GIFT(Mr.Childrenより)

GIFTでも触れましたが、もう少し歌詞を通して阿弥陀仏の救いを味わってみたいと思います。

※なお、全て歌詞が味わいと合っているわけではありませんので、その辺ご理解下さいね☆



一番きれいな色ってなんだろう?
一番ひかってるものってなんだろう?
僕は探してた 最高のGIFTを
君が喜んだ姿をイメージしながら

『本当の自分』を見つけたいって言うけど
『生まれた意味』を知りたいって言うけど
僕の両手がそれを渡す時
ふと謎が解けるといいな 受け取ってくれるかな

長い間 君に渡したくて
強く握り締めていたから
もうぐちゃぐちゃになって 色は変わり果て
お世辞にもきれいとは言えないけど

「白か黒で答えろ」という
難題を突きつけられ
ぶち当たった壁の前で
僕らはまた迷っている 迷ってるけど
白と黒のその間に
無限の色が広がってる
君に似合う色探して やさしい名前をつけたなら
ほら 一番きれいな色
今 君に贈るよ

・・・

今 君に贈るよ 気に入るかなぁ? 受け取ってよ
君とだから探せたよ 僕の方こそありがとう

一番きれいな色ってなんだろう?
一番ひかってるものってなんだろう?
僕は抱きしめる 君がくれたGIFTを
いつまでも胸の奥で
ほら ひかってるんだよ
ひかり続けんだよ


(Mr.Children『GIFT』より)



最初から「僕の方こそありがとう」までは、

僕→阿弥陀仏
君→私

最後のフレーズは、

僕→私
君→阿弥陀仏

として読むと、味わい深いなぁと思いました(^-^)


私を助ける法(本願力)には色も形もありませんが、私を摂め取って間違いなく浄土に往生させるはたらきがあります。それは現に私にはたらいているわけですが、色も形もなければ言葉も及ばず心を絶えてしまいます。そこで名を垂れ形を示したものが、南無阿弥陀仏の名号でした。

私が本来発すべき願と、迷いから離れて仏となるべく修すべき行を、阿弥陀仏が代わって発願し、代わって修行されて成就したものが南無阿弥陀仏です。ですから、たった六字ではあるけれども、私を迷いから呼び覚まし、必ず浄土へ往生させ覚者仏陀にさせるはたらきがあります。この名号を私に与え施して下さるので、南無阿弥陀仏とは、物ではありませんが言わば阿弥陀仏から贈られる最高の「ギフト」だということです。

「長い間君に渡したくて」と歌詞にもあるように、五劫の思惟、永劫のご修行を経て十劫の昔に完成され、以来お立ちづくめで私目がけて救いの手を差しのべ続けておられた方が阿弥陀仏でした。
私が寝ている時も、欲望がうずまき、怒りに身を焦がし、憎悪に狂っている時も、元気な時も病気の時も、浮かんでいる時も沈んでいる時も、決してあきらめることなく、「そのまま救うぞ」と呼び掛け続けておられたのです。
その間、清浄の真心という、それはそれは清らかでまことの心で、私一人助けるために果てしなくご苦労をおかけしていました。私が喜んだ姿をイメージしながら、ひたすらご苦労されていたに違いありません。浅ましい身ではあるけれども、私が今こうして本願の救いに遇うことができたのは、全て阿弥陀仏のご苦労の賜物であります。
あぁ、本願のかたじけなさよ。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

『本当の自分』とは、煩悩に狂わされて永久に迷いから離れられない愚かな凡夫であり、そんな私が『生まれた意味』とは、「只今救う」本願招喚の勅命、南無阿弥陀仏によって迷いを離れ、浄土往生し、再び迷うことのない覚者になることでした。
南無阿弥陀仏に摂め取られ、名号を聞き受けた時、ふと謎が解けました。


阿弥陀仏の救いには、善人だから助ける、悪人だから助けない、などの差別はありません。善悪、賢愚の隔てなく、老少、男女、貧富、美醜、健障、人種、その他いかなる差別も越えて、平等に救って下さいます。
白と黒の間には無限の色が広がっているように、無限と言っていい程の人がいて、しかも一人一人みんな違います。私から阿弥陀仏に依頼したのではありませんが、その一人一人に、それぞれオーダーメイドされた本願があるのです。
だから、私一人を除いて本願は存在しません。私を抜きに阿弥陀仏の本願はあり得ないのであり、「私一人を救う」と誓われたのが本願です。
そのお約束通り救われますと、阿弥陀仏は「よう受け取ってくれた」と喜んで下さいます。「俺にお礼を・・・」みたいな(笑)
今まで散々阿弥陀仏に背きっぱなし、ご苦労かけっぱなし、見捨てられて当然の私が、阿弥陀仏からしたら可愛い独り子なのです。このような真実大悲の御方であるとは、ほんに今まで知らなんだことよと涙せずにいられません。

阿弥陀仏から賜った最高のギフトである南無阿弥陀仏は、真実の浄信となって、いつまでも胸の奥で光っています。煩悩に煩わされる時ばかりですが、それによって輝きを失うこともなく光り続けています。



以上、淳心房の味わいでした☆
共感して頂ける方があれば幸いです。

世の中には沢山の人がいますし、何をどう味わおうと自由です。この歌も、「私はこう思う」というのがあって当然です。私は如来回向の行信ということを踏まえればいいと思っています(笑) 歌で、「私はこの歌詞をこう味わっています」という方があれば、手間でなければぜひぜひ教えて下さいませ♪

既に本願力に乗じて浄土往生の本懐を遂げる身となられた方は、実にめでたいことです。淳心房も一緒に喜びたいと思います。
まだ本願に救われていない人も、ぜひとも「そなたを助けるぞ」の仰せを只今聞いて、只今本願に救い摂られて下さい。いつでもどこでも本願力は至り届いて照らさぬ所はなく、常に只今ここにいる私にはたらき続けています。
そして本願の通り只今救われたなら、共に念仏し、共に阿弥陀仏から賜った最高のギフトを喜び、共に浄土への旅を歩みたい、そう願っています。
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プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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