【ツッコミ】七大経⑫-7(後生の一大事を心にかけよ)3ー高森会長の造語の説明をする古参の講師

本日も、浄土真宗親鸞会 奥越親鸞学徒の集い 七大経⑫-7(後生の一大事を心にかけよ)について、内容を区切りながら引用してツッコミを入れていきたいと思います。


一切衆生とは我々人間のこと、
今、地獄・餓鬼・畜生の世界に
堕ちている者のことを言っているのでは
ないことは明らかだ。

全ての人間は無間地獄行きの
相ではないのか。


高森会長の造語の説明に入りました。経典やお聖教にない言葉を、さも説かれているかのように振る舞い、説明しても、仏教を説いたことにはなりません。
しかも、衆生という言葉の説明も間違っています。衆生の意味については衆生を参考にして下さい。

また、「全ての人間は無間地獄行きの相」だと仰った善知識方のお言葉があれば示して頂きたいものです。せいぜい挙げられるのが、蓮如上人の、

「この信心を獲得せずば、極楽には往生せずして無間地獄に堕在すべきものなり」(御文章2帖目2通)

のお言葉ですが、

・お手紙である
・他のお手紙では秘事法門の外道に対して無間地獄に堕ちると仰っているなど、相手を限定されている
・『正信偈大意』に、化土往生のことについて教えられている

ことなどを踏まえて、この一文をもって善知識方が「一切衆生必堕無間」を説かれたという根拠にはならないのです。親鸞会にはこうした断章主義なことばかり主張していますから、つっこまれると苦しい言い訳をするしかなくなるのです。

なお、仏教を聞いて私の姿を知らされ、「私は地獄しか行き場のない者だ」「必堕無間の極悪人だ」と自己を内省することはあると思います。(※「必堕無間」という言葉は浄土真宗で昔から言われているようです。それに「一切衆生」とつけてカルト化した教えが親鸞会教義です)
私自身、親を悲しませることを多くしてきましたし、都合の悪い時は心で親を殺しています。救われるまでずーっと本願を疑ってきました。助からない教えに人を誘い、献金して悪の片棒を担いできました。まさに罪悪生死の凡夫であり、自力では絶対に生死を出離できない者です。
しかし、自己を内省することではあっても、他人に向かって「お前も五逆・謗法の者だ。必堕無間の者だ」と言うことではありません。これはmixiで紳士的に議論をしていたあつしさんも仰っていることです(下の【補足】参照)。
「全ての人は死ねば必ず無間地獄に堕ちるから、後生助かりたかったら仏教(高森会長の話)を聞かねばならない」と他人に対して必堕無間を説くのは、聞く人に恐怖心を与え、その恐怖心によって会に縛り付ける脅しの論法です。お釈迦様は勿論、七高僧、親鸞聖人もそのようなことはどこにも仰っておられません。もしそのような御文があるなら、十や二十は示して頂きたいものです。



親鸞聖人が教行信証化土巻に
あらゆる外道を1つ1つあげられ、
徹底的に内外廃立をしておられる。

「あるいは種種に、もしは少もしは多、
 吉凶の相を執じて、鬼神を祭りて、
 乃至 極重の大罪悪業を生じ、
 無間罪に近づく。
 かくのごときの人、
 もしいまだかくのごときの
 大罪悪業を懴悔し除滅せずは、
 出家しておよび具戒を
 受けしめざらんも、
 もしは出家してあるいは
 具戒を受けしめんも、
 すなはち罪を得ん」
  (教行信証化土巻)

と、仏法を求めている姿を見せていても
日の良し悪しを占ったり、
天地の神をあがめたり、
死んだ人や畜生の霊を祭り、
祈っている者は
みな、無間地獄行きの悪業だぞと
お諭しだ。


化身土文類のお言葉は、仮の仏弟子と偽の仏弟子について書かれています。その内、O講師が上で挙げたのは偽の仏弟子のことです。あくまでも善悪因果の道理に基づいて、「こういう大罪悪業を造ったものはこういう報いを受ける」と言われているのであって、別に「全ての人間」がこのような大罪悪業を犯しているということではありません。



「五濁増のしるしには
 この世の道俗ことごとく
 外義は仏教のすがたにて
 内心外道を帰敬せり」
 (悲歎述懐和讃)

「かなしきかなや道俗の
 良時吉日えらばしめ
 天神地祇をあがめつつ
 卜占祭祀つとめとす」
 (悲歎述懐和讃)

「かなしきかなやこのごろの
 和国の道俗みなともに
 仏教の威儀をもととして
 天地の鬼神を尊敬す」
 (悲歎述懐和讃)

と、親鸞聖人は
日本の道俗はみな、
日の良し悪しを占っている者ばかり、
天地の神をあがめている者ばかり、
死んだ人や畜生を神と崇め、
拝んでいる者ばかりであると
嘆いておられるではないか。



これらの親鸞聖人のお言葉は、釈尊の本意が分からず、形ばかりで内面は外道に仕えている偽の仏弟子を嘆かれたお言葉ですが、それぞれの業に応じた報いを受けるのであって、「だから全人類は必堕無間だ」という根拠にはなりません。


親鸞会の断章教学には呆れるばかりですが、カルト創作教義を垂れ流しさせておく訳にもいかないので、次回以降も誤りを指摘していきたいと思います。



【補足】mixiでのあつしさんの御意見(*「三願転入」議論継続トピック*より)

1、「一切衆生必堕無間」という教義
2、善知識には無条件服従しなければならないという教義
3、三願転入、宿善という名目で、異常な献金、違法なまでの勧誘活動を正統化させる教義
4、某会についてもし批判するのであれば、既成伝統諸団体は、自らの腐敗やぬるま湯についても厳しい自己反省や検討をすべきである。
5、sutybiさんのように詳しい内部事情を知っている人は別にして、よく知らないで一知半解で、自分自身の信心や知識を棚上げにした人間が、他人に対して失礼な言動をすることは厳に慎む。


私自身の見解を申すならば、1の「一切衆生必堕無間」は、もし信心決定しない人は必ず地獄に堕ちるという意味で言われているならば、間違っていると思います。
地獄も含む六道輪廻のいずれかを経巡ってきたから今の自分がある、という自覚は念仏者に芽生えてくるということはあるかもしれませんが、他に対して信心決定なくば堕地獄という風には言わないし、言うべきでないと思います。

次に、2の善知識に無条件服従というのも、おかしなことと思います。
自発的にこの人の言葉ならば信じてついていきたいということは昔もあったかもしれませんが、同じ人間である善知識に服従しなければ救われないなどということはあろうはずがありません。

3については、そんなにお金をかけなくても救われるのが浄土真宗だということを、教義からも、また実際に何か良い法話や御座の縁を与えることで、示していくしかないと思います。
布施に功徳があるということ自体は、仏教の教義であり、それを悪用するかどうかはまた別の話と思います。

4については、4がもし十分になされて、きちんと既成の伝統諸団体が活発な活動がなされていれば、わざわざそのように高額なお金がかかるところに多くの人が赴くこともなかったのではないかと思っているので、3の問題を論じるためにも不可欠なポイントと思います。

5については、そのような人は19願の行者以前の問題だということは、はっきりさせないと、あたら良いことを自分はしているつもりで、雑毒の善や悪業ばかり積むことにもつながりかねないのではないかと危惧しております。
親鸞聖人の御消息や蓮如上人の御一代聞書をもっと丹念に読んだ方が良いのではないかと思う方があまりに多いように思います。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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