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少しずつ変化すること

変化すること、しないこと

の記事の続きです。


自分の能力、健康状態、経済状態、人間関係、仕事、その他周囲の環境は、本願に遇わせて頂いたからといって変わるものではありません。そういうものをよくする、改善するという誓いではないからです。

また、自分の煩悩も変わりません。欲や怒り、ねたみそねみの心、人やものを疑う心、うぬぼれ心などは、臨終の一念に至るまでとどまりも消えも絶えもしません。

では、そういったものは全く変わらないか、よくならないかと言ったら、そうではないと申しておきます。それは、本願を受け容れ、教えをたしなむことによって自分の心が少しずつ変化していくからです。

法をたしなみ、お念仏をたしなんでいくことでまず自分の中に変革が起きます。人生の諸問題は、それによって少しずつ変化、改善していく、されていくものだと思います。勿論、変化に相当に時間がかかるもの、どう頑張っても変化しないものだってあるでしょう。変わるのは自分の内部、自分の心です。

煩悩については、これは心のブレーキがかかると言いますか、今までは煩悩のままに従っていたのが、如来さまが主体となることによって、こういうことをしていいんだろうか、やめた方がいいんじゃないかという考えに少しずつ変わっていきます。無くなりはしませんし、悪いことをしてしまうことはしてしまうのですが、それにブレーキがかかったり、悪いことをしたと懺悔する心が起きてきたりします。

それは数で言ったら小数点第一位か第二位か、あるいはもっと小さい位かという微小な変化かも知れません。でも、その微小な変化が大事なんです。物事を100か0かで捉えようとする人には理解不能かも知れません。また変化とは言わないかも知れません。しかし、人間とは機械人形や粘土細工じゃないんですから、逆にすぐにガラッと変化するということの方がおかしいです。

こういうことを梯和上はモーターボートと巨大タンカーの譬えで教えて下さいます。モーターボートは舵を切れば割合すぐに方向転換が可能です。一方、巨大タンカーは舵を切っても方向転換に時間がかかります。しかし、時間はかかっても舵を切ったなら方向転換していきます。そのように我々は巨大タンカーのようなもので、教えを1回2回聞いた位であぁ分かったと行動がいきなり様変わりするような、そのような存在ではありません。

逆に、教えを何回聞いても直らない、直そうとしない、まるで子供のような存在です。うちの末娘は食事中に立つなと何回言っても立ち上がりますが、そんなもんです。しかし、注意し続けていけばやがて直ってゆくでしょう。そのように、教えをたしなみ続けていけば、その1回1回で見れば変化したんだかしないんだか、よく分からないようなものであっても、そういう人は必ず変化していくものです。教えをたしなまない人は別です。


本願の仰せを疑いを交えずに受け容れ、お念仏申して浄土を目指す行者を、今生は摂取不捨の利益にあずけしめ、後生は浄土に迎え取るというのが現当二益の救いです。阿弥陀仏のねらいは私を浄土往生させることです。摂取不捨の利益は、決定往生の身になった行者についてくるものです。尤も、それを「絶対の幸福」などと教えられ、そのような幻想的な楽、現世利益を獲ることが目的になっている/いた人にとっては、浄土往生の大益と共に無関係なものかも知れません。

人によっては、阿弥陀さまが自分の願いを都合よく叶えてくれる神様になっています。阿弥陀さまの願いを聞き、それを受け容れて、阿弥陀さまの願い通りの身になるというのが浄土真宗を聞くということのはずなのに、阿弥陀さまの願いはそっちのけで、逆に自分の願いを阿弥陀さまに聞かそうとしているのです。

私達は自分の願いを押し付けずに、ひたすら阿弥陀さまの願いを聞き、仰せのままに受けてお念仏し、往生を一定と思い取らせて頂くべきなのです。

そして、法を受けて、教えをたしなんでいって、少しずつ様々な御恩や恵みの中で自分は生かされていることを知らされてくる。それを、あぁ、有難いことだな、かたじけないことだなと感じられてくる。そうしたことによって、少しでも阿弥陀さまをはじめ様々な御恩や恵みに報いさせて頂こうと思う心が起きてくる。

そうした心の変化が少しずつですが起きてきて、実際の行動が変わってくる。中にはガラッと変わる人もあるかも知れません。ほとんど変わらないという人もあるでしょう。私などは申し訳ありませんが、10年経ってようやく少し変化してきたかなという程度です。


往生の信心は即座に定まりますが、このように、教えを受け、教えをたしなむことによって少しずつ変化することもあります。そういうこともあるということを知って頂きたいと思います。

なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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