FC2ブログ

【考察】念仏の勧めについて(5)

阿弥陀仏が念仏を勧められているかどうかについては、本願文の「乃至十念」の文と、それについて解釈されている親鸞聖人の『尊号真像銘文』の文を紹介しました()。何度も言いますが、

親鸞聖人は「念仏を称えよと仰っている」本願であると解釈されている

です。その根拠は数多くあり、逆に

阿弥陀仏は念仏を称えよと仰っていない

と教えられた根拠はただの一箇所もありません。この意味がお判りにならない方が少なくないようで困ったものです。なお親鸞聖人のお言葉を「それは法然聖人の教えだ」などといって撥ね付けるようならば、浄土真宗としての議論はもはやそれまでです。


なお、親鸞聖人は本願の念仏が浄土真実の行、選択本願の行である根拠を第十七願に見出しておられます。法然聖人や聖覚法印の御指南をもとに、諸仏が阿弥陀仏の名号を称揚讃嘆するのは、衆生に聞かせ与えるためであるというので、称名は大悲の願である第十七願によって回向されたものであると教えられています。親鸞聖人はしばしば第十七願のことを「称名の悲願」とも仰せられています。

第十七願とその成就とによって、諸仏のお一人として釈尊はこの娑婆世界に応現し、諸仏讃嘆の名号の尊いことをお説き下さいました。それによって私達は、これを頂いて称える者を往生成仏させるという大悲の願心を聞かせて頂き、仰せの通りに称名して浄土往生の身とさせて頂くことができるわけです。

諸仏称名の願『大経』(上 十八)にのたまはく、「たとひわれ仏を得たらんに、十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟してわが名を称せずは、正覚を取らじ」と。{以上}

親鸞聖人は、「行文類」にこのように引文されています。

ところで第十七願の「咨嗟称我名」とは、咨嗟もほめる、も称揚称讃ということでほめるという意味で同義ですから、本当は「我が名を咨嗟し称する」と読むべきところです。それを「咨嗟して我が名を称する」と読まれたということは、咨嗟讃嘆することと、我が名を称することとを分けられているように見えます。これについては、機会を改めて伺いたいと思います。

ともあれ、『教行証文類』の上で「阿弥陀仏が念仏を称えよと仰っている」経典の根拠を挙げるとすれば、この第十七願や、後に挙げられている重誓偈の文、第十七願成就文等ということになります。それは、前回示した決示の文から伺えば明らかでしょう。更には『無量寿如来会』や『大阿弥陀経』、『平等覚経』と異訳経の文を、最後に『悲華経』の文を引いてこれを助顕しています。


そもそもなぜ親鸞聖人が行の根拠を第十七願に見出されたのかという話です。親鸞聖人以前は、行の根拠は第十八願の「乃至十念」でした。ところが、法然聖人の選択本願念仏論に寄せられた論難の一つに

本願の十念がどうして称名であり得るのか

という難があり、これを論証しておかなくてはならなかったのです。『興福寺奏状』第七の「念仏を誤る失」にも、一口に念仏と言っても口称念仏に限定されるものではないという趣旨のことが論じられていますし、明恵上人高弁は『摧邪輪荘厳記』で心法と色法と混乱すること甚だしいと論難しています。これについて

『WikiArc』トーク:一念多念証文 第十六講第十七願文の文意

には次のように書かれています。当記事では一部のみ略出します。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
 それは、第十八願の「乃至十念」を称名と見る有力な手がかりを示されたものということができる。法然聖人の選択本願念仏論に寄せられた論難の一つに、本願の十念がどうして称名であり得るのかということがあった。

 『大経』の中に称名という言葉が出ていないことが大きな問題であったわけである。異訳の『大阿弥陀経』(『真聖全』・一七九頁)の霊山現土の初めに釈尊が「南無阿弥陀三耶三仏檀」と言えといわれたのに応じて、阿難が「南無阿弥陀三耶三仏檀」といったという言葉はあるけれども、魏訳の『大経』には名号を称えるということはでていない。善導大師が本願の十念を称名とされたのは、『選択集』「本願章」(『註釈版聖典七祖篇』一二一二頁)にいわれているように、『観経』の下下品の「具足十念称南無阿弥陀仏」と合わせられたからであった。しかし『大経』に称名という言葉が出ていないということは、十念を称名とする文証がないことになる。鎮西派の派祖の弁長上人も『浄土宗名目問答』上(『浄全』一〇・三九九頁)でこの間題を取りあげて、「この難、この宗の極めて大事なり、よくよくこれを習ふべし」といい、経文の義を料簡するということと、三昧発得の義という二義を挙げて論究されていた。経文の義を料簡するとは、本願成就文に聞其名号といわれているから、名号に対応する本願の十念は称名であるとするものであり、三昧発得の義というのは、三昧発得の聖者である善導大師の釈であるから信受すべきであるという意味であった。この二義は法然聖人から直伝された義であるといわれていた。

 しかし「聞其名号」の出てくる元である第十七願に着眼して、諸仏が勧められている事柄の中に称名があるとみて、その「咨嗟称我名」から称名という語を導き出したのは親鸞聖人であった。

 それは法然聖人が[三部経大意』(『真聖全』四・七八四頁)に、第十二・十三・十七・十八願を挙げて、

つぎに名号をもて因として、衆生を引摂せむがために、念仏往生の願をたてたまへり。第十八の願これなり。その名を往生の因としたまへることを、一切衆生にあまねくきかしめむがために諸仏称揚の願をたてたまへり、第十七の願これなり。


といわれたものを承けて展開された説であろう。またそのことを強調されたのが聖覚法印の『唯信抄』(『註釈版聖典」一三四〇頁)であった、そこには、

これによりて一切の善悪の凡夫ひとしく生れ、ともにねがはしめんがために、ただ阿弥陀の三字の名号をとなへんを往生極楽の別因とせんと、五劫のあひだふかくこのことを思惟しをはりて、まづ第十七に諸仏にわが名字を称揚せられんといふ願をおこしたまへり。この願ふかくこれをこころうべし。名号をもつてあまねく衆生をみちびかんとおぼしめすゆゑに、かつがつ名号をほめられんと誓ひたまへるなり。しからずは、仏の御こころに名誉をねがふべからず。諸仏にほめられてなにの要かあらん。


といわれていた。このような法然聖人・聖覚法印の第十七願観を承けて、親鸞聖人は、真実教の根源を第十七願に見出すとともに、第十八願の念仏往生の法義の根源を第十七願の諸仏所讃の名号に見出し、諸仏が名号を咨嗟し、称えられるといって、称名の必然性を諸仏の教位において確認されたのであった。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

このような歴史を知らなかったなら、本願成就文を根拠に行を第十七願、信を第十八願に開かれた、成就文を五願に開いたという説は尤もに感じられてしまうかも知れません。勿論、成就文の存在は全く無関係とは言えませんが、親鸞聖人が第十八願の「乃至十念」の根拠を第十七願に見られたというのは別に辻褄合わせでも何でもなく、論難に対する応答という自然の流れだったのです。

少々長くなりましたので、続きは記事を改めたいと思います。
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

「垂名示形」

ども、林遊@なんまんだぶです。

どこかでも紹介しましたが、梯實圓和上は、

 「江戸時代以来、鎮西派や西山派はもちろんのこと、真宗においても法然教学の研究は盛んになされてきたが宗派の壁にさえぎられて、法然の実像は、必ずしも明らかに理解されてこなかったようである。そして又、法然と親鸞の関係も必ずしも正確に把握されていなかった嫌いがある。その理由は覚如、蓮如の信因称報説をとおして親鸞教学を理解したことと、『西方指南抄』や醍醐本『法然聖人伝記』『三部経大意』などをみずに法然教学を理解したために、両者の教学が大きくへだたってしまったのである。しかし虚心に法然を法然の立場で理解し、親鸞をその聖教をとおして理解するならば、親鸞は忠実な法然の継承者であり、まさに法然から出て法然に還った人であるとさえいえるのである。」

とされておられました。
なお、醍醐本『法然聖人伝記』は大正6年に発見された書であり、『三部経大意』は昭和に入ってから高田派によって公表された書であり、江戸や明治の学僧方は見ておられない書物でした。
また『西方指南抄』も高田派で伝持されていた書ですが、浄土真宗では法然聖人の語録ということであまり読まれていなかった書です。
そのような意味に於いて、Aさんは「信因称報説」の上で御開山の思想を把握しようとするあまり、念仏と信心をあい反するものとして捉えてしまったのだと思われます。
本願成就文に立たれる方は、信の一念を強調する為、どうしてもなんまんだぶを軽視しがちになるのですが、Aさんは同じ轍に嵌っているのでしょう。
ともあれ、第十八願の「乃至十念」を第十七願に拠って顕されたことから大行論にややこしい論義が生じ学派が生まれたのでした。
浄土真宗では「垂名示形」ということを言いますが、阿弥陀如来のさとりの界である浄土は人間の思慮分別を超えた領域であるから不可称不可説不可思議なのでした。
http://labo.wikidharma.org/index.php/%E4%B8%8D%E5%8F%AF%E7%A7%B0%E4%B8%8D%E5%8F%AF%E8%AA%AC%E4%B8%8D%E5%8F%AF%E6%80%9D%E8%AD%B0

そして、この阿弥陀仏のさとりの世界との唯一の接点が、如実讃嘆の、なんまんだぶという言葉だというのが御開山のお示しでした。
http://labo.wikidharma.org/index.php/%E6%99%BA%E6%A0%84%E8%AE%83%E5%96%84%E5%B0%8E%E5%88%A5%E5%BE%B3%E4%BA%91%E2%80%A6

最晩年の自然法爾のご法語では、

 ちかひのやうは、「無上仏にならしめん」と誓ひたまへるなり。無上仏と申すは、かたちもなくまします。かたちもましまさぬゆゑに、自然とは申すなり。かたちましますとしめすときは、無上涅槃とは申さず。かたちもましまさぬやうをしらせんとて、はじめに弥陀仏とぞききならひて候ふ。弥陀仏は自然のやうをしらせん料なり。

と「弥陀仏は自然のやうをしらせん料なり」とされておられましたです。

理論と実践ということが言われますが、たとえばOSやネットの仕組みを知らなくても我々は自由にネットの恩恵をこうむることが出来るのはありがたいことです。


なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ

Re: 林遊@なんまんだぶ様

紹介して頂いた資料、読ませて頂きました。

やはり、A先生に限ったことではありませんが、仰るように「「信因称報説」の上で御開山の思想を把握しようとする」と、法然聖人の教えと親鸞聖人の教えは全く違ったもののように捉えられてしまうのかも知れませんね。

梯和上からはご著書にて、親鸞聖人は善導大師の称名正定業説を曇鸞大師の教学をもって跡付け、本願力回向の行信という全く新しい教学的視野を開いて、本願の念仏と信心が正しき成仏の正因であると明らかにして下さったと伺っています。親鸞聖人は度々、行信をセットで教えられていることは既に書いたことですが、それほど行と信は一具の法で、決して別々の事柄ではなかったことが明らかに知られます。

それで私は、難しいことは何もよく分かりませんが、なんまんだぶと申し、称え聞こえるなんまんだぶは「間違わさぬぞ」「浄土へ連れてくから安心してまかせなさい」のお喚び声だと聞き受けて仰せの通り後生をおまかせし、往生を一定と期しております。

お示しの通り、機械に疎い私でもこうして一部ネットを使って発信できるように、阿弥陀さまの衆生救済の仕組みは全然思慮に及ばなくても往生の大益を蒙ることができる。これありがたいことです。なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード