【ツッコミ】”三願転入の教えはない”という邪説(5)ー自説防衛のためには使えるものは何でも使う姿勢

【ツッコミ】”三願転入の教えはない”という邪説(4)ーまたしても断章早とちりですの続きです。
本日も、『夢幻界裡の覚醒』”三願転入の教えはない”という邪説の記事を取り上げます。



「私は十九願、二十願を通らずに十八願に入った」という者は他流である。

それでも、
「三願転入」は万人共通の普遍的なプロセスだという主張が、
”親鸞会独自だ”と、もっともらしい(わけでもないが)言葉を連ねて
堂々とハッタリをかます愚か者がある。
信仰の園児に惑わされては余りにも情けない。



三願転入は親鸞聖人が初めて言われたことです。七高僧、覚如上人、蓮如上人、どなたも19願、20願の道程を経て18願に入ったという体験告白はしておられません。
親鸞聖人の教えを正確に伝えたとされる覚如上人、蓮如上人が同様の体験告白を述べられていない三願転入の御文を殊更重視し、本来ないはずの横の道を設けて19願、20願を当てはめ、救われるには19願の善をやれという珍説を唱えている団体が親鸞会です。
その割には19願の行と信の説明をせず、献金と人集めを会員にやらせています。19願通りの善を全く実行していないというのが会員の実状でしょう。

また、『夢幻界裡の覚醒』の著者の言う通りならば、親鸞会の歴史から疑問が出てきます。高森会長が三願転入の説法を始めたのは35周年の時からだと『私の白道』にありますから、それまで三願転入を「教え」として言わなかったし、説かなかった高森会長も他流ということになりますが、それでよろしいですか?
それどころか『顕正』には、

教家は常に虎の説法をしなければならないのである。

と、常に18願の説法をしなければならないとありますが、これはどう理解しているのでしょうか?
『顕正』では、18願をすぐに受け入れないからと言って未熟な機に合わせて20願を説くことを、弟子に猫の手本を渡すことに例えています。その結果、弟子は猫の絵しか書けなくなったとあります。
まして19願の説法をする会長は、弟子にネズミの手本を渡すようなものです。これについては、『親鸞会教義の誤り』に詳しく書かれていますのでお読み下さい。

さて、創作教義ですから
「三願転入」は万人共通の普遍的なプロセスだ
と仰る根拠が親鸞聖人のお言葉にないようで、仏教辞典から引用してきています。しかも上から目線で見下して・・・
自称(某)本願寺布教使サンは高森会長の話以外は大したことないと思っていることが伺えます。



〈岩波仏教辞典〉でさえ、以下のように解説している。

 浄土往生を願う人々はまず、
 【第19願の方便要門】から【第20願の真門】に転入し、
 続いて、第20願の真門より【第18願の弘願真実門】に
 転入することによって、真実の浄土に往生する。
 第19願は、定散二善によって往生を目指す万行・諸善の仮門であり、
 第20願は、自力の念仏によって浄土に往生しようとする
 念仏一行の法門である。
 この二願が自力の行と信にもとずく方便の法門であるのに対して、
 第18願は、阿弥陀仏の本願力の廻向によって
 真仏土へと往生するという絶対他力の真実の法門である。

「三願転入」は、間違いなく、
”すべての衆生を救う弥陀のお計らい”なのである。



岩波仏教辞典には、従仮入真の立場で阿弥陀仏の救済を説明されています。
このことは、当ブログでも、【ツッコミ】善の勧めと、信心獲得〈雑行を勧める親鸞会〉に、

親鸞聖人は、聖道門、要門、真門を弘願に導き入れる権仮方便の教説であるとみられました。その権仮方便とは、階層性があるのです。外道の人に聖道門を説いて内道に導き、聖道門での此土入証を断念した人に要門を説いて浄土門に導き、要門の行信に堪えられないものに真門を説いて念仏一行に導き、ついには弘願に転入せしめられるのです。

と既に書いたことです。

「権仮方便を実行せよ」とは教えられず、「権仮方便を捨てて真実に入れ」と教えられたのが親鸞聖人ということが、自称(某)本願寺布教使さんには全く分かっていないようです。
「権仮方便を捨てて真実に入れ」と親鸞聖人が教えられていたことは、『歎異抄』後序の

おほよそ聖教には、真実・権仮ともにあひまじはり候ふなり。権をすてて実をとり、仮をさしおきて真をもちゐるこそ、聖人(親鸞)の御本意にて候へ。

のお言葉から分かります。三願転入の御文を見てみても、

ここを以て、愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化によりて、久しく万行諸善の仮門を出でて、永く雙樹林下の往生を離る。

ですから、「親鸞は善知識方のお導きによって、19願を出て離れた」ということであって、「善知識方のお導きによって19願の善に励まれた」のではありません。このことは、法然聖人の説かれ方を知れば明らかです。例えば、『選択集』には、

諸行は廃せんがために説く、念仏は立せんがために説く。

と教えられています。


岩波仏教辞典の記述は読む人によっては親鸞会教義の正統性を裏付けるような文章にも見えますが、「権をすてて実をとり、仮をさしおきて真をもちゐるこそ、聖人(親鸞)の御本意にて候へ」のお言葉を知れば、権仮方便を勧める親鸞会は聖人の御本意に背いているということが明らかに知らされます。さらには、親鸞聖人のご著書に「19願の善(定散二善)を獲信の因縁として修せよ」と教えられた御文がないのですから、親鸞会の主張する「三願転入の教え」は珍説以外のなにものでもありません。
都合のよい文章を闇雲に引っ張ってくるしかない、苦しい親鸞会事情(自称(某)本願寺布教使サンの事情?)が伝わって参ります。

信前から信一念までのプロセス、信一念に至るまでの心の道程を創作し、そこを通らなければ救われないと説く、「信前の体験至上主義」の団体は、決して体験談を説く人々を非難できるものではないことを知るべきでしょう。



以上長くなりましたが、”三願転入の教えはない”という邪説へのツッコミはこれで終りたいと思います。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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