正信偈の内容(2)ー真宗の安心を述ぶ

『親鸞の世界』(加茂仰順師)より引用

 そこではじめの二句である「帰命無量寿如来、南無不可思議光」は、いまそのおこころを述べんとせられる大無量寿経の意をまとめてここであらわされたのです。ところがそれはまたこの正信偈全体の趣をまず最初にあげられたのでもあります。無量寿如来も不可思議光というのも、ともに阿弥陀仏のことであり、帰命も南無も同じくご信心のことですから、つづめていえば阿弥陀如来からたまわるご信心ということであります。すなわち弥陀に助けられて心安らかに落ちついたよろこびをあらわされたのであります。だから表題において正信といわれるのであり、またそのことが念仏を正信することですから、正信念仏ということになるのであって、この一部の趣はこのほかにないのです。
 要するに、このはじめの二句は如来に南無帰命する安心を示されるのであり、この安心が一部を貫くもので、また近くは依経段全体にお示しになることもこれに帰し、これらを総まとめにして初めの二句で示されたものということになります。宗祖聖人の上では「帰命し南無したてまつる」とありますから、宗祖みずからが帰依されたことであり、しかもそれは私たちをしてその足跡をたどらしめたまうことでもあります。
 そしてまたこの二句の形式は帰敬の形式を用いられたものともいえます。またさらにこの二句は南無阿弥陀仏の名号のことであって、大無量寿経の体であるものとか、またこれが正信偈に述べられるところの「ものがら」であるとか、あるいは次の法蔵菩薩のお出ましになる本源の光明寿命のおさとりの世界のものであるとか、いろいろとうかがうことができるのです。私は無量永劫かかっても後生の用意はできません。しかるに弥陀は親なるがゆえにまるでうけおうて救うぞとある、この仰せが私に聞こえてくださるのです。この動かぬ大悲の親さまのおよび声に、後生をくつろがせてもろうたのが真宗の安心(あんじん)です。

(p.217~p.218)
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淳心房&しゃあ

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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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