『教行証文類』の概要(12)ー真実の仏土

『聖典セミナー教行信証[教行の巻]』(梯 實圓師)より引用

真実の仏土

 このような往相の証果を開く場である無上涅槃の境界を真仏・真土として明かされたのが「真仏土文類」です。そこでは第十二の光明無量の願、第十三の寿命無量の願に報いて成就された報身仏である阿弥陀仏の無量寿(アミターユス)・無量光(アミターバ)の徳と、阿弥陀仏が本願によって荘厳された大涅槃の境界である真実報土のありさまが詳しく顕されています。それゆえ真仏と真土を顕す文類といわれたのです。

 無量光の光明とは、阿弥陀仏の智慧の徳を表しています。その智慧は、教えの言葉となって私たちに届けられ、自己中心的な想念に支配され、愛憎の煩悩に迷っている私たちを呼び覚まし、愛憎を超えた怨親平等の浄土こそ万人の帰すべき真実の世界であることを知らせ続けているのです。親鸞聖人は、そのような阿弥陀仏を不可思議光仏と呼び、浄土を無量光明土と讃嘆されています。

 また阿弥陀仏が無量寿の徳をもつ「無量寿如来」、すなわち限りない「いのち」の徳をもつ如来であるということは、自己と他者との隔てを完全に取り払って、自他一如のさとりを完成された如来であるということを表しています。それを本願には、「衆生もし往生せずは、われも正覚をとらじ」と誓われていました。己を空しくして、一切衆生の救いに「いのち」をかけている阿弥陀仏は、生きとし生けるすべてのもののうえに自己を見出し、自己のなかに一切の衆生を見出していきますから、阿弥陀仏の「いのち」は無限なのです。

 このように自他一如の誓願の成就した如来・浄土ですから、阿弥陀仏のさとりの自境界であると同時に、往生者が受用する生仏一如の身土でした。このような真仏・真土を開顕することによって、はじめて往生即成仏という前人未踏の証果論を展開することができたのです。また如来(真仏)・浄土(真土)は、往相回向の証果を開く場所であると同時に、一切の衆生を救済する救済活動がそこから起こってくる根元として、二種回向の淵源であることも明らかにされています。浄土を帰着点と見る人は多かったが、真実の活動の出発点であると明らかにされるところに「真仏土文類」の特色があります。


(p.23~p.24)



自分と他人とを明確に分別し、いつも自分を中心として物事を考えている。愛する人、自分にとって都合がよい人は親しみ近付けるが、嫌いな人、自分にとって都合が悪い人は憎しみ遠ざける。

そういう愛憎の煩悩に迷っている私ですから、そんな私に愛憎を超えた怨親平等の世界を教える如来の教法は、スケールがまるで違います。そのような浄土のあることを教えていかれた釈尊、親鸞聖人はただ人ではないと改めて思いました。
そして、浄土は決して理想ではなく、阿弥陀仏が本願で誓われた通りに成就されております。また、限られた聖者のみが往けるお浄土ではなく、愛憎の煩悩に狂う私が本願の正客であることに、ただただ「本願のかたじけなさよ」とお念仏申すばかりであります。

南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード