親鸞会で勧めるお勤めは、雑修を勧めています

少し前に、『元会員から見た浄土真宗親鸞会』のコメント欄で雑行についての議論が交わされていました。対策員と思われる人物が途中で論点スライドしようとして失敗し、以後議論を放棄してしまいましたが、代わりに私が答えておきます。

論点スライドしようとした質問は、

「善を勧めるS会」を「実際は雑行を勧めている」というものに対して「朝晩のお勤めの勧めもないのですか」と聞いたらよいと教えてもらいました。「お勤めを勧める」ことは「雑修を勧めること」になるのですか?」『元会員から見た浄土真宗親鸞会』コメント欄より)

でした。

まず結論からいいますと、「本来浄土真宗で言われるお勤め」を勧めることは、雑修を勧めることにはなりません。お勤めは、親鸞聖人、蓮如上人の教えを聴聞することだからです。親鸞聖人、蓮如上人の教えとは、本願力回向による救いの法です。あくまでも救いの法をお聞かせ頂くのが、お勤めをすることです。親鸞会独自の宿善論、親鸞会流三願転入の教えのように、聞法・お勤めと自力諸善を同列に扱うことがそもそも問題なのです。

『御一代記聞書』に、

一 十月二十八日の逮夜にのたまはく、「正信偈和讃」をよみて、仏にも聖人(親鸞)にもまゐらせんとおもふか、あさましや。他宗にはつとめをもして回向するなり。御一流には他力信心をよくしれとおぼしめして、聖人の和讃にそのこころをあそばされたり。ことに七高祖の御ねんごろなる御釈のこころを、和讃にききつくるやうにあそばされて、その恩をよくよく存知して、あらたふとやと念仏するは、仏恩の御ことを聖人の御前にてよろこびまうすこころなりと、くれぐれ仰せられ候ひき。

と教えられているように、浄土真宗の勤行は、私から仏への回向の意味は全くありません。他力回向の法を聞かせて頂くことであり、仏恩報謝として勤めるのがお勤めです。
詳しくは、浄土真宗の勤行の意味するものを参照して下さい。


先ほど「本来浄土真宗で言われるお勤め」と書きましたが、「親鸞会で言われるお勤め」は雑修です。雑修については、『化身土文類』に、

雑修とは、助正兼行するがゆゑに雑修といふ。雑心とは、定散の心雑するがゆゑに雑心といふなり、知るべし。

(現代語訳)
雑修とは、正.助の行である五正行のうち二つ以上を修めるから雑修という。雑心とは、定善、散善を修める自力の心をまじえるから雑心という。

と教えられています。

親鸞会ではお勤めを五正行の実践に当てはめ、『教学聖典』には宿善が厚くなる行いとして、熱心な聞法の次に五正行の実践を挙げています。
・善をしなければ信仰は進みません
・修善と獲信はよい関係にある
・獲信の因縁として善を修せよ

として、お勤めをすることが親鸞会で言う「横の道」を進み、「縦の線」まで進むために必要なことであると教えているのです。
会員の皆さんは、お勤めを自己の善根(たねまき)としてとらえ、それが何らかの形で獲信の役に立つ(善のできない自分と知らされるなど)と考えてはいませんか?
あるいは、必ずやらないと助からないかのように教えられるから、無間地獄に堕ちるのは嫌なので助かるかどうかはわからないけど、とにかくやらなければということで半ば仕方なしにお勤めをしていませんか?
お勤めを宿善が厚くなる行だとか、お勤めをしないのは親鸞学徒ではない(ときには、お勤めをしないと助からないというようにきこえるような言い方もしています)などと教えてお勤めを勧めるのは、雑修雑心を勧めていることに他なりません。

このように親鸞会では、雑行・雑修を勧め、自力の心をより堅固にするような教えを説いています。親鸞会教義を要約すると、
「雑行を捨てるために雑行をせよ」
「雑修を捨てるために雑修をせよ」
「自力を捨てるために精一杯自力で求めよ」

ということです。そんな教えは浄土真宗にはありません。

会員の皆さんには、いつまでもそんな教えを唯一絶対にして真実の宗教だなどと盲信していずに、早く見切りをつけて本来の浄土真宗を聞いて頂きたいと思います。



【参照】
『こんなことが言いたい』勤行の意義
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募財推進会合>勤行

今から11年前か12年前だったか忘れましたが、滋賀での法話だったと思います。第一青年本部の建立ご報謝の予約が満額に至らず、青年部幹部が会長の長男のメタボ嫁に搾り上げられていました。

13時半に勤行なのでそろそろ座を立とうとした所、メタボ嫁は、
「会長先生より許可を頂いたので、勤行の時間も続ける」
と言って募財推進会合を続けました。

そういう許可を会長が出した時点で、親鸞会では金集め>>>勤行だと気がつきました。その後、批判サイトで会長が勤行をしていない、会長が贅沢三昧であることが明らかになりましたが、ああいう許可を出す会長の深いみ心は、欲深いみ心だったということだったのですね。
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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
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平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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