そしてある意味では、前人未踏の境地を開いていくような、そういう操作をなさっているのが『教行証文類』です。
だから『教行証文類』を読むときにはね、書いてある文章だけ読んだって解らないんです。原文と合わせてね、原文の文脈と、御開山の文脈と文脈を合わせながら読んでいかないと駄目なんですね。
そして引用してある文章だけ読んだって駄目なんです。引用してないところを読まなきゃいけない。そしてね、これを引くんだったらこっちの文章を引かねばならないのに、何故この文章を引くのか、そこんところを読まないと解らないです。
http://www.hongwan.net/index.php/%E6%95%99%E8%A1%8C%E8%A8%BC%E6%96%87%E9%A1%9E%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%93%E3%82%8D/%E7%AC%AC%E4%B8%80%E6%97%A5%E7%9B%AE-1

と仰ってましたが、林遊はアホですから、そんなもんかとWikiArcでは、御開山の引文の原典をリンクしてたりしているのでした。そのような意味では御開山は一筋縄ではくくれない方であって、御開山は、いわば重層的な構造をとり、なんまんだぶの行と信を説かれるのでした。林遊などにはサッパリ解らないのですが、アホはアホなりに少しでも分るところがあるので、ネットに関連文書をUPしてたりするのでした。
慶所聞 嘆所獲(聞くところを慶び、獲るところを嘆ずるなり)でしたです。

ともあれ、Aさんは、何故御開山が第十八願の乃至十念を、第十七願によって示されたという意味を、よく判っていないから、
http://labo.wikidharma.org/index.php/%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AF:%E4%B8%80%E5%BF%B5%E5%A4%9A%E5%BF%B5%E8%A8%BC%E6%96%87#.E7.AC.AC.E5.8D.81.E5.85.AD.E8.AC.9B.E7.AC.AC.E5.8D.81.E4.B8.83.E9.A1.98.E6.96.87.E3.81.AE.E6.96.87.E6.84.8F

>阿弥陀さまは「念仏申しなさい」と、教行信証のどこに書いてあるんですか?と聞きたい。

ということを平然というのでした。

そもそも、本願成就文は、第十八願を前提として成り立っているのであって、阿弥陀仏の第十八願を抜いては釈尊の説かれる本願成就文は成り立たないのでした。これはAさんが嫌いな『歎異抄』でいえば、

 弥陀の本願まことにおはしまさば、釈尊の説教虚言なるべからず。

であり、浄土真宗は、阿弥陀仏の本願が淵源であって、釈尊は『無量寿経』でその阿弥陀仏の仏願の生起本末を説かれたというのが御開山のお領解なのでした。
ですから、御開山は釈尊の説かれた「八万四千の法門」は仮門と言われたのでした。
http://labo.wikidharma.org/index.php/%E5%85%AB%E4%B8%87%E5%9B%9B%E5%8D%83%E3%81%AE%E6%B3%95%E9%96%80

なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ


Abcです

淳心房さん
林遊さん

こんばんわ、「あなたは法然上人の教えであり、祖師聖人の教えではないでしょう」といわれている布教使のAbcです。

「私の教え方」としましては『和讃』と『偈文』を用いた「古典的な説き表し方」とします。このようにすることによって確かに「親鸞の書物の上での議論」がなりたちますが、同時に「布教使としての差別化」ができないという説き表し方でもあります。

さて、ここからです。
 親鸞は『和讃』にて、
本師龍樹菩薩は 『智度』『十住毘婆沙』等
 つくりておほく西をほめ すすめて念仏せしめたり


→本師龍樹菩薩は 『智度』『十住毘婆沙』などを著され、
 多く西(西方浄土)を褒められ 念仏を行うことを勧められた

本師龍樹菩薩は 大乗無上の法をとき
 歓喜地を証してぞ ひとへに念仏すすめける


→本師龍樹菩薩は 大乗無上の法(阿弥陀様と釈迦の二尊の教え)を説かれ
 歓喜地を証して、偏へに念仏をすすめられた としるされており、

釈迦の教法おほけれど 天親菩薩はねんごろに
 煩悩成就のわれらには 弥陀の弘誓をすすめしむ


→釈迦の教法は「八万四千の法門」ともいわれるように多くあるが 天親菩薩はなんども 煩悩成就のわれらに対しては 弥陀の弘誓をすすめられた

⇒ここにある「弥陀の弘誓」は「大信」である「18願」であるとよく説かれるが、「行を離れたる信はなし」といわれているように、「大行」である「17願」でもある。

天親論主は一心に 無碍光に帰命す
 本願力に乗ずれば 報土にいたるとのべたまふ

尽十方の無碍光仏 一心に帰命するをこそ
 天親論主のみことには 願作仏心とのべたまへ

願作仏の心はこれ 度衆生のこころなり
 度衆生の心はこれ 利他真実の信心なり

信心すなはち一心なり 一心すなはち金剛心
 金剛心は菩提心 この心すなはち他力なり


→ここの和讃には、「一心」という単語が使われておりこれは、
「世尊我一心 帰命尽十方無碍光如来 願生安楽国」からきており「帰命尽十方無碍光如来」に関する所も同様に見受けられる。
 「願生す」ということは「ふたごころなく無碍光如来にお任せ(帰命)すること」ではあるが、「大行釈」として、
 「大行とはすなはち無碍光如来の名を称するなり。この行はすなはちこれもろもろの善法を摂し、もろもろの徳本を具せり。極速円満す、真如一実の功徳宝海なり。ゆゑに大行と名づく。」
 とあることから、「無碍光如来の名を称する」ことも「彼の仏の本願であるがゆゑに(『選択集』より)」なのであります。

安楽仏国に生ずるは 畢竟成仏の道路にて
 無上の方便なりければ 諸仏浄土をすすめけり


⇒これは、前エントリーにて「如来所以興出世」と言われていることであります。たしかに「二尊の召し」ということであったならば、「釈迦所以興出世」と記せばよいのですが、林遊さんがいわれているように
 「釈迦という固有名詞ではなく如来という一般名詞が使われているから、この一段は釈尊だけでなくあらゆる諸仏を指す意とみられた。すべての仏(如来)の出世の本懐は阿弥陀仏の本願を説くことである。釈尊はその本願を説くために、この娑婆世界において阿弥陀仏の本願を説く『大無量寿経』を説かれたとみられたのである。」ですね。

 この和讃は、「安楽浄土に生まれることは、最後に成仏する道であるから 無上の方便といわれ、 諸仏がおすすめされた」となりますね。

縦令一生造悪の 衆生引接のためにとて
 称我名字と願じつつ 若不生者とちかひたり


→「縦え(例え)一生悪を造りつづける」とされる衆生を引き入れるためとして 「我が名字を称えよ」をねがいつつ 「若不生者」とちかわれたのである

 とあります。

弘誓のちからをかぶらずは いづれのときにか娑婆をいでん
 仏恩ふかくおもひつつ つねに弥陀を念ずべし

→弘誓のちからがなかったならば、いつ娑婆を出るのだろうか

 「仏恩ふかくおもひつつ つねに弥陀を念ずべし」(弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて、往生をばとぐるなり と信じて念仏申さんとおもひたつこころのおこるとき、すなはち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり。)といわれていることである。

⇒この「仏恩ふかくおもひつつ つねに弥陀を念ずべし」が「親鸞がわたしたちに伝えられていること」であります。これは最初の方の「恭敬の心に執持して 弥陀の名号称すべし」にも顕わされています。

また「南無阿弥陀仏ととなふれば」で始まる和讃には、

  南無阿弥陀仏をとなふれば この世の利益きはもなし
 流転輪廻のつみきえて 定業中夭のぞこりぬ

  南無阿弥陀仏をとなふれば 炎魔法王尊敬す
 五道の冥官みなともに よるひるつねにまもるなり

  天神・地祇はことごとく 善鬼神となづけたり
 これらの善神みなともに 念仏のひとをまもるなり


などなど「炎魔法王も 五道の冥官も 天神・地祇も 念仏のひとをまもる」といわれております。また、「二河の譬え」のまえがきにも
 「また一切の往生人等にまうさく、いまさらに行者のために一の譬喩を説きて、信心を守護して、もつて外邪異見の難を防がん。」とあるように、「いまさらに行者のために一の譬喩を説きて、信心を守護し」とあります。

最後の和讃としまして、
 粟散片州に誕生して 念仏宗をひろめしむ
 衆生化度のためにとて この土にたびたびきたらしむ


→この日本に生まれて 念仏宗(浄土宗、浄土真宗の異号)をひろめられた
 わたしたちを安楽国に生まれさせようと この地に何回かこられている

 とあります。今回も結構ながく記しましたが、親鸞は「仏恩ふかくおもひつつ つねに弥陀を念ずべし」といわれています。「仏恩ふかくおもふ」ことと「つねに弥陀を念ずること」は「前後」ではありません。「大信と大行」はともに「南無阿弥陀仏」なのであります。

なもあみだ、なもあみだ
Abc

Re: 林遊@なんまんだぶ様

ありがとうございます。

A先生にとっては「行」とは「本願のはたらき」あるいは「名号」であって、「念仏」のことではないようです。それで、本願成就文に「聞其名号 信心歓喜 乃至一念」とあるから行を17願、信を18願に開いたのだという論理です。本願ではなく、本願成就文を五願に開いたという主張はここから出ています。

しかしこれでは、『教行証文類』は専修念仏、選択本願念仏という行法の真実性を証明した書ということになりません。挙げて頂いた梯實圓和上の『一念多念文意講讃』の注記として明恵上人高弁の論難が書かれていますが、『興福寺奏状』第七念仏を誤る失にも

既に称名の外に念仏の言あり、知りぬ、その念仏は、是れ心念なり、観念なり

とあって、念仏は称名に限定されるものではないと書かれています。こうした論難を破って専修念仏、選択本願念仏という行法の真実性を証明されたのが「行文類」であることを知らないのかと言わざるを得ません。あるいは学んでいても、成就文を前にしたらヒートアップして全て吹き飛んでしまうのかも。

ともあれ、指摘されているように本願は阿弥陀仏のお言葉、成就文は釈尊のお言葉であるなら、「乃至十念(念仏を称えよ)」は阿弥陀仏のお言葉、「聞其名号(其の名号を聞け)」は釈尊のお言葉でした。阿弥陀仏は念仏を称えよと仰っており、親鸞聖人もそう教えられている。そこを認めればよいものを、やれ『教行信証』のどこに書いてあるとか、やれ『尊号真像銘文』や『御消息』は法然聖人の教えだとか、聖人のお言葉を取捨して都合の悪い御文はことごとく無視。

最初は、「ん?」ということも言うが、平生業成や自力他力の水際、御恩報謝など、いいことも仰る先生だなとあまり問題視していなかったです。林遊さんや他の批判者の批判も「言い過ぎでは?」みたいな感がありました。しかし、この問題を契機に先生への信頼が揺らぎ、この度の正法誹謗、教行信証は読めない等の発言でもはや信頼は不信に変わりました。

とにかく「阿弥陀仏は念仏を称えよと仰っていない」発言は撤回してもらいたいです。

なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・

Re: Abc様

沢山の和讃を示してのご説明、ありがとうございます。

私としては十分伝わってくるのですが、『教行信証』と都合の良い別の著作以外は認めないA先生からしたらこれらも理由をつけて撥ねられてしまうやも知れません。親鸞聖人のお書きになられたものならば、それが『教行証文類』のお言葉でも、和讃でも、他の聖典でも、あるいは御消息でも、仰いで信じ奉るべきと思いますが、いやはや。


ところで彼の先生は

七高僧の中で、龍樹菩薩と天親菩薩と曇鸞大師は、無量寿経が座りなんです、大経が。で、道綽禅師と善導大師と源信和尚と法然聖人は、観無量寿経が中心、座りなんです。

と仰っておられたようですが、無量寿経が座りの龍樹菩薩は、Abcさんも挙げている通り

不退のくらゐすみやかに
 えんとおもはんひとはみな
 恭敬の心に執持して
 弥陀の名号称すべし

と(真実信心の)念仏を勧められていると教えられていますね。同じく無量寿経が座りの曇鸞大師は

願(第十八願)にのたまはく、「たとひわれ仏を得んに、十方の衆生、心を至して信楽してわが国に生ぜんと欲して、すなはち十念に至るまでせん。もし生ずることを得ずは、正覚を取らじ。ただ五逆と誹謗正法とを除く」と。仏願力によるがゆゑに十念の念仏をもつてすなはち往生を得。(『浄土論註』)

と十念の念仏をもって往生を得ると明かされています。しかも

いふところの「不虚作住持」とは、本法蔵菩薩の四十八願と、今日の阿弥陀如来の自在神力とによるなり。願もつて力を成ず、力もつて願に就く。願徒然ならず、力虚設ならず。力・願あひ符ひて畢竟じて差はざるがゆゑに「成就」といふ。

と仰っていますから当然本願成就の立場です。

いずれにせよ、「阿弥陀仏は念仏を称えよと仰っている」は自明の理なんですよ。それを認めた上で、念仏と信心を両方説いて勧めて下されば、まぁ他にも色々言いたいことはありますけどもうそれ以上追及するつもりはありません。まぁ先生の性格上そんなことはしないでしょうから、今後もしばらくは本願の念仏の勧めを書いていこうかと。

なもあみだ、なもあみだ、なもあみだ・・・
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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