聞かない者が「聞く」とはどういうことを言うのでしょうか?(頂いた質問より)

元会員様より質問を頂きましたので、お答え致します。


【質問】

我が身は金輪際「聞かない」者だと思います。その聞かない者が「聞く」とはどういうことを言うのでしょうか。聞かない者が聞くようになるということでしょうか。それとも聞かない自体のまんまでそこに「南無阿弥陀仏」が届いており,そのいわれを聞いて疑いないことを言うのでしょうか。我が機ばかりを見ていた視点を法に向け,その法が間違いないとハッキリするということでしょうか。


【回答】

我が身は金輪際「聞かない」者というのはその通りです。

では、その聞かない者が「聞く」とはどういうことをいうのかというと、如来の方から聞こえて下さるということです。

元会員さんは文面から、とても生真面目で、ご自身の姿をよく観られている方と存じます。ご自身の救いを真剣に求めておられることが伝わってまいります。

自分がどう聞いたらと思案する必要はありません。それが自力の計らいというものです。必ず助ける本願に対して、自分の思いを優先させているのです。先手の法に先手を打って、阿弥陀仏を後手に回しているのです。そのような思いや考えが出てきたら、一旦そのような思いは脇において、必ず助ける本願を聞いて下さい。大丈夫です。必ず聞こえて下さいます。必ず聞かせる本願だからです。

コメントの中の言葉を使えば、我が機ばかりに向かず、必ず助けるの大悲の勅命に向かうということです。私の方に間違いないものができるのではありません。間違いのないお助けに助けられるということです。間違いのない仰せが聞こえて下さるということです。
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No title

ご回答ありがとうございました。自分の思いや先手の法に先手を打つ心は一旦脇において,必ず助ける本願を聞きたいと思います。我が機ばかりに向かず,必ず助けるの大悲の勅命に向かいたいと思います。

>元会員様

どうぞ只今救われて下さい。
ところで、これから数日は質問を頂きましてもろくにお返事する時間がありません。お急ぎの場合は『安心問答』などに質問されたらよいかと思います。
ただ、ふと思った疑問はコメントやメールで残して頂ければ後程お答え致しますので、ご了承下さい。

今の味わい

お答えいただきありがとうございました。金輪際聞かない者が聞くというよりも,聞かせられている,南無阿弥陀仏に生かされているというように思えます。阿弥陀さまへのご恩(それを伝えてくれた方々へのご恩)を感ぜずにおれません。これからも聞かせて頂きたいと思います。
南無阿弥陀仏。

>元会員様

私も如来大悲の恩徳と師主知識の恩徳、そして幾多の有名無名の御同行へ感謝の念を抱いています。
元会員さんが今救い摂られることが、阿弥陀さまは勿論諸仏方も善知識方の喜ばれることです。勿論私も一番それを願っています。
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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