【感想】親鸞会教義を振り返って

これまで長らく親鸞会の話を振り返ってきたのは、会員が何をもって高森会長、親鸞会教義を正しいと信じているのかの一端を分かって頂くためです。
「高森会長が正しいと信じる根拠は?」と聞かれたら、講師部でさえ構えていなければ即答できないのが現実です。それほど、会員の親鸞会信心は浅薄なものです。それを、長年求めてきたからとか、自分の考えに合っている気がするからとか、他に真宗を求めるに適した所が分からないとか、理由をくっつけて信じているだけです。
そこで、一体どんな話をどんな順序で聞いてきたのかを追い、検証していくことで、親鸞会にのめり込むメカニズムを解剖することがこんな話に注意!関連の一つのねらいでした。

もうお分かりの通り、会員は、人間のありのままの姿と、その解決法の存在を教えられる故に、親鸞会教義全体を正しいと信じ込んでしまうのです。

まずは人生の目的の大切さを、具体的で分かりやすく話していきます。
一番大事な、「人は一体何のために生きるのか」ということに対し、誰も明らかに教えてくれません。先日のテレビでは、「その答えは、人生を生き抜いた先にしか分からないことでしょう」などと言われていました。
真面目に考えている人にとっては、これでは救いになりません。晩年になって「自分の人生は一体何だったのか?」「求めるものが間違っていた」と知らされても、後の祭りと分かるからです。
『オウム信者の中には、「自分の存在意義に、正面から答えてくれたのは教祖麻原だけだった」と漏らした青年もいました。』
と『なぜ生きる』に書かれているように、自分の存在意義、なぜ生きる、人生の目的を知りたい人には、親鸞会のような話は非常に関心があり、説得力がある内容なのです。
私も「苦しいのになぜ生きるか」、親も学校の先生も教えてくれませんでしたから、「答えがハッキリする」「思い込むのではなく、聞いて納得できる話だ」と言われて、強烈にのめり込んでいきました。
「人は何のために生きるのか」が明確にされない限り、親鸞会に限らず新興宗教に迷っていく人はなくならないでしょう。

そして、無常・罪悪を徹底し、「死の大問題を解決し、迷いから離れて未来永遠の幸福になれる。仏教・親鸞聖人の教えにその答えがある」と聞いたら、現世利益を謳い文句にしている新興宗教とは次元を画したもののような気がします。
無常・罪悪については経典に説かれていますし、六道輪廻から出離して悟りを完成し、仏陀となることが仏教の目的ですから、話を続けて聞いてきた人には非常に説得力があります。


しかし、その親鸞聖人の教えを現在正しく説いているのが高森会長、というところから珍しい教えへと路線変更です。(勿論伏線は前々から張っています)

(1)因果の道理は理屈に合わない説明が多々あり、誤りであることが清森問答などのブログに指摘されています。

(2)後生の一大事というのは、「一切衆生、必堕無間」だというのが親鸞会の主張ですが、蓮如上人はそういう意味で後生の一大事という言葉を使われてはおりません。「往生極楽の一大事」「往生浄土できるかどうかの一大事」という意味であることが、21世紀の浄土真宗を考える会紅楳英顕著『派外からの異説について』で指摘されています。
「一切衆生必堕無間」というのは、一切経に根拠がなく、善知識方の教えておられない珍しい教えであることが親鸞会教義の誤り『一切衆生は必堕無間なのか』飛雲で指摘されています。

(3)宿善については、薄い者は厚くせよとか、厚くしなければ宿善開発しない(つまり救われない)とか、厚くなる順に3つの行いがあるというのは親鸞会独自の珍しい教えです。この誤りも、親鸞会教義の誤り『宿善とは』で指摘されています。

(4)三願転入を根拠に「善をしなければ信仰は進みませんよ」と主張するのも、善知識方の教えと反する珍しき法です。これも親鸞会教義の誤り『親鸞会は諸行往生』飛雲で指摘されていますし、当ブログでも一番力を入れて間違いを指摘していることです。

(5)他にも教義的におかしい所は山ほどありますが、
苦笑の独り言
浄土真宗親鸞会を考える 新・ハトの会
高森先生の親鸞会教学を検証する
用管窺天記
私の白道
など、実に多数のブログに指摘されていますので、そちらをご覧下さい。

親鸞会教義は大沼法竜師、伊藤康善師、S学会などからの寄せ集め教義であり、以上のように親鸞聖人の教えでもなければ浄土真宗でもない、迷信邪教であることが分かります。


ところが親鸞会は、会員を他の情報には触れさせないか、ねじまげた情報を与えます。そのため会員は「高森先生こそ親鸞聖人の教えを明らかに説き切っておられる御方だ。遇い難い善知識だ」と思い込んでしまいます。そして「自分達は唯一絶対にして真実の教えを聞き、人にも伝える素晴らしい活動をしている」と内輪だけで盛り上がっているのです。


教えが正しいと思わせるのに、親鸞会はまだまだ手法を使っています。

まず、他宗教への攻撃です。創価学会、天理教、霊友会、生長の家、原理研究会など他を攻撃し、本願寺とも法論して勝ったと思わせることで、この教えこそ正しい(もしくは親鸞会以上の教えはない)と思わせます。そして、内部では勝利を盛んに宣伝し、何も知らない会員はその情報を鵜呑みにしてしまっています。

次に、会長を優れた人格者、慈悲の持ち主のように語り伝えることです。
誰一人会長の悪口を言う者はありません。皆口を揃えて会長を賛美し、唯一無二の善知識高森先生の虚像を造り上げることで、会員は偶像崇拝のように虚飾された会長への尊敬の念を強めます。
会員は、高森会長と接し、その日常生活ぶりを直接見た上で、「先生はこういう人だ」と判断しているのでしょうか? そこが甚だ疑問です。どうも講師部や先輩の話、『随行録』を鵜呑みにしているだけではないでしょうか? 会員の皆さんは、なぜ自分は高森会長が素晴らしい人だと思っているのかもよく振り返った方がよいと思います。

そして、人に話をする時の心理も利用します。
確信犯を除き、誰でも話をする時は、「自分が話す内容は嘘ではない、あなたにとって有害な情報ではない、あなたを騙してなどいない」と思っています。
そして「自分の話す内容は真実であり、あなたにとって有益な情報であり、あなたを幸せにするものだ」という心理が働きます。
ですから親鸞会の教えを伝える人は、以前に増して深く「教義は正しい」と信じ込んでしまうのです。
そして、相手にうまく伝えることができれば嬉しいですし、うまく伝えることができなくても「真実は聞き難いのだ」とますます自分が聞いている内容にのめり込んでいきます。
これは親鸞会にかなり都合がよいことです。話す人に教えを浸透させ、人を集めてくるのですから一石二鳥です。いや、人がお金を運んでくるので一石三鳥、とにかくおいしいということです。なので、
「人に伝えることは最高の善だ」
「信前の人には厚い宿善になる」
「真宗改革は、我々の手で」
「人に伝えようという気持ちのない人、気持ちの弱い人は、そこまでも信仰が進んでいないのだ」
「どれだけ人に伝えようという気持ちが強いかが信仰のバロメーターだ」
「一番苦労する者は、最も大きな結果が得られる」

などと煽って、目標顕正人数まで設けて人集めに駄々走りさせます。
これに一役買っているのが「我ら親鸞学徒は、更に珍しき法をも弘めず、親鸞聖人のみ教えを我も信じ人にも教え聞かしむるばかりなり」という『親鸞学徒常訓』でしょう。
これによって会員は、間違った教えを伝えてはならない、正確に聞き、そして伝えねばならないという思いから、高森会長の話を真剣に聞き、そのまま伝えようとします。いつの間にか、「我ら親鸞会会員は、更に珍しき法をも弘めず、高森先生のみ教えを我も信じ人にも教え聞かしむるばかりなり」となっていることは知る由もありません。

ただしそれでは金集め、人集めではないかと非難されるので、
「一宗の繁昌と申すは、人の多く集り、威の大なる事にてはなく候、一人なりとも人の信を取るが、一宗の繁昌に候」(御一代記聞書)
のお言葉を出して、人集め・金集めが目的でないことを主張します。


会員の信心は、このように親鸞会によって巧みに造り上げられた自力の信心です。この信心の大前提が、「高森会長は正しい」ということです。
自分の信心を攻撃されたら嫌ですし、攻撃した人を嫌いになります。それで、同じ教えを聞いている者同士が結束し、内輪で傷を舐め合って、互いに攻撃する者を非難して、親鸞会の教えこそ唯一絶対にして真実の宗教だと息巻いているのです。

しかし、親鸞会が非難攻撃される原因は、彼らの主張通り親鸞会自身、高森会長自身にあります。外縁ばかりに目がいって、邪義を唱えている自分だとは気づいていません。
原因を間違えて、関係ないものを恨んでいるのを「ナワをうらむ泥棒」と言いますが、親鸞会はまさにこれでしょう。
親鸞会的因果の道理によれば、会員の皆さんがかつてしたことが、自分に結果となって返ってきているだけ、自因自果です。


問題は、そんな信心で後生を迎えて大丈夫なのかということです。
根拠のない教義だから、つっこまれると反論できない。そんな教義を信じていて、今臨終となったら大丈夫なんですかと心配しているのです。
反論できないような教義、攻撃されて閉じこもってしまう信心なら、そんなものは臨終に何の役にも立たないのですから、さっさと破り捨ててしまいなさい。そして、この私一人を只今救う本願を聞いて、只今救われて下さい。
せっかく、貴方一人に合わせた救いの法が完成しているのです。いつまで阿弥陀仏に背を向けているおつもりですか? 早く親子名乗りを上げ、如来広大の恩徳を知らされて下さいね。
そうなることを、心より念願しております。

南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏
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非公開コメント

その全てが、華光会につながっていました

高森は、本当に びっくりするくらい 嘘をついていました
その全てが、華光会につながっていました

某大統領のように、表の顔と裏の顔を使い分けていました

ピンマイクを外すのを忘れたのが、致命傷でしたね

No title

> ピンマイクを外すのを忘れたのが、致命傷でしたね

なんのことですか?

「ピンマイクを外すのを忘れたのが、致命傷でしたね」とは

http://himo2.jp/307300を参照して下さい。イギリスのブラウン首相のことだと思います。
他人の著者を盗作して自分の著者のように言う、華光にいた事実を隠していることなど、表と裏の顔を使い分けている点はよく似ています。
ブラウン首相は女性の元へ謝罪に行きましたが、高森会長は多くの会員を騙していながら謝罪の一言すらありませんから、仏法者であるまえに人間としてどうかと思ってしまいます。

1人が厳しい顔して「違うから出る」と云って部屋を出た

>1人が厳しい顔して「違うから出る」と云って部屋を出た

さすが、わかる人は、すぐにわかるのですね

http://subrojin.exblog.jp/14303286/ 

T○講師涙目www

No title

>分からなくなる解説
>主催者が知人だと知る

この、知人とは? 老人会とか 囲碁クラブの仲間とか 知りませんですけど
ネットの情報にアクセスできない 高森会の会員でしょうね
かわいそうです

コメントありがとうございます

>名無し様

二種深信の誤解を初め、間違いだらけの親鸞会教義に汚染された解説ですから、わかる人には間違いとわかるのでしょうね。
「親鸞会教義こそ絶対」と信じ込んでいる会員は哀れです。


>名無し様

情報弱者、情報統制に素直に従う者は親鸞会から大本営発表を聞かされ続け、騙され続けていきます。
いつまで金と時間と労力をむしり取られたら気がつくのでしょうか?
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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