名号にも形像にも、阿弥陀仏の大慈悲心があらわれています

『親鸞の世界』(加茂仰順師)より引用

 またここで、わたくしたちの家庭のお内仏のご本尊のことに少しふれておかねばなりません。すなわちご本尊には名号があり、形像がありますが、その名号にも南無阿弥陀仏の六字や、帰命尽十方無碍光如来の十字、南無不可思議光如来の九字、南無不可思議光仏の八字などがあります。しかし、いずれも仏のみ名であり、そのお徳をたたえたみ名であります。また形像には絵像があり、木像などの彫刻があります。それは立像ですが、そのおすがたのいずれにも衆生救済があらわされてあります。ことにこの立像は、「観無量寿経」で韋提希の前に、救いの仏として立たせられたお姿といわれております。なぜ立たせられたのであるのかといえば、韋提希が、まさに地獄に落ちんとしているのを救うのにしばらくの猶予を許さず、急いでおもむかねばなりませんでした。そのやるせのない仏の大慈悲心のあらわれがあのお立ち姿で、いつもわたくしたちの前におわしますのであります。このやるせのない大慈悲心によって救われるのです。わたくしたちはこのお姿を安置して、仏の大慈悲心の親心をいただかせてもらい、わたくしたちの幸せを喜ばせていただくのであります。
 この仏のお姿を拝して、そのお救いのおこころを仰ぎ、お救いをひたすら愛楽させてもらうのがあのお姿であります。朝夕のお内仏での「おつとめ」は腹いっぱいお救いのおいわれを喜ばせていただくのであります。それがそのまま報恩のいとなみであると仰せくだされてあります。


(p.296~p.297)



阿弥陀仏の、私を救わずばおかぬの大慈悲心のあらわれが名号であり形像です。
その心を無視して単に「絵像、木像はダメだ。名号のみでなければならぬ」と主張する人こそ、形にとらわれ本質を見失っていると思われます。

それに、命懸けて御守りせねばならぬと貸与される名号が、安い劣悪な材質で造られ、しかも南無阿弥陀仏の横に「愚禿釈親鸞」の「親鸞」だけをぶった切って貼り合わせたものであるとはどういうことでしょうか?
不審に思われた方は、仏具屋さんに貸与された本尊を見せに行かれたらよいでしょう。

形だけは名号本尊でも、南無阿弥陀仏のこころが正しく説かれないようでは真宗ではありません。定散二善を勧めているようでは浄土仮宗です。更に、実態が献金と勧誘で、定散二善と違う行を勧められているならば浄土偽宗です。
そのような仮宗、偽宗からは一刻も早く離れ、真宗に帰することを心よりお勧め致します。



(参考)
『元会員から見た浄土真宗親鸞会』本尊論でも相手の批判を無視し続ける親鸞会
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード