真宗の安心(1)

『親鸞の世界』(加茂仰順師)より引用

 蓮如上人は御親切に、真宗の御同行が自分の安心に誤りのないことを、如来聖人にこのように申し上げよと、私共に代ってお示しになったものが領解文であります。だからこのお言葉を正しく領解させて頂くことが、最も正意の安心にもとづくことになりますので、これを先徳の御指南に依りながら、頂いてゆくことにいたします。
 先ず、「もろもろの雑行」とあるのはいかなることかと言えば、近くは人倫五常の道を守り、これで往生と思うものを言うのです。宗学の上で申せば、「もろもろの」ということを、三様にながめて、(一)約三の義(雑行は第十九願、雑修は第二十願、自力は機執)と、(二)約二の義(雑行は第十九願、雑修は第二十願)と、そしてまた、約二の義(雑行雑修は第十九願、自力は第二十願)とされています。しかも、この「もろもろの雑行雑修自力のこころをふりすてて」を所廃の行業とし、次の「一心に阿弥陀如来云々」は所立の安心と示されてあるのです。
 ここで所立の安心について触れてみますと、「一心に阿弥陀如来云々」とある「一心」がそれです。しかも「一心」については、(一)無疑の一心(信巻末二丁「無二心故曰一念」) (二)一向の一心(御文章「一心一向というは」) (三)一行を専信する一心(化巻本十六丁「小本言一心」) (四)機法一体の一心(御一代 記聞書「弥陀をたのめば仏心と云々」) (五)合三為一の一心(信巻「三一問答」)等の五つの用い方があります。しかし、どれもみな同じ意味で所立の安心を示されたものです。
 つまり所廃のところは改悔、所立のところは領解ですから、わが本派では所立のところでの「領解」の名目を用いられて領解文と申されるのです。
 それでは雑修とは何かと言えば、御内仏を清め、香華灯明に心を用い、念仏して、これで助かると思い、あるいは、これを報謝と知りながら、その行業に目をつけて安んずるものを雑修というのです。
 また、「自力のこころをふりすてて」とは、自も力も捨てることではありません。自分の心をこのままにして力を入れることを捨てよと言うのです。たとえば、泥足無用とあるのは、泥も足も無用というのではなく、泥のついた足は無用であるというのと同じことです。要するに、「すてて」とあるのは、「ふりすてはなす」ことではなく、捨てておいて相手としないことです。
 また次に、「一心に」とは、この自分が心を一にするという意味ではなく、阿弥陀仏において二仏をならべないことです。
 次の「阿弥陀如来」とは、私の後生の真実の親ということです。
 「我等」とは、わが身のことで、宗祖は「凡夫というは、無明煩悩われらが身にみちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおほくひまなくして、臨終の一念にいたるまで、とどまらず、きえず、たえず、水火二河のたとえにあらわれたり」と仰せられてあります。つまりこれはわが身のことです。
 また、「今度」とは、次の生ということで、二生、三生かかるのではない、まこと臨終の一念の時です。
 また「一大事」とは、地獄をのがれることも大事、仏になるのも大事ですから、このような大事大事を重ねた後生ですから、一大事というのです。
 また「御たすけ候へ」とは、どうか御助け下さいというのではなく、御助け候(まします)の如来の勅命ですから、それなれば御助け候えと御助けをたのみにするのです。だから、御助け候は、「左様なれば御助け候へ」という心持で申すことが大切です。
 それでは「御たすけ」とはどういうことかと言えば、阿弥陀の三字です。助け損いのない弥陀のお手もとであります。また「候へ」とは「御助け」にまかせることです。
 それでは「たのむ」とはどうかと言えば「たのみ」又は「たのむ」は一つのことです。如来の仏智(御慈悲)が頂かれた味が、たのみ力になったすがたです。
 それでは「たのむ一念のとき」とは、助けるの御喚び声の呑みこまれた一念のことです。
 また、「一念のとき」とは、「助かる」とただひとおもいの起るとき、往生ははや定まるのです。
 次に、「往生一定」とは、私自身の往生決定のことです。「御たすけ治定」とは、往生間違いないと思うとき、はや如来が摂取下さることをいうのです。宗祖は「往生」と「御助け」とは同時と示されています。たとえば、籠を水の中に入れる時に、やがて水が籠に入る時であるのと同じことです。

(p.73~p.76)
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淳心房&しゃあ

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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


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平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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