私信ですが記事にしました(2)

本日は番組を変更し、ちょこぼさんからの以下のご質問にお答えしたいと思います。


【質問】

>19願は、18願に直ちに入ることのできない者のために建てられた随他意の権仮方便の願と仰いますが、親鸞会的にいえば、

「すべての人は阿弥陀仏の本願を疑い、自分の力でなんとかなると思っている。ならばやってみよ、と十方衆生に自らの自惚れを知らせるために方便願を建てられた。すべての人が、18願に直ちに入ることのできない者なのだ」

などと反論しそうです。

以前の記事に、
‘19願は聖道門の人を浄土門に導くために説かれた仮の手立て’
とありましたが、なぜ聖道の人と限定できるのでしょうか?

また、逆に「18願に直ちに入ることのできる者」とはどういう人でしょうか?



【回答】

まず、‘19願は聖道門の人を浄土門に導くために説かれた仮の手立て’ということについての質問に答えます。

親鸞聖人が、19願をどのように教えられているのか、『教行信証化土巻』の要門釈を聞かせて頂きましょう。


「しかるに濁世の群萌、穢悪の含識、いまし九十五種の邪道を出でて、半満・権実の法門に入るといへども、真なるものははなはだもつて難く、実なるものははなはだもつて希なり。偽なるものははなはだもつて多く、虚なるものははなはだもつて滋し。ここをもつて釈迦牟尼仏、福徳蔵を顕説して群生海を誘引し、阿弥陀如来、本誓願を発してあまねく諸有海を化したまふ。すでにして悲願います。修諸功徳の願(第十九願)と名づく、また臨終現前の願と名づく、また現前導生の願と名づく、また来迎引接の願と名づく、また至心発願の願と名づくべきなり。」

(訳:『顕浄土真実教行証文類(現代語版)』(浄土真宗教学研究所浄土真宗聖典編纂委員会編)参照)

「さて、五濁の世の人々、煩悩に汚れた人々が、九十五種のよこしまな教えを今離れて、仏教のさまざまな法門に入ったといっても、教えにかなった真実のものははなはだ少なく、虚偽のものははなはだ多い。このようなわけで、釈尊は、さまざまな善を修めて浄土に往生する福徳蔵と呼ばれる教えを説いて多くの人々を誘い入れ、阿弥陀仏は、そのもととなる誓願をおこして広く迷いの人々を導いてくださるのである。すなわち、すでに慈悲の心からおこしてくださった第十九願がある。この願を修諸功徳の願と名づけ、また臨終現前の願と名づけ、また現前導生の願と名づけ、また来迎引接の願と名づける。また至心発願の願と名づけることができる。」


このように親鸞聖人は、外道から仏教のさまざまな教え(聖道門)に入った人を浄土門に誘引するために、釈尊は定散二善の教えを説かれ、阿弥陀仏は19願を建てられたと見られています。

しかし親鸞聖人は、「親鸞会でいうように19願を根拠にして善をせよ」とは仰ってはいません。

『教行信証化土巻』を拝読すると分かりますが、「定散二善は報土の真因ではありません」、「定散二善の果は化土往生ですよ」と繰り返し教えられ、19願は勧められていません。

そして、19願について教えられた結論は、次のお言葉です。


「経家によりて師釈を披くに、雑行のなかの雑行雑心・雑行専心・専行雑心あり。また正行のなかの専修専心・専修雑心・雑修雑心は、これみな辺地・胎宮・懈慢界の業因なり。ゆゑに極楽に生ずといへども三宝を見たてまつらず。仏心の光明、余の雑業の行者を照摂せざるなり。仮令の誓願(第十九願)まことに由あるかな。仮門の教、欣慕の釈、これいよいよあきらかなり。」(教行信証化土巻)

(訳:『顕浄土真実教行証文類(現代語版)』(浄土真宗教学研究所浄土真宗聖典編纂委員会編)参照)

「釈尊の教説にもとづき、祖師方の解釈を見てみると、雑行の中には、雑行雑心・雑行専心・専行雑心があり、また正行の中には、専修専心・専修雑心・雑修雑心がある。これらはみな自力の行であって、辺地・疑城胎宮・懈慢界といわれる方便の浄土に生れる因なのである。だから、浄土に生れても仏を見たてまつることができず、教えを聞くことができず、菩薩や声聞たちを見ることもできない。阿弥陀仏の光明は自力の行をまじえるものを照らしおさめることはないのである。第十九願を方便の願とするのは、まことに意味深いことである。釈尊が『観無量寿経』に定善・散善を説かれ、善導大師がこれは浄土を慕い願わせるための方便の教えであると解釈されたおこころが、いよいよ明らかに知られるのである。」


要門の行は化土往生の業因であり、19願・『観経』の定散二善は浄土を慕い願わせるための権仮方便であると結ばれています。





次に、『逆に「18願に直ちに入ることのできる者」とはどういう人でしょうか?』という質問です。

一言で答えると、「18願を聞いて18願によって救われたい思う人」・「18願を求める人」という意味で書きました。

阿弥陀仏は「汝一心正念にして直に来れ」と衆生に喚びかけておられます。

この真実なる誓願を聞いて、阿弥陀仏に救われたいという気持ちがあれば、どんな人でも直ちに救われます。

ですから直ちに方便仮門を捨てて、大願他力に帰して下さい。



PS ちょこぼさんへ

阿弥陀仏の本願は十方衆生と誓われてはいますが、ちょこぼさん一人の為の本願です。

ですから、「18願に直ちに入ることのできる者」とはちょこぼさん、貴方のことです。

ちょこぼさんは、
『自分は十方衆生の内の一人』
だと思っているかも知れませんが、違います。

阿弥陀仏から見られたなら、ちょこぼさんは
『たった一人の可愛い我が子』
なのですよ。

貴方が救われずして誰が救われるというのでしょう。

阿弥陀仏は貴方一人を助けたくて願いを発されたのです。

それを今生またしても流転するなど、阿弥陀仏が許しても私は許しません。必ず救われて下さい。

そして、阿弥陀仏と久遠の親子名乗りを果たし、如来広大の恩徳を知らされて下さい。

我が身の罪の深きことも皆打ち棄てて、如来にまかせまいらせて、今度の一大事の往生をよくよく遂げて頂きたいと思います。
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No title

回答いただき、有難うございます。丁寧に教えて頂いているのに、失礼を承知で正直にコメントしたします。ショックと抵抗が半分半分です・・・。なんだか呆然として言葉が出てきません。

化土巻の要門釈のお言葉は、親鸞会の教学聖典9号にも出てきたので一生懸命覚えました。講師に尋ねたら、「ちょうど教学講義で19願を解説して頂いている」と講義の復習になってしまい、その結果

「仏教を聞いている人でも、真実の誓願に救われた人は稀である。そこで弥陀は18願の救いまで導くために19願を建てられ、釈迦はそれを勧められた」

と思い、‘19願は18願へ入るためのプロセス’というお決まり解釈に陥ってしまいました。そう説明したら多くの会員はうなづくと思います。

‘半満・権実’の意味が気になってググってみたところ、真宗大谷派大阪教区「銀杏通信」では
『聖道門の教相を表している』
とありましたが、ウィキアーカイブでは
『半満は半字教(小乗)と満字教(大乗)、権実は権教(方便の教え)と実教(真実の教え)を指す。』
とあり、浄土門も含まれるような気がします。

ですが、その次の化土巻のお言葉をみると、『浄土を慕い願わせる方便の教え』である19願を、親鸞会が甚だしく解釈していることは明らかです。散々きいてきたことが聖人のお言葉に反していたかと思うと、怒りやら悔しさやらで頭が弾けそうになります。しかしどうしても

「真実に入ったときとは救われたときらしいから、それまでは権仮方便が必要なのでは」

「直来と仰っていても、その対象は三定死の人だ。それまでは火の河・水の河に耐えて白道を進む必要があるのでは」

などと、親鸞会よりの言い訳が次々浮かんできます。(明確な根拠はないですが・・・。)退会した私さえそうなのだから、現役会員は尚更受け入れがたいと思います。

最後のメッセージも、なんと申し上げてよいのか、心に響きました。正直にいえば、救われたいです。しかし18願文を繰り返すたび思うのは、

「まさか自分が理解している18願の解釈もデタラメ・・?。そもそも、親鸞会で聞いたこと全て、ご文の解釈や基本用語、全て誤りなのでは。そんなんで救われるのか。」

と、また頭を抱えてしまうのです。もう少し落ち着いたら、勧めていただいたサイトを読んでみたいと思います。
お忙しいなか煩わせてしまい、申し訳ありませんでした。

> ちょこぼさん

コメントありがとうございます(^^)

ショックでしょうが、親鸞会の解釈は間違いだらけで、合っている所を探す方が難しい位です。

何よりもまず、根本である本願の解釈がまるで間違いです。

私も『教学聖典』はかなりやりこみましたが、デタラメな解説や根拠が不明な設問が多々見つかり、落胆と憤りの連続でした。

しかし親鸞聖人のお言葉に触れられたのはかけがえもないご縁です。せっかく覚えたのですから、正しい意味を覚え直しましょう。



ご不明な点に答えたいと思いますが、少し時間を頂きたいと思います。今日の所はこれだけお伝えします。

親鸞聖人に導かれて、十八願が真実と知らされ十八願の救いを求める人には、十九願や二十願の権仮方便は不要です。

親鸞会の方便の意味も間違いです。直ちに廃捨して十八願のこころを聞いて下さい。それが阿弥陀仏の御心にかなっているのです。

阿弥陀仏の真実なる誓願を計らいなく受け入れ、念仏する衆生にちょこぼさんもなって下さい。只今なれるんですよ☆
プロフィール

淳心房&しゃあ

Author:淳心房&しゃあ
(淳心房)
平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
一人でも見て下さる方があれば幸いです☆


(しゃあ)
平成21年8月に親鸞会を退会しました。淳心房さんと共同でブログを書いています。何かありましたらメール下さい~
singikensho@yahoo.co.jp
(スパム防止のため@を大文字にしてあります。メール送信時は小文字に変えて下さい。)

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