【ツッコミ】信仰の幼稚園(3)

【ツッコミ】信仰の幼稚園(2)の続きです。

本日も、信仰の幼稚園の内容について取り上げます。


弥陀の、ものすごい本願力によって、
一念で、自力の心を殺されてこそ、
雑行が廃るのだ。
そこまでは、因果の道理を信じさせて、お導きくだされているのだ。
因果の道理を信じれば、廃悪修善にならざるを得ない。
そして、やがて必ず、わが後生が大問題となるのである。
阿弥陀仏のお導きなのだから仕方がない。
それ以外に、救われる道はない。



阿弥陀仏の勅命は、善導大師が明らかにされたように「汝一心正念にして直に来れ」です。「直に」とは字の意味からして「今すぐに」ということであり、親鸞聖人の解釈は「方便を捨てて他力に帰せよ」ということです。本来存在しない横の道を設け、その道進んで縦の一念までは因果の道理を信じて廃悪修善に励まねば辿り着けないと教えるのは、如来の「直に来れ」の勅命を妨げています。

後に書いている「早く小学校、中学校、高校、大学へと、進んでもらいたい」も同様に、如来の「直に来れ」の勅命を妨げています。進んでいった先に救いがあるのではありません。只今のことです。

また、親鸞会会員は廃悪修善と教えられ、とにかく一生懸命活動していますが、誰か後生が大問題になった人はあるでしょうか?
「因果の道理を信じて廃悪修善に励めば後生が大問題になる」という教えを聞いて、行じているはずの会員の皆さんが、何十年求めてもそうならないとしたら、証がありません。親鸞会の主張こそ大問題です。



その仏意は、観念や学問では露知れない。
当たり前だ。
18願だけでよいと自惚れ、
19願も、因果の道理も、「未熟者が相手のものだ」
ぐらいに見下げているのだから。
そんなことを言っている者、自身が、
そもそも、因果の道理を説く内道を、積極的に信じてさえいない、
内外廃立さえも終わっていない、ホンモノの未熟者。
まさに信仰の幼稚園児である。
そんな幼稚園児に騙されて、
万劫にもないチャンスを逃してはなるまい。
その幼稚園児にも、早く小学校、中学校、高校、大学へと、進んでもらいたい。



19願の善ができると自惚れ、18願の救いを聞こうとしないのですから、どれだけ活動に励んでも阿弥陀仏の光明はそういう者を照摂しません。
18願一つ説く者を信仰の幼稚園児、内外廃立も終っていない未熟者と言われていますが、では論点スライドして相手の主張をねじ曲げたり、偽装勧誘をしたり、嘘をついたりして平気な団体は、内外廃立が終わっているのでしょうか?
そんな団体に騙されて、時間と体力とお金を無駄に費やしている会員を、早く解放してあげて下さい。



善知識方は、
「雑行を捨てよ」とは言われても、
「善を捨てよ」とは言われない。
その、雑行が廃る一念まで導くのに、
必ず通らせねばならない心の道程を弥陀は19願20願で
必ず通らせて救うと、念じておられるのである。
弥陀の御念力で、信前も導かれてこそ、
はじめて18願に摂取されるのである。
十方衆生に、この心の道程はひとりとして例外はない。
これは信心獲得させて頂けば、
誰でも、
自ずと知らされる、
疑いようのない、「十方衆生」が相手の仏意であり、
三願転入こそ、万人救済の弥陀の真意なのである。
このことに、早く気付かせて頂けた私は幸せ者。
なればこそ、この身に生かされたのだ。
これを正しく、説いておられるお方が、
浄土真宗親鸞会の、高森顕徹先生なのである。



往生のために修する諸善を雜行と言いますが、雜行を修めている内は、心は雜行に向いて離れませんから捨てよと教えられるのです。まして「獲信の因縁として善を修せよ」「善をしなければ信仰は進みません」などと教えるのは、雜行を勧めるようなものですから、親鸞聖人、蓮如上人の教えと真逆です。

『御文章2帖目9通』には、次のように教えられています。

そもそも、阿弥陀如来をたのみたてまつるについて、自余の万善万行をば、すでに雑行となづけてきらへるそのこころはいかんぞなれば、それ弥陀仏の誓ひましますやうは、一心一向にわれをたのまん衆生をば、いかなる罪ふかき機なりとも、すくひたまはんといへる大願なり。
しかれば一心一向といふは、阿弥陀仏において、二仏をならべざるこころなり。このゆゑに人間においても、まづ主をばひとりならではたのまぬ道理なり。されば外典のことばにいはく、「忠臣は二君につかへず、貞女は二夫をならべず」(史記・意)といへり。阿弥陀如来は三世諸仏のためには本師師匠なれば、その師匠の仏をたのまんには、いかでか弟子の諸仏のこれをよろこびたまはざるべきや。このいはれをもつてよくよくこころうべし。
さて南無阿弥陀仏といへる行体には、一切の諸神・諸仏・菩薩も、そのほか万善万行も、ことごとくみなこもれるがゆゑに、なにの不足ありてか、諸行諸善にこころをとどむべきや。すでに南無阿弥陀仏といへる名号は、万善万行の総体なれば、いよいよたのもしきなり。


はじめの「阿弥陀如来をたのみたてまつるについて、自余の万善万行をば、すでに雑行となづけてきらへる」をみて下さい。

「阿弥陀如来をたのみたてまつる」=「獲信」
ですから、獲信の因縁になるとして自余の万善万行を勧めている親鸞会は、雑行を勧めていることになるのです。

親鸞会では、阿弥陀仏以外の仏や菩薩や諸神に向いては、弥陀一仏に向けないと説きます。
同じように、獲信の因縁になるということで万善万行に心をとどめていては、南無阿弥陀仏に心が向かないのです。
しかし、この部分をあえて親鸞会は説きません。会員の人から聞きましたが、『御文章』は「聖人一流章」以外読ませないということは本当だったのですね。親鸞会にとって、上のようなお言葉は余程都合が悪いのでしょう。

そんな諸行諸善にこころをとどめている人を、蓮如上人は「南無阿弥陀仏といへる行体には、一切の諸神・諸仏・菩薩も、そのほか万善万行も、ことごとくみなこもれるがゆゑに、なにの不足ありてか、諸行諸善にこころをとどむべきや」と痛烈に批判し、南無阿弥陀仏に向けさせようと導いておられます。

自己の修する諸善に心をかけず、如来のお助けを聞かせて頂くのです。
自力を捨てようと躍起になって如来のお助けに心が向かず、方便願に押し止められているのが親鸞会会員です。会員がそうなってしまうのは、説くものの責任です。「往生のために修する諸善(雑行)を捨てよ」と「獲信の因縁としての善を捨てよ」は同じことです。捨てるべき雜行を拾わせ、勧めて、阿弥陀仏の御心を踏み躙り、親鸞聖人の教えを破壊している悪知識の集団が親鸞会ということです。


善知識方は、18願を聞いて只今救われよと仰っています。
それに対して、直ちに18願を信じない者のために、阿弥陀仏は20願で自力念仏往生を、19願で自力諸行往生を誓われているのです。18願他力念仏往生を聞いて、阿弥陀仏に平生只今救われたいと思う人には、19願や20願は勧められません。また、親鸞聖人が19願を勧められたところは一ヶ所もありません。



「獲信の因縁として善をせよ、善をしなければ信仰は進まない」とか、「雑行が廃る一念まで導くのに、必ず通らせねばならない心の道程を弥陀は19願20願で必ず通らせて救う」などという珍説を唱え、19願や『観経』の顕説を根拠に善もどきの善をやらせ、金と人集めに狂奔して会員や大衆を18願へ近づけなくさせている人物が高森会長です。

このブログの著者は、自身の「かりそめのやすらぎを守るために」、高森会長に荷担しているのでしょう。

「無知は至福なり」と言われますが、今死を迎えた時に高森先生信心は大丈夫なのか、このブログの著者や会員の皆さんはよく考えてもらいたいと思います。

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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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