真宗の教えを聞く者は、親鸞聖人のお勧め通り本願を信じ念仏を申して極楽に生まれるのです

方便の行信を修することで仏に近づこうとしている人がありますが、こういう人は、方便の意味を全く理解しておりません。
方便とは、「仏が」「私に」対して用いるものです。主語と目的語を間違えてはなりません。

それに、真実(真)と方便(仮)の分別は親鸞聖人において既になされています。
浄土真実の行とは選択本願の行、つまり弥陀仏の本願念仏です。それに対して修諸功徳の善は方便化身土の行であります。
親鸞聖人の教えを聞く者はただちに仮を廃して真に入ればよいのです。
十八願の救いに預かるに、十九願の善をせよなどという珍説は浄土真宗にはありません。
大体私達は愛憎の煩悩に迷い、聖道の修行は勿論、定散二善も出来難い極重の悪人ですから、ただ本願を信じ念仏を申して極楽に生まれるのであるとお示しです。

『観経』(意)に、「極重の悪人は、他の方便なし。ただ仏を称念して、極楽に生ずることを得」と。(往生要集)

極悪深重の衆生は
 他の方便さらになし
 ひとへに弥陀を称してぞ
 浄土にうまるとのべたまふ(高僧和讃)

『観経』の定散の諸機は、極重悪人、ただ弥陀を称せよと勧励したまへるなり。濁世の道俗、よくみづからおのれが能を思量せよとなり、知るべし。(化身土文類)


親鸞聖人は定散の諸機に対してさえ「ただ弥陀を称せよ」と仰っているのですから、私達はなおさらです。この聖人のお勧めに素直に順わず、定散諸行をして信仰を進めようなどと考えていては、聖人から

「よくみづからおのれが能を思量せよ」

と言われてしまうでしょう。それにそのような人は世界の光である親鸞聖人の教えられた通りに順っていないのですから、間違っても親鸞学徒とは呼ばれない者であることは言うまでもありません。
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淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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