「できるかできないかやってみないと分からない」と言われ、やらされていることの実態

「できるかできないかやってみないと分からない」と親鸞会は主張します。
何が「できるかできないかやってみないと分からない」かと言うと、定善散善といった行や、まことの善のことです。

しかし、親鸞聖人は、私達凡夫には定善散善はできないと『化身土文類』に仰せです。できないと仰っていることに対して、反抗的に「できるかできないかやってみないと分からない」とは、自惚れも甚だしいというものです。
また、定善散善という因に対して20願へ進むという果が得られるなど、どこにも根拠がありません。因果の道理を説きながら、少しも因果が分かっていないのが親鸞会です。

この前のテレビ座談会で散善の話があったようですが、定善散善とはどのような行なのかについて、今に至るまで教えられなかったことを会員の皆さんは不思議だと思わないのでしょうか?

しかし、定善散善も名ばかりで、実際は献金と勧誘ばかり勧められています。その証拠に献金を頑張った人には「恩徳報謝賞」を与え、勧誘を頑張った人には「真実開顕賞」を与えています。そして、受賞者を顕正新聞や顕真で大きく取り上げます。
そんなことをしたら、賞を受けた人は、名誉欲が満たされ内心にんまりする心が出てくるでしょう。また、親鸞会にのめり込んでいる人は、賞をとって会長が参加する懇親会に出たいと、賞を取ること・懇親会に参加することを目標に活動に励むかもしれませんが、それも名誉欲のなせる業でしょう。

中には、周りからあの人は立派な親鸞学徒だと認められたくて、活動に精を出している人もいるでしょう。反対に、しっかりやらないと上司に叱られるから、指摘されるからという思いで活動している人もいるでしょう。誉められたいのも、人から悪く言われたくないのも名誉欲です。

「まことの善ができるかできないかやってみなさい。できるかできないかやってみないと分からないのだ」といいながら、実際は名誉欲を刺激する仕組みを用意して、会員は欲を満たす活動に邁進させられているのです。

親鸞会の活動の中に「まことの善」がありますか? どうか、冷静に考えてみて下さい。

会員の皆さんは、自分が親鸞会で活動に励んでいる原動力は何なのか、よく自己を見つめてみられたらよいと思います。それが単なる名誉欲などの欲ならば、そんな活動ははやく辞めてしまったらよいでしょう。



速やかに生死を離れようと思うなら、法然・親鸞聖人のお勧めに従い、定散などの諸行は廃して、念仏一行を一心に称えて下さい。阿弥陀仏の光明は余の雑業の行者を照らし摂めませんが、本願を信じ念仏する者を、阿弥陀仏は摂め取って決してお捨てになりません。
どうか、「助けるぞー」の弥陀の勅命を計らいなく聞き受けて下さい。



【補足】
安心問答随想も合わせてご覧下さい。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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