【ツッコミ】”三願転入の教えはない”という邪説(3)ー親鸞会の断章早とちりがここにも出ています

【ツッコミ】”三願転入の教えはない”という邪説(2)ー親鸞聖人のお勧めは専ら18願ですの続きです。
本日も、『夢幻界裡の覚醒』”三願転入の教えはない”という邪説の記事を取り上げます。



 仮令の誓願(第十九願)まことに由あるかな。(教行信証化土巻)
 果遂の誓(第二十願)、まことに由あるかな。(教行信証化土巻)
「十九願(善のすすめ)
 二十願(御念仏のすすめ)
 のお導きがあったればこそ、
 選択の願海に転入できたのだ。
 まことに尊いお導きであった」
親鸞聖人は「無駄な寄り道だった」などとは言われていない。
19願を喜んでおられる。



獲信の現在から振り返ってみれば、「こんなことも私にとっては必要だったのだろう」と、如来の方便を喜ばせていただけます。しかし、これから救われようという人に、権仮方便の行信を獲信するために修せよ、などと親鸞聖人は教えておられません。
「親鸞聖人の体験告白」と、「親鸞聖人が勧められたこと」とを混同しているために、方便の行信に会員を止めさせてしまっているのでしょう。
【ツッコミ】”三願転入の教えはない”という邪説(2)ー親鸞聖人のお勧めは専ら18願ですで述べたように、親鸞聖人の教えは専ら18願の勧めです。19願、20願の行は横出の教えであり、化土往生の行であって、さとりの完成には迂回の善だと仰っています。
そして、19願の行信を勧められていないことからも、親鸞会が三願転入の御文を根拠に定散二善の実行をして信仰を進めよと教えることが、如何に親鸞聖人のお心とかけ離れているか分かると思います。

『化身土文類』では
・19願の行信の結果は方便化土である
・定散二善は「欣慕浄土の善根」である

と教えられていたことを踏まえて、要門(19願)について教えられた結論を見てみると、

経家によりて師釈を披くに、雑行のなかの雑行雑心・雑行専心・専行雑心あり。また正行のなかの専修専心・専修雑心・雑修雑心は、これみな辺地・胎宮・懈慢界の業因なり。ゆゑに極楽に生ずといへども三宝を見たてまつらず。仏心の光明、余の雑業の行者を照摂せざるなり。仮令の誓願(第十九願)まことに由あるかな。仮門の教、欣慕の釈、これいよいよあきらかなり。

と仰り、阿弥陀仏の光明は19願の行者を照摂しないことが教えられ、「仮令の誓願(第十九願)まことに由あるかな。」と続きます。19願は浄土を慕い願わせる方便の願だと見ておられ、方便の行信をやりなさいと勧めてはいません。

上のお言葉の意味を、『顕浄土方便化身土文類講讃』(梯實圓著 永田文昌堂)377-378頁から引用します。

さて要門自力の行の根源である第十九願について「仮令の誓願まことに由あるかな。仮門の教、欣慕の釈、これいよいよあきらかなり」といわれたのは、第十九願は阿弥陀仏が設定された方便の願であり、それを開説された『観経』は釈尊が未熟な機を誘引する方便として浄土を忻慕せしめられた権仮方便の経であることを確定された言葉である。「仮令の誓願」の「仮令」とは、第十九願に臨終来迎を誓うときに用いられた言葉で「たとい」と読み、「かりに」「もしも」の意味を顕している。しかし、「かりに」「もしも」から転じて、「おおよそ」「たいがい」の意味に用いられる。さらに形容動詞として「かりそめのこと」、「いい加減なこと」の意味に用いられていた。今は、「かりに」施設された法門であって、究竟の真実ではないことを顕わす言葉として用いられていると見られたのである。第十九願の法義は、真実の報土に至る道を示されたものではなくて、未熟な機を導くための権仮方便の法門を誓われていたから「仮令」という方便を表す言葉が使われていたことの意味がよくわかったというのである。「仮門の教」とは、定散二善という権仮方便の行法を説く経典ということであり、「欣慕の釈」とは、「散善義」の三心釈で『観経』の内容を、善導大師が「また決定して、釈迦仏、この『観経』に三福・九品・定散二善を説きて、かの仏の依正二報を証讃して人をして欣慕せしむと深信すと」と説かれていたことを表している。『観経』は、聖道門の人々に浄土の依正二報を説いて、浄土を忻い慕わせ、誘引するために説かれた権仮方便の教であったことがよくわかるといわれるのである。


このように、「仮令の誓願(第十九願)まことに由あるかな」の前後を拝読すれば、親鸞聖人が19願を勧めておられるかどうかは分かるのですが、一部分だけ取り出して自説の根拠にするから、断章取義だといわれるのです。

また、19願では、臨終来迎を期待しなければ化土へも往けません。平生業成の教えからは、臨終来迎の教えは出てきません。平生業成の教えだと言いながら、中身は臨終来迎の教えにすり替わっていることに会員の皆さんは早く気がついて下さい。



 ここをもつて釈迦牟尼仏、福徳蔵を顕説して『群生海』を誘引し、
 阿弥陀如来、本誓願を発してあまねく諸有海を化したまふ。
 すでにして悲願います。修諸功徳の願(第十九願)と名づく、
 また臨終現前の願と名づく、また現前導生の願と名づく、
 また来迎引接の願と名づく、
 また至心発願の願と名づくべきなり。(教行信証化土巻)
 
ここでも、
「『群生海』を誘引し」と、文証は明らかである。



文章には流れがあります。親鸞会は流れを無視して断章し、教えをねじ曲げてばかりいます。昔から全く治らない悪癖です。なお、これはmixiでのこうへい氏の主張と全く同じです。

化土巻のこの直前の部分から拝読すれば、上の主張はおかしなことがわかります。この件については、『飛雲』[mixi]三願転入議論の解説2[mixi]三願転入議論の解説3に詳しく書かれているので参照して下さい。



宿善についても、大経讃についても、誡疑讃についても、持名鈔についても、都合のよいお言葉を前後構わず引っ張ってきて創作されたのが親鸞会教義です。
このまやかしは、親鸞会教義しか知らない人が見破るのは難しいかも知れません。先に「高森先生に間違いない」信心を植え付けられ、最近では真宗聖典も拝読しないようですから、情報弱者は気づくまで騙され続けます。早く親鸞会の邪道を出でて、18願他力念仏の法門に入って頂きたいと願わずにはいられません。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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