祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり(『平家物語』より)

最近、NHK教育番組を子供と一緒に見る機会があります。その中で、「うなりやベベン」という人が『平家物語』を熱唱しているシーンがありました。

祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらわす
おごれる人も久しからず
ただ春の夜の夢のごとし
たけき者もついには滅びぬ
偏に風の前の塵に同じ


この真実を目の当たりにすると、人間というのは無常に対して如何に無力なものかを思い知らされます。
「諸行」の中に入らないものはこの世にはありません。自分が「これだけは」と固く信じて疑わないことも、その例外ではありません。

蓮如上人は『御文章』の中に、

それおもんみれば、人間はただ電光朝露の夢幻のあひだのたのしみぞかし。たとひまた栄華栄耀にふけりて、おもふさまのことなりといふとも、それはただ五十年乃至百年のうちのことなり。もしただいまも無常の風きたりてさそひなば、いかなる病苦にあひてかむなしくなりなんや。まことに死せんときは、かねてたのみお きつる妻子も財宝も、わが身にはひとつもあひそふことあるべからず。されば死出の山路のすゑ、三塗の大河をばただひとりこそゆきなんずれ。(一帖目十一通)

と、赤裸々に人間の姿を仰っています。そして、そんな私達だからこそ、

これによりて、ただふかくねがふべきは後生なり、またたのむべきは弥陀如来なり。信心決定してまゐるべきは安養の浄土なりとおもふべきなり。(同)

と続けておられます。阿弥陀仏はかかる私達を助けようと願を発し、その願成就して南無阿弥陀仏の名号を成就されました。私達は「南無(われをたのめ)阿弥陀仏(かならず救う)」のいわれを計らいなく聞き受けるばかりです。あとは「ひたすら浄土を目指して生きよ」の仰せに従い、浄土への旅路を往くのです。

「私は何のために生まれてきたのか?」
「何のために苦しくても生きているのか?」
「結局、今まで生きてきた私の人生は何だったのか?」
この本願に遇わずしては、人間に生まれた所詮がないというものです。
『御文章』にも『平家物語』にもあるように、この世は無常です。未だ本願の仰せを聞き得ない人は、早く本願を信じ念仏を申して、仏と成る身となって下さい。



ところが、そういう尊い本願を伝えるべき者の中に、やはり仏法をこの世を生きていく道具に利用する輩がいるようです。蓮如上人はこう仰っています。

これについてちかごろは、この方の念仏者の坊主達、仏法の次第もつてのほか相違す。そのゆゑは、門徒のかたよりものをとるをよき弟子といひ、これを信心のひとといへり。これおほきなるあやまりなり。また弟子は坊主にものをだにもおほくまゐらせば、わがちからかなはずとも、坊主のちからにてたすかるべきやうにおもへり。これもあやまりなり。かくのごとく坊主と門徒のあひだにおいて、さらに当流の信心のこころえの分はひとつもなし。まことにあさましや。師・弟子ともに極楽には往生せずして、むなしく地獄におちんことは疑なし。なげきてもなほあまりあり、かなしみてもなほふかくかなしむべし。
しかれば今日よりのちは、他力の大信心の次第をよく存知したらんひとにあひたづねて、信心決定して、その信心のおもむきを弟子にもをしへて、もろともに今度の一大事の往生をよくよくとぐべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。(同)


「沢山財施のご縁を設けるのはよいことだ」
「これだけ財施しているのだから、悪い処へはいかんだろう。たとえ今生で助からないとしても、今の自分の行為は少なくとも遠生の結縁にはなるだろう」
こんな考えの人達は、蓮如上人が仰るには、

さらに当流の信心のこころえの分はひとつもなし。まことにあさましや。師・弟子ともに極楽には往生せずして、むなしく地獄におちんことは疑なし。なげきてもなほあまりあり、かなしみてもなほふかくかなしむべし。

とのことです。しかし、昨日まではそうであっても、今日よりのちは、

他力の大信心の次第をよく存知したらんひとにあひたづねて、信心決定して、その信心のおもむきを弟子にもをしへて、もろともに今度の一大事の往生をよくよくとぐべきものなり。

と仰っておられます。邪義に迷っている人も、他力信心の次第をよく存知している人にあいたずねて、信心決定して、その信心のおもむきを教え伝えて、共に今度の一大事の往生をよくよく遂げなさいよ、とのことです。
現在聞いている所で本願力回向のご法義が聞けないならば、そこには用事はありませんから出るべきです。阿弥陀仏の本願は、只今本願力を回向して助けて下さる本願です。そのように説く人から聞いて下さい。あるいはそう教える本を拝読して下さい。
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淳心房&しゃあ

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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


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平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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