正信偈の内容(14)ー仏法聞きがたし

『親鸞の世界』(加茂仰順師)より引用

   一

 仏さまのお姿はこの肉眼では拝めませんが、そのおこころは拝むことができます。この肉眼は人の欠点を見ることや人を裁くことには鋭敏にはたらきますが、人の長所や美点を見ることは至って鈍感です。こんな粗末な眼で仏を見ようなどと思うことすら、大それた高慢だといわねばなりません。一水四見とて、餓鬼が水を見れば火に見え、天人が水を見れば瑠璃に見え、魚が見れば住家に見える。一つのものが境界(業)によって、いろいろに見えるときいています。同じように私たちの眼が至って不純であるゆえに、よしほんとうの仏さまがそこに見えても、恐ろしいもののように思えたり、悲しいものに見えたりするのではないかと思われます。それゆえに仏さまの姿を見ようとしても、絶望の世界にいるから不可能なんです。それほど私たちはけがれた世界にいまいるので、ご絵像やご木像のような物質の姿以外にお姿を知ることは許されてありません。
 そうすると仏さまを観念でもして知るのかといえば、それもできません。観念で仏を見ようとして絶望された先覚者があります。源信和尚がそのお方で、「煩悩に眼さえられて、摂取の光明みざれども、大悲ものうきことなくて、つねにわが身をてらすなり」と仰せられています。すなわち天台観念の上から仏を見ようとして絶望して、その経験を述べられたのです。太陽を見ようとする盲者が、観念によって太陽の妄想を描いているのと、ほんとうの太陽とは違うているはずでしょう。そんなのを化仏化土というのです。

   二

 それならどうしたなら仏さまがわかるのでしょうか。――仏のお救いのみこころをはっきり知ることによって、仏を知ることはできますが、それ以外は仏に接することはできません。だから仏のみこころをよく聞かせてもらうほかはないわけです。その仏心とは、わが名を信ぜよ! 称えよ!です。これは大慈悲のぎりぎりです。だから人間の心で考えたり、計らうことによってはわかりません。ただ慈悲によって、その慈悲が見られ知らされるのです。わが眼にて、月を見るとは思うなよ、月の光りで月を見るなりです。その大慈悲心(信ぜよ、称えよ)を人間の考えを交えずに聞くのです。いわば、私たちが自分自身に目ざめる前に、私たちのすべてに目ざめられし仏が、私たちの救いを完成せられてあるその仏が、信ぜよ、称えよの大慈悲にましますということなのです。
 ところが、この仏のみこころがなぜ信じ難いのか、聞き難いのかというわけは、私たちの現実が五濁悪世ということだからです。
 その五つの濁りとは何かと申せば、(一)果報がおとろえてご恩とか、おかげさまとかいう感じがなくなるのが劫濁(こうじょく)です。(二)また思想がにごって豊かな感情なぞはなくなり、心持ちはひからびて、いらだち、とがるのが見濁(けんじょく)です。(三)また苦しみのもとが自分にあることに気づかないで、周囲が変われば心が安まるものと思うて、のどがかわいて塩水をのむように、のんだあとからまたかわく欲の心に追いつかわれ、思いどおりにならねば腹が立ち、その腹立ちの材料が愚痴となって、しかもその貪欲、瞋恚、愚痴は、それからのがれられない毎日のありさまとなって、流転しているのが煩悩濁(ぼんのうじょく)です。(四)また、この人間の本性がむき出しになって、すべての考えも行ないも自分中心になり、そこに何の反省も悲痛も感じ得ないのが、衆生濁(しゅじょうじょく)です。(五)そして、自分が一番かわいいといいながら、その生命に執着しながらも、いのちをお粗末にして、人間に生まれた大事の問題をなおざりにしているのが命濁(みょうじょく)です。こうした五つの濁りと申しましても、その濁りを感じている本体は私の身であり、私の心ですから、すべて自分の問題に帰結してゆきます。仏法聞き難いということは、この五濁悪世という時代も聞き難い理由の一つですが、実は、この五つの濁りを生み出す材料しか持ち合わせのない現実のこの身こそが「仏法聞き難し」なのです。私のこの身、この心が仏法聞き難しです。み仏の真実の利と仰せられるものと、五濁の私の心に、幸福だの利益(りやく)だのと思っているものとはちがいます。それだからこそ仏法聞き難しです。

(P.247~P.250)
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淳心房&しゃあ

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(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
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