これが会員の心情です

本日はため息様より頂いたコメントから、会員さんが阿弥陀仏の救いをどう聞いているのか見ていきたいと思います。


ある会員に(会員歴7年教学7号) 「信心決定を リアルに思えますか?」と 
尋ねたら「そう思えないから聴聞し 活動してます」と答えました。

又、ベテラン幹部に 「ただ今の救いと思えますか?」
と尋ねたら 「もっと教学して聴聞して宿善厚くなったら、ただ今の救いと思えて、
信心決定もすぐだと思う」と 答えました。

ただ今の救いと聞いて知っていても、
「三願転入」「善をして信仰を進む」「縦と横の線」
これらで 本音は「阿弥陀仏の本願力でただ今救われる」と 「信じるため」
の 信仰で 「救い」は、ずーとずーと先にあります。いや、
真宗を信じるための宗教、宿善厚くしたい宗教 みたいなもんですね。



とてもよく分析されていると思います。

「只今の救いに遇うまでに、もっと教学して、聴聞して、宿善が厚くなっていかなければならない」
「何もしなかったら信仰は進まず、救われるはずがない」


という会員の心情がよく表れています。

会員になった人は、少なからず最初は「平生の弥陀の救いに遇いたい」と思っていたはずです。「平生」=「現在只今」というのは聞いているでしょう。
それがいつの間にか、救いは聴聞して、教学して、活動して、宿善が厚くなっていった未来にあることとしか思えず、とても現在只今救われるとは思えなくなってしまっていませんか?

「平生に信楽になったという時が必ずある」と会長は説法します。しかし、自分自身、信楽になったという時がなく、自分より長く熱心に求めているであろう周囲の会員も信楽になったという時がない、というのが現実ではないでしょうか?



それはなぜなのか?

今まで書いてきたことですが、会長が十八願を正しく説いていないから、そして救いまでに不要な「通らねばならない道程」を設けているからです。

ため息さんもご指摘のように、「三願転入」「善をして信仰が進む」「縦と横の線」、また「宿善を厚くする教義」「因果の道理の強調」などによって、十八願の救い一つを求めていたはずが、十八願一つでは救われないように思い込まされているのです。

これでは、直ちに救う本願がありながら、直ちに救われるとは毛頭思えないでしょう。方法論にとらわれて、「続けること」「活動すること」「信仰を進めること」が目的になってしまっています。
信仰が進んだ先に救いがあるのかどうかは、「進めば分かります」とお茶を濁されて分かりません。「進めば分かります」と答える人自身が進んでいないのに、無責任な発言です。
そして、聴聞や活動によって具体的に進んでいるのかどうかも分からない道を、延々「進め」と鞭打たれているのが現実です。


この世は無常です。今日にも死が迫っているかも知れません。今のままで阿弥陀仏の救いに遇えるのかどうか、会員の皆さんには真剣に考えて頂きたいです。
そして、動くなら一日でも早い方がいいです。ぐずぐずしている間に無常が来て、必ず救う本願を前にまたしても流転を重ねては、永遠に後悔するだけです。
親鸞会教義の誤りに気づいた人から、既にどんどん見切りをつけています。決断は、今、会員の皆さん一人一人に迫られています。外の世界に飛び出し、手探りで救いを求めるのは確かに勇気が要るでしょうが、どうか恐れず、一歩を踏み出しましょう。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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