真実信心のおもむき(7)ー宿善

『親鸞の世界』(加茂仰順師)より引用

 少し長くなりましたが、ここで「宿善」ということをうかがっておかねばなりません。信の獲・不は宿善の有無によるといわれるからであります。
 だいたい宿善の梵語は「プールバー」で、「自覚以前」という意味であります。つまり「気がつく前」ということで、弥陀のご本願はわたくしが気がつく前にすでに起こされていたのであります。気がついたときはすでに手おくれなのであります。その意味からすれば、気がついたときは、たとえわたくしが今までに行なったとしても、わたくしのものではなかったのであります。また、「宿」の中にはただ今までの過去のすべてが入り、善とは法性にかなう浄業のことであります。そうした浄業は如来のなさしめ給うはたらきのほかにはないわけであります。だから、宿善とはどこまでも、信の上の反省といわねばなりません。信を通さないと宿善は出てきません。そこには永い間、聞かせていただきながらはねつけていたわたくしが出てまいります。お与えものをはばんでいました。邪魔をしていました。深いめぐみが与えられていました。如来から計らわれていたわたくしであります。自分のすべてが如来のはたらきかけの中にいたのであります。たとえむだをしたようでも、むだではなかったのであります。ともかく、現在の信の反省において、如来の計らいであったといただくのが、あいがたくして今あうことのできたこの身いっぱいの喜びであります。今すなおに掌を合わさせていただく幸せであります。要するに、宿世の善根というほどの善はわたくしには有ることがないわけで、宿善は如来からわたくしたちへの働きかけの善ということになります。わが後生の問題に大事にかかってきたのがすでに宿善到来したしるしであります。

(p.308~p.309)
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「善とは法性にかなう浄業のことであります。そうした浄業は如来のなさしめ給うはたらきのほかにはないわけであります。だから、宿善とはどこまでも、信の上の反省といわねばなりません。信を通さないと宿善は出てきません。 ~ 要するに、宿世の善根というほどの善はわたくしには有ることがないわけで、宿善は如来からわたくしたちへの働きかけの善ということになります」
この辺が大事というか、よくよくいただかねばならないなと思いました。
ここの信後の上で言うべき事(宿善)を、信前の論理として混同して持ち込むから、エライことになるんですよね…

>Rudel様

>ここの信後の上で言うべき事(宿善)を、信前の論理として混同して持ち込むから、エライことになるんですよね…

その通りです。自分が善を修することでそれが宿善となり、宿善が厚くなってやがて宿善開発して救われるとすると、かなりおかしな話になります。

http://shinrankaikansatu.blog133.fc2.com/blog-entry-98.html
『元会員から見た浄土真宗親鸞会』真剣に聞いたことは弥陀の救いと無 関係と話す高森先生ー『本願寺なぜ答えぬ 』の破綻

にも書かれていますが、

今年、阿弥陀仏に救われた人(獲信者)は、昨年、自己の修した善を、ふりかえり、宿善と、喜ぶことになる。
獲信と、よい関係にある、修善をすすめる親鸞会を、非難する本願寺は、間違いにならないか。(『本願寺なぜ答えぬ』p.78)

というのは間違いです。例えば、今年阿弥陀仏に救われた人は、「昨年ははド真剣に聞法して、一生懸命財施をして、法話に沢山の人を誘って、おつとめもちゃんと欠かさずやって、善いことをやっていたから、今年獲信できたのだなぁ」と自己の修した善をふりかえり、宿善と喜ぶとしたら、自力の善が間に合うということです。自身の救いに自力の善が何パーセントか混じることになるからです。
これは、自力では絶対に生死を出離できず、阿弥陀仏の本願力によってのみ往生を得ると深信する機法二種深信とは明らかに異なる異安心です。

阿弥陀仏は「善をしてこい」とも「宿善を厚くしてこい」とも仰せられていません。「ただちにこい」と仰せです。「ただちにこい」とは「今のそなたのままで、今すぐこい」ということです。往生には自力の造作を交えずひとえに本願力に依るのですから、自力の善は救いと一切関係なく、そして只今救って頂けるわけです。親鸞会の会員さんには、ぜひともこの本願の救い、絶対他力というものを知ってもらいたいと思います。
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淳心房&しゃあ

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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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