【ツッコミ】七大経⑫-27(四つの角目を聞け、ボタンの掛け違いの恐ろしさ)ー善ができる証拠であるなどと、誰がどこで言ったり書いたりしているのか?

七大経⑫-27(四つの角目を聞け、ボタンの掛け違いの恐ろしさ)

では、またおかしな事をO講師が発言していますので、何点か指摘したいと思います。


阿弥陀仏が18願で
「十方衆生を救う」
と誓われておられるが
その十方衆生とは
どういう者であるのか。

(中略)

本願や願成就文では

「唯除五逆誹謗正法」

と弥陀が見抜かれ
その逆謗の屍を救うと
誓われたことを
明らかにした。



親鸞会では「十方衆生」=「唯除五逆誹謗正法」といい、十方衆生が全て五逆・謗法の者であると主張しています。これは間違いです。
唯除五逆誹謗正法とはそういうことを仰っているのではありません。ではどういうことかと言うと、親鸞聖人は『尊号真像銘文』に、

「唯除五逆誹謗正法」といふは、「唯除」といふはただ除くといふことばなり、五逆のつみびとをきらひ、誹謗のおもきとがをしらせんとなり。このふたつの罪のおもきことをしめして、十方一切の衆生みなもれず往生すべしとしらせんとなり。

と仰ってあります。「十方衆生」=「唯除五逆誹謗正法」とはどこにも書かれていません。「十方衆生」の中に五逆、誹謗正法の重罪人もあるが、この二つの罪の重いことを示して、かかる重罪人も全て漏らさず往生させるぞと本願に誓われていることを親鸞聖人は仰っているのです。十方衆生が全て五逆、誹謗正法の重罪人であるなどとはどこにも仰っておられません。
「十方衆生」=「唯除五逆誹謗正法」とは高森会長の無理矢理なこじつけであり、完全に珍しい教えです。



=====================

「自身はこれ煩悩を具足する凡夫、
 善根薄少にして
 三界に流転して火宅を出でずと信知す」

「善根薄少」とはありますが、
「無善根」ではありません。
善根が少ないので、
自分の力では出離できないということであって、
悪しかできないということではありません。

善ができるという証拠である。
(体験至上の異安心の主張)

=====================



O講師のいう「体験至上の異安心」の人が、「善ができるという証拠である。」とどこに書いてあるでしょうか? O講師がこのように書いてあるのは、
「飛雲」
「親鸞会の邪義を正す」
などを意識したものであることに間違いありません。しかしこの一文はどこにも書かれていないのです。例えば、

親鸞会の邪義を正す

では、

 自身はこれ煩悩を具足する凡夫、善根薄少にして三界に流転して火宅を出でずと信知す。

と仰っています。親鸞聖人も『教行信証』信巻に引かれています。「善根薄少」とはありますが、「無善根」ではありません。善根が少ないので、自分の力では出離できないということであって、悪しかできないということではありません。


と書かれています。他にも、

高森会長による体験至上の異安心の「機の深信」とは、この程度のもの
『観経』も『観経疏』も読んだことが無いのに、知ったか振り

等にも同じことが書かれています。しかし、「善ができるという証拠である。」などとはどこにも書かれていません。O講師の付け足しであり、主張の歪曲です。

更にO講師はこの後、親鸞聖人の

「一切凡小、一切時のうちに、
 貪愛の心つねによく善心を汚し、
 瞋憎の心つねによく法財を焼く。
 急作急修して頭燃を
 灸ふがごとくすれども、
 すべて雑毒雑修の善と名づく。
 また虚仮諂偽の行と名づく。
 真実の業と名づけざるなり。
 この虚仮雑毒の善をもって
 無量光明土に生ぜんと欲する、
 これかならず不可なり」
 (教行信証信巻)


等の御文を引いて、凡夫には生死を出離するような「真実の業」ができないことを延々書いています。これではO講師のブログの読者は、まるで「飛雲」等のブログで、凡夫に真実の業ができると書いてあるかのように錯覚します。完全な情報操作です。
親鸞会が、獲信すると「微塵の善もできない極悪人」と知らされると変な事を主張していますので、「飛雲」では善導大師の御文を引いて「それは違うよ」と言っているだけです。生死を出離できるような善根が積めるなどということはどこにも書いていません。
親鸞会は、このように相手の主張を捻じ曲げて自説を展開するということしかしていないと言っても過言ではありません。説法では聞く者に誤解を与えるような話をし、つっこまれると「そんなことは言っていない」と突っぱねます。「善をしなければ信仰は進みませんよ」という話がその典型例です。



「自身はこれ煩悩を具足する凡夫、
 善根薄少にして
 三界に流転して火宅を出でずと信知す」

の御文を善ができるという
証拠にあげる者の気が知れない。



と主張を歪曲する者の気が知れません。



【参照】
『飛雲』「嘘も百回言えば真実になる」と信じ切っている親鸞会
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No title

そういえばチューリップ社の山田氏と田中氏の法論も、山田氏が田中氏の主張を捻じ曲げ、それを田中氏が正すという場面がたびたびあった。

双方の主張が確認できる法論でさえ、相手の主張を捻じ曲げるのだから、相手を特定していない議論なら、当然やりまくっているだろう。

>ぱぱ様

チューリップ社の山田氏と田中氏の法論もひどいものでしたね。
親鸞会の議論は、相手を言い負かすか、相手に負けないか、相手を呆れさせることを目的としているとしか思えません。あの山田氏(会長)の不誠実な対応を初めて見た時は怒りがこみあげてきました。
上が上なら下も下、彼らとは残念ですがまともな議論になりません。
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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