【ツッコミ】”三願転入の教えはない”という邪説2ー本願寺の主張に疎い自称「本願寺の僧侶」

今回は、『夢幻界裡の覚醒』”三願転入の教えはない”という邪説2についてツッコミを入れたいと思います。
相変わらず親鸞会理論の焼き増しですが、本願寺が親鸞会の「三願転入の教え」を認めるかのような文章を書いています。


そもそも「三願転入」について、古今の浄土真宗に諸説ある中で、
現在の本願寺の中でも、ちょっと調べればすぐ分かるほど、
 
「親鸞聖人の”三願転入”という宗教体験は、
 単に聖人個人の体験に留まらず、
 ”浄土三部経全体の構造”まで明らかにする内容であり、
 ”浄土真宗教学の根幹をなす教え”にもなっています。」
 
と、【三願転入】は浄土真宗の【教え】と主張される人は
よくあるのであり、(当たり前だが)
「三願転入の教えが七高僧にない」などというのは、
「三願転入」という言葉がなければ、その教えはない、という超低級か、
それに毛が生えた程度の浅薄な理解である。
七高僧の教えどころか、
”浄土三部経全体の構造”とか”浄土真宗教学の根幹をなす教え”
と理解できている学者に、少なくとも及ばない程度ということ。
 
その分際で、「三願転入の教え」を主張する親鸞会を「間違いだ」と言っているのは、
自分が正しいと強引に決め付ける幼さと妬みマル出しの悲しさである。



相変わらずどこから引っ張り出してきたのか分からない文章です。せめて論文名と著者名位は明らかにしてもらいたいところです。

さて、『真宗の教義と安心』(本願寺出版社)には三願転入について書かれている箇所がありますが、この本をブログの著者は知っているでしょうか? 該当箇所だけ引用すると、

 親鸞聖人は、この三願について、第十九願より第二十願へ、第二十願より第十八願へという、いわゆる三願転入の表白をされている(「化身土文類」四一二)。これを、聖人の実際の体験とみるか否かについては、異論のあるところであるが、たとえこれを聖人の求道の過程と見ても、まず第十九願より入れという意味ではなく、第十九・第二十願は捨て去られるべきものであり、第十八願のみに依れという意味ととるべきである。(p.2~p.3)

とあります。

親鸞会の主張するように、第十八願に救われるのに第十九願・第二十願の行をやれとは教えていないことがわかります。「本願寺の僧侶」なら、親鸞会流「三願転入の教え」は否定されていること位お分りになりませんかね?

親鸞会の言うことが正しいと主張するなら、親鸞聖人が第十八願の救いを求める人に第十九願の修諸功徳の善をやりなさいと勧められている根拠を示して下さい。いくら長々と文章を連ねたところで、明確な根拠がないのでは珍しい教えと言われて仕方がありません。
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No title

本派では『真宗の教義と安心』は得度の際のテキストとして使われますから、
「読んだことありましぇ~ん」の言い訳は通用しませんね*笑*
あるいは「本派じゃなくて大派ですので・・・」なんて言って逃げるんでしょうか*笑*
あ、それとも「某本願寺」は浅草の東本願寺のことか、嵯峨野の本願寺のことを言いたいのかな?
あるいは東山本願寺かな?
きちんと答えて欲しいですね。ねッ、牧○講師*笑*

>Rudel様

本当に本願寺の僧侶なら、読んでいないハズはないでしょう。
立場を詐称しているかは定かではありませんが、人の書いたものを勝手に引用したり、論点スライドしたり、非常識な所は高森会長ゆずりですね。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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