聖覚、隆寛両師と矛盾しないように、親鸞聖人の御著書を解釈する

名無し様より再びコメントを頂きました。
読者の皆さんにも知って頂きたいと思い、記事にして取り上げます。



親鸞聖人は自身の先輩である聖覚法印および隆寛律師のお二人を特に尊敬なさっていたことはよく知られており、その二人の御著書をしばしば書写されて御門弟の方々に与えられています。
後世物語聞書もその一つであろうという見方が有力です。
親鸞聖人はこの二人の御著書の拝読をしばしば勧められており、
その中にはどこぞの会の誤りをそのものずばり言い当てた言葉が沢山出てきます。
一つ例を挙げると

念仏の門に入りながら、なほ余行をかねたる人は、そのこころをたづぬるに、おのおの本業を執じてすてがたくおもふなり。
あるいは一乗をたもち三密を行ずる人、おのおのその行を回向して浄土をねがはんとおもふこころをあらためず、念仏にならべてこれをつとむるに、なにのとがかあらんとおもふなり。ただちに本願に順ぜる易行の念仏をつとめずして、なほ本願にえらばれし諸行をならべんことのよしなきなり(唯信抄)


繰り返しますが親鸞聖人は、聖覚法印および隆寛律師の御著書を大変重視しておられました。
それこそ御自分のお言葉以上にです。
ならば、親鸞聖人の御著書を読み解くにあたっては聖覚、隆寛両師の御著書と矛盾しないように解釈することが、聖人の御心にかなうことと、私は思います。
そして、両師が「獲信のための諸善」の勧めを全く説かれていない以上、親鸞聖人の御著書にもそのような意図は決してないと言うことが出来るでしょう。



仰る通りです。
親鸞聖人の教えを正しく知るには、師である法然聖人、遡って善導大師、曇鸞大師などの七高僧方、また、法然門下でも聖覚、隆寛両師がどのように教えられたかを見る必要があると思います。

特に、経典やお聖教に説かれてないことをさも説かれているように主張したり、経典やお聖教の一部を断章して意味を改ざんしたりと、捏造・創作した珍説ばかりを説く団体を相手に教義内容を見ていく場合は大事なことでしょう。

某会では、最近、『なぜ生きる』や『歎異鈔をひらく』で親鸞聖人のお言葉を確認すると聞いています。直に『真宗聖典』で確認すると、親鸞聖人のお言葉の前後を読まれる可能性があるので、都合が悪いのでしょう。『真宗聖典』を直に拝読し、会長のトリックを見破って正意の安心に基づいて頂きたいと思います。
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ある布教使様いわく。
「聞いて助かるではない。助けてやるを聞くばかり」
「落ちる落ちないではなく。落としはせぬのお慈悲を聞く」
真宗の信はあくまでも如来が先ということですね。

>名無し様

先手の法、本願力回向のご法義に満ちたお言葉ですね。有難うございます。

南無阿弥陀仏
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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