本願文と成就の文-願文と成就文の性格、願文と成就文の対照、機受の全相と極要

『真宗の教義と安心』(本願寺出版社)より引用

第一章 第四節
本願文と成就の文

 第一節で阿弥陀仏の本願について述べたが、それは法蔵菩薩の因位において発された誓願であって、その本願が実際に成就されていることを説き示されるのは釈迦仏である。本願は法蔵菩薩(阿弥陀仏)の誓願であるが、その成就は釈尊の教説で示されている。これを願成就文、あるいは本願述成の文という。ここで第一節に引用した第十八願を再掲すると、

 設我得仏、十方衆生、至心信楽、欲生我国、乃至十念、若不生者、不取正覚、唯除五逆、誹謗正法。
 たとひわれ仏を得たらんに、十方の衆生、至心信楽して、わが国に生ぜんと欲ひて、乃至十念せん。もし生ぜずは、正覚を取らじ。ただ五逆と誹謗正法とをば除く。(十八)


とあり、第十八願成就文は、

 諸有衆生、聞其名号、信心歓喜、乃至一念、至心回向、願生彼国、即得往生、住不退転、唯除五逆、誹謗正法。
 あらゆる衆生、その名号を聞きて、信心歓喜せんこと乃至一念せん。至心に回向したまへり。かの国に生れんと願ずれば、すなはち往生を得、不退転に住せん。ただ五逆と誹謗正法とをば除く。(四一)
 (すべての人々は、その名号のいわれを聞いて信心歓喜する一念のとき、それは、仏の至心から与えられたものであるから、浄土を願うたちどころに往生すべき身に定まり、不退の位に入るのである。ただ、五逆の罪を犯したり、正法を謗ったりするものだけは除かれる)


とある。願文では「わが国」といわれ、成就文では「かの国」といわれているのは、願文が阿弥陀仏(=法蔵菩薩)ご自身の誓いとして示されるのであり、成就文が釈尊の教説であることをよく表している。
 そこで、願文と成就文とを対照してみると、次のようである。
 願文では第十七願の諸仏称讃の名号を承けて、信心と称名が説かれてあるが、その信心とはなにを信じるのかが第十八願文の上には示されていない。ところが、成就文では「その名号を聞いて」とこれを明らかにされている。
 願文には、信心(三心)と称名(乃至十念)とが誓われてあるが、成就文では信のみ説かれて行(称名)は説かれていない。
 「乃至」の語は一生涯の相続を省略された語であるが、その相続を願文では三心のあとに「乃至十念」と出され、成就文では信楽に相当する信心歓喜につけて「乃至一念」と示されている。
 願文には至心・信楽・欲生と衆生の三心が誓われているが、成就文では「信心歓喜乃至一念」と信楽一心におさめ、「至心廻向」は仏の側につけて「仏の至心から与えられたもの」とされている。
 これらについては後に詳しく述べるが、要するに、名号は、衆生の信(三心)となり行(称名)となり、そして命終時には真実報土の往生の果を得させることをあらわすのが願文である。そして、その名号が衆生に至り届いた(信心開発)のとき、報土に往生すべき身に定まる旨をあらわしているのが成就文である。ゆえに、願文は、名号が衆生の上にはたらいているすべてのすがた(機受の全相)をあらわし、成就文は、名号がまさに衆生に至り届いて往生が決定するところ(機受の極要)をあらわしたものであると、聖人は見られるのである。
 このように願文と成就文を対照することによって、阿弥陀仏の救済の法がいよいよ明らかになるのである。

(十二~十六頁)
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一念帰命

一念帰命 弥陀に帰命すると言っても、往生の善知識なくば、いたずらごとなり
宴衆護持の益 穢土から知らざる間に、法の利益により菩薩の界に入りしこと
「弥陀智願廻向」
初地 宴衆護持の益より 六地 信光常護の益までを穢土の益 この世で受ける益
七地 信多歓喜の益より 法雲地 入正定聚の益までを滅度の益
菩薩の浄土で受くべき益 現世に於いて必ず十種の益を獲 この命終わった後で
授かる益は無し
正定聚とは、一地 一地の界に名ずく(正しい定めの聚まりと読む)
大地が萬物をのせ潤い益するに似たるから地と名付く
大蔵経に曰く ひと声によりて信心決定し、その後の名号は報謝ともなれ
「往生」とは一念帰命の後に菩薩の浄土より阿弥陀仏の浄土へ行く道中のこと
阿弥陀と言う他力廻向の行を修することなり
不体しつ往生の事は、得をえるための往生なり
多くの廻向を仏心として凡夫に授けられる時 信心と言う
お剃刀の儀
京都嵯峨野にある浄土宗の清涼寺に、中国より渡ってきた釈迦如来立像
があります、その体内に絹で作られた五臓六腑がおさめられてありました
この二つのことをどのように解釈されますか
親鸞会も 本願寺も 親鸞上人を飯の種にしてはいけませんね
上人の教えがわからないのでしょうね
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平成21年10月に親鸞会を退会し、「親鸞聖人の正しい教えを真偽検証する」ということで、専らコメンテーターとしてやってきました(^^)v
しかし、ようやく自分の中での真偽検証は終了したので、名前も改め、淳心房と名乗ります♪
ただし「真偽検証」は今まで馴れ親しんだ名前ですし、親鸞会教義が親鸞聖人の正しい教えなのかどうなのか、一人一人が真偽を検証して頂きたいと思い、ブログのタイトルとして残しました。
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